【あぽろの本解説】失敗の本質
どうも!あぽろです!!
今回は【失敗の本質】を自分なりにまとめてみました!実はこの本はビジネスマンに長年支持されてきた八重洲ブックセンターの44年間の歴史の中で最も売れた本になります。多くのビジネスマンに読まれた名著を内容を紹介したいです!!
(八重洲ブックセンターは2023年3月31日に閉店されました。お疲れ様でした。)
本のテーマ:日本軍の失敗から何を学ぶか
「なぜ戦争した?」や「戦争をしてはいけない」ではなく、「なぜ戦争に負けたか」を学ぶ本。戦術より組織の在り方を勉強する本。
6つの例
ノモンハン事件
作戦目的があいまい
中央と現地のコミュニケーションが有効に機能していない
情報伝達が正確に行わられていない
精神主義が誇張された
ミッドウェイ作戦
作戦目的の二重性
部隊編成の複雑性
不足の事態の発生対応
山本は「優先は空母」、だが南雲は理解していなかった。
ニミッツは「ミッドウェイ島を占領されても空母は守る」、スプルーアンスは正しく理解していた。
先手必勝:空母は攻撃力が高いが防御力が低い、なので先手必勝が大原則。
ダメージコントロール:必要なところを残す。米空母のダメージコントロールは優れていた。
時代の流れ(飛行機有利):途中から飛龍を守る対空陣形にしたが突破された。既に船ではどんなに対策しても飛行機を止められない。
ガダルカナル作戦
情報収集能力が不足
戦力と逐一投入ではなく一点集中すべきであった
陸軍と海軍の不協和音
日本の情報収集能力が低く、米軍がガダルカナル島を重要視していたのを気がつかなかった。なので飛行場を整備した後に奪われた。
最初の戦いで、大量の戦力ををもっていけば今後の戦いは変わっていた。
海軍と連携が取れず、海軍は軍艦を沈めたが輸送船を野放しにした為、陸軍は苦しんだ。
戦況が悪化した途中からの戦力追加はせずに撤退すべきだった
インパール作戦
作戦の決定構成が未熟
盧溝橋事件の埋め合わせで躍起になった
人情というマイナス半面
牟田口は盧溝橋事件を引き起こしたので、それを取り返すためにインパール作戦を続行した。
反対意見の部下を無視した。(しかし牟田口は最初は反対していた、恐らく牟田口も分かっていたが上記の理由で後に引けなかった。自分に嘘をついてはいけない。また反対意見にロジカルな対策を考える必要がある。)
レイテ作戦
圧倒的な戦力差:そもそも勝てる戦いでは無かった
自己認識の失敗:実力が無い、統率が取れていない
栗田ターン:なぜかUターン
目的の明確化:複雑だった
メンバーの共通認識化
作戦の見直し:航空戦力が無くなったのに同じ作戦を実行
情報収集
(あぽろの推測)恐らく栗田は行く気が無くて、行かない理由を探していた、その結果「栗田ターン」のような誤った認識をした
余談:日本は戦果を「勝った」と国民に知らせたが、それを聞いたハルゼーがニミッツに「大損害した」と伝えた。
沖縄戦
目的が曖昧:本土上陸引き延ばしか航空決戦か
指示系統が不明確:司令部は航空決戦、現地は長期持久戦、この2つが統一出来ていない
失敗の本質
あいまいな戦略目的
目的は1つかつ明確化
ミッドウェイでは「米艦隊殲滅」と「ミッドウェイ島攻略」と大きな目的が2つあった、対する米軍は「空母殲滅」が最優先で「最悪ミッドウェイが占領されても良い」、「空母以外は攻撃するな」と目的が1つで明確であった。目的はパリ、目標はフランス軍
「目的」を達成するためのシナリオが「戦略」、目標を達成するためのシナリオが「戦術」である。両方を一緒に考えてはいけない。意見の統一
米のスプルーアンスがエンタープライズの甲板上でいつも一緒に散歩して議論し作戦計画の検討と価値観の統一と信頼関係を高めていた。短期決戦の呪縛
短期決戦しか考えていなかったため長期的な志向が無く、兵站の軽視、および長期的戦略をまったく考えていなかった。「勝った後どう戦争を終わらせるのか」、「負けたらどうするか」を考えるべきであった。
日本軍は帰納法、米軍は演繹法
日本軍
(特に後半は)論理的ではなく空気や経験だけで計画していた。大和を航空戦力無しで特攻させるなど。また経験及び海戦当初想定で「ガダルカナル島を米軍が攻撃してこない」と踏んだ、実は日本の諜報組織がこの作戦を掴んで参謀本部に送っていたが無視した。「米軍の反撃が思ったより早い」、「戦艦より航空戦力が効果がある」などの時代の柔軟な対応が出来ていない。
インパール作戦の時に作戦が間違っていた際にすぐに変更しなかった。
作戦も「神明の加護」など抽象的なもので具体的な方法まで陥れる必要がある。
(もちろん「皇国の興廃この一戦にあり」や「英国は各員がその義務を尽くすことを期待する[England expects that every man will do his duty]」など精神論や抽象的な言葉が大事もある。また日本軍の兵士の能力が優れていたのは精神論の影響もある。)米軍
論理的な戦略。戦争最初は決戦は避け、兵力が整ってから反撃を始めた。ガダルカナルでも当初は戦力差が合ったため、日本の重要拠点は最初スルーし整ってから攻めた。
狭くて進化のない戦略オプション
日本軍
兵士一人一人の技術が高く(例えば視力は、パイロットは昼の星が見えて、駆逐艦見張り員は夜に8キロ先の敵船を発見できた人もいた)、戦術的には日本は優れていた。ただ戦略が劣っており、戦略でも米軍のレーダーやVT信管などの最新兵器では戦術や人間の技術では太刀打ちできなかった。
