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James Bond Will Return

次のボンドにふさわしいのは誰かという議論は尽きて秋空の下

 
 長かった。2021年11月、新型コロナウイルス感染拡大による三度の公開延期を経て、ようやくお披露目となった映画『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』——。15年にわたり、新時代のジェームス・ボンド像を作り上げてきた第6代ボンド、ダニエル・クレイグは、本作にて有終の美を飾った。その幕引きは、最後にして最大の〈お約束破り〉と言える衝撃的なものだったが、なるほど確かに、これが唯一相応しい結末だったのかもしれない。

 「金髪で青い眼のボンドなんて!」思えば、そんな大バッシングに始まり、『カジノ・ロワイヤル』で一転、世界中から賞賛の嵐を浴びることとなったダニエル・クレイグ。ジェームス・ボンドという、常に時代のトレンドに影響され、また時代遅れとのせめぎ合いに晒されてきたアイコンを、クレイグは見事にアップデートし、再定義し続けてきた。
 
 今や、他には考えられない、唯一無二のボンドという地位を確立したクレイグ・ボンド。その卒業は、僕個人にとっても感慨深い。1989年生まれの僕は、世代としてはピアース・ブロスナン世代だが、初めて劇場で観た作品は、クレイグの『カジノ・ロワイヤル』だった。それから、記憶の限り、僕が初めて映画館で観た洋画、『ロード・トゥ・パーディション』にも彼は出演していたことを思い出す。ちなみに、その監督のサム・メンデスが、後にクレイグ・ボンド第三、四作の『スカイフォール』と『スペクター』を撮ることとなるのだった。
 

 ショーン・コネリー、ジョージ・レーゼンビー、ロジャー・ムーア、ティモシー・ダルトン、ピアース・ブロスナン、ダニエル・クレイグ—— 歴代のボンドを演じてきた男たち。そして今や、7代目ボンドを演じるのはいったい誰なのかに熱視線が注がれている。候補には錚々たる面子がその名を連ねている―― ヘンリー・カヴィル(ブロスナンに近すぎないか?)、トム・ホランド(いや若すぎるだろう)、トム・ヒドルストン(繊細過ぎないか?)、イドリス・エルバ(敵役ヴィランで観たいかな)…etc。

 本命視されるなかでは、トム・ハーディは観てみたいと思う。タフでクレバー、クールかつセクシーなところは、ダニエル・クレイグの後任としては違和感なく移行できるだろう。彼のどこか掴みどころのない部分は、クレイグとはまた違ったボンド像を見せてくれそうな気がする。

 個人的に最も推したいのは、マイケル・ファスベンダーだろうか。『シェイム』(2011)の鮮烈な印象がいまだに強いが、そんな彼ならいったいどんなボンドを演じて見せるだろうか。現在、次期ボンドとして彼のオッズは高くないようだが、「ドイツ系のボンドなんて!」という声を、一蹴する姿をぜひ観てみたい。
 

 そういえば、『ラッキーナンバー7(Lucky Number Slevin)』(2006)という映画にこんな場面があった。
「ジェームズ・ボンドと言えば誰か?」の問いに、(ベッドの上の)男女が、各々の理想とするボンド役者の名を挙げ合うというシーン。

男「1、  3、—ロジャー・ムーア  誰だって⁉」
女「  2、  —ジョージ・レーゼンビー 冗談でしょ⁉」

 演じているジョシュ・ハートネットとルーシー・リュー(あんなに可愛かったっけ?)の掛け合いのテンポが絶妙だった。1分程のごく短いシーンだったけれど、この映画で最も印象的な場面だった。
 

 ロマンティックとは無縁の、男同士のボンド談義を終えて喫茶店カフェを出ると、秋空がまぶしい。陽光に目を細めつつ、映画の中でボンドが最後に仰ぎ見た空の高さを思う。「James Bond Will Return」 —— エンドクレジットに置かれた一文を思い出しつつ、いましばらくの間、クレイグ・ボンドの余韻に浸っていたい。新たなジェームズ・ボンドが颯爽と登場するその日まで。
 
 

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