また陸軍より臨機応変といわれている海軍ですら、日本海海戦の大艦巨砲主義の戦略を使っている。その戦略を立てた秋山真之ですら「潜水艦と空軍に力を入れるべき」と晩年語っていた。陸軍は語るまででもない。米軍
米海兵隊は1775年の創立以降、環境変化によって戦略コンセプトを何度も変えており、それに伴い技術体系、組織機構など総合的に組織全体の変化と適応をしている。
兵器としては零戦や隼や潜水艦など優れた兵器が日本にも沢山あったが、全体のバランスなどが米兵が強い。兵力は一点集中より総合的。
偏重の組織構造
日本軍
官僚主義による動きが無い人事制度および組織構造米軍
定期的に配置換えが行われた。1人が1つに留まるとその人の知的エネルギーが枯渇するのと、その分野がその人の私的な考えが付く。また基本の最大は少将で、中将や大将は任務中だけなれるシステム。
組織の統合
日本軍
陸軍と海軍が最後まで統一出来なかった。また軍事力とはただの軍隊と考えていた。一応天皇がトップにいたが天皇は直接決定をしていない。米軍
統合参謀本部(Joint Command Staff)を作成し、大統領が最高司令官とし陸、海、空の代表者で決定した。もめた場合は大統領が決断(なお当時は空軍は無く、正確には陸軍の航空部隊で参加していた)
軍事力は総合力であり「兵器、技術、港、農家の牛も海軍力」とニミッツは発言した。
学習を軽視した組織
日本軍
パールハーバーやインド洋海戦で勝ったときに何も学習していなかった。また自由に議論する機会が無く情報共有されていない、よって作戦を立てる参謀が現地の情報をしらいのことが多かった米軍
また組織では情報共有のシステムも良くできており、他の戦線の成功や失敗を共有できた。
ハルゼーの参謀長ロバート少将の名言「どんな計画にも理論がなければならない。理論と思想にもとづかないプランや作戦は、女性のヒステリー声と同じく、多少の空気の震動以外には、具体的な効果を与えることはできない。」
評価基準
日本軍
失敗しても「頑張った」などのプロセスとか動機で評価された米軍
ある条件を満たすと、様々な分野の人の投票を取る。選ばれた人は自信を持ち、選ばれなかった人は次に期待できる
失敗の教訓
戦略・戦術
陸軍
白兵戦至上主義。日露戦争では「火砲が重要だが性能が低い」とあったが、「やはり最後は白兵戦が決めて!!」と結論になった。海軍
艦隊決戦。は日露戦争で勝ったことで大艦巨砲主義になった。
資源
戦略を決めることで必要な資源が決まる
陸軍
白兵戦至上主義により兵士の質を上げた。ただ銃や火砲の性能はおろそかになった。また戦車に注目せず、あくまで歩兵をサポート程度の性能にした。海軍
艦隊決戦により大和と武蔵を作った。日露戦争で勝ったことで大艦巨砲主義になった。なので航空や空母や潜水艦がおろそかになった。
組織構造
陸軍
仮装敵はソ連で、太平洋の戦いを想定していない。海軍
仮装敵は米艦隊艦隊決戦により大和と武蔵を作った。日露戦争で勝ったことで大艦巨砲主義になった。米軍
海兵隊を作り、陸海空の統合型のタスクフォースチームを作成。
人事評価
日本軍は大学の成績がそのまま出世した。要領が良いがオリジナリティが無い(今にも通じる)
これでは予想外な状態に対応できない。
陸軍
記憶力、データ処理、文章作成能力海軍
理数系の成績
学習
時代に合わせて、今まで積み重ねてきたものを捨てる必要がある。
陸軍
白兵戦はガダルカナルの教訓で捨てるべきだった海軍
大艦巨砲主義はパールハーバーの成功で航空に転換すべきだった
不均衡の創造
これは今の会社でも同じ傾向
日本軍
年功序列で均衡している
(実は日本海軍は日露戦争直前で東郷平八郎に変えたりと、日清戦争ぐらいは不均衡であった)米軍
完全実力主義で不均衡。まだ若いニミッツとアイゼンハワーをトップにした。
不均衡の創造
これは今の会社でも同じ傾向
日本軍
年功序列で均衡している
(実は日本海軍は日露戦争直前で東郷平八郎に変えたりと、このころは不均衡であった)米軍
完全実力主義で不均衡。ニミッツとアイゼンハワーをトップにした。
余裕
日本軍
全く余裕が無かったため、なので分析し変更するという考えがなった。「真珠湾を3次攻撃より空母を守る」、「レイテに突っ込むより艦隊を守る」米軍
「ミッドウェイ島を占領されても空母を守れ」や「ガ島でテニスをしていた」と言われているように余裕があった。これが大胆な人事や戦略変更が可能であった。
日本軍と日本企業
今の日本企業も日本軍とほぼ同じ組織構造である。ただ日本が戦後発展したのはこの組織構造のお陰でもある。既に戦争経験者が会社から離れているので今後は日本軍の失敗を理解し、企業の変化が必要である。
(この本が最初に発行されたが1984年なので、ここに書かれているように日本企業もだいぶ変わりつつあると感じる)
まとめ
結果をロジカルに分析する:勝った場合でもロジカルに反省する
情報戦:情報は自由ようであり、情報は常に変化し続ける
目標と目的の明確化:それぞれ別けて考える
勝利に必要なのはロジカル、人を動かすのは人情
ダイナミクス:時代に合わせて戦略と戦術と資源を変える
統合力:違う価値観と思考を持った組織をまとめあげる必要がある
大胆なチャレンジ:それを行うための余力と根拠が必要
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