藤井一二 著作目録ー万葉の時代と社会へ

万葉の時代と社会への関心。中公新書「大伴家持」の著者。続編の執筆中。

藤井一二 著作目録ー万葉の時代と社会へ

万葉の時代と社会への関心。中公新書「大伴家持」の著者。続編の執筆中。

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藤井一二 著作目録:シルクロードと大伴家持の時代

    •  藤井一二著                   『万葉社会史の研究』塙書房      5月20日刊「万葉の世紀」Ⅲ部作の完結     

      • 「万葉の世紀」Ⅲ部作の完結

        コーヒータイム(123) 皐月、新たなスタートへ‥ 指で数えられないほどの歳月を要した著作がまとまり、私の「万葉の世紀」3部作=『初期荘園史の研究』『東大寺開田図の研究』『万葉社会史の研究』が完結する(5月20日発売)。 並行し執筆してきた中公新書「天平の時代」3部作『和同開珎』『古代日本の四季ごよみ』『大伴家持』も完結した。いま、折々に出会えた編集者との縁を懐かしく思い起こしている。

        •   東アジアの交流と文化遺産

                        ニューズレター35号

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        藤井一二 著作目録:シルクロードと大伴家持の時代

          『万葉社会史の研究』塙書房

          万葉社会史の研究  藤井 一二 著大伴家持の国守5年間・歌作220余首が彩る「高志国」を舞台に、万葉集・正倉院文書・東大寺開田図 等を駆使し、大伴家持と地方行政、万葉集にみる村、海浜遺跡と文字資料の検証から、「大伴家持の 時代と社会」における、多様で動的な地域史像を描出する。 第一部 高志国と万葉風土    第二部 大伴家持と万葉社会       第三部 唐・渤海王国と天平時代                        ※計12編 A5判・344頁・函入り上製

          大伴家持と春苑の桃花

          北アルプスの山麓に、桃花の季節が訪れた‥    藤井 一二 大伴家持が越中国へ赴任して4年目、天平勝宝2年(750)3月1日(新暦の4月15日)。桃李の花を眺め、春苑の娘子(をとめ)を題材にして次の歌を詠んでいる。 春の苑(その)紅(くれなゐ)にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つ娘子(をとめ)(巻19・4139)澤瀉久孝『萬葉集注釋』中央公論社 都から越中を訪れていた妻、坂上大嬢(さかのうえのおおいらつめ)がモデルであったのか。春苑の「美的構図」が鮮やかだ‥。 いま、手

          「大伴家持の時代」-物語が生まれる。

          「吉備真備と大伴家持」覚書 note記事 ※コーヒータイム(117)共有 ‥新たな「大伴家持の時代」へ-物語が生まれる。(藤井一二) (現在)2021年春、小田急線座間駅に近い仮寓から郷里に戻って3年目の春を迎えた。座間は私の幼少期に3年余を過ごした懐かしい地。母と一緒に竹藪を抜けて近くの農家へ牛乳を買いに通った小道は往時のままで、時折は帰路、座間駅で降りてから遠回りしこの道を歩いた。 (近作)神奈川滞在中に着手した「万葉の時代と社会」に関する専著の構想・補筆に、北陸新

          「大伴家持の時代」-物語が生まれる。

          シルクロードからの「伝言」 ‥「奏楽の天人」に思う

          私にとって敦煌壁画にみる「飛天」や「天女」への憧れは、シルクロードへの「夢」をのせ、日本の法隆寺や薬師寺の飛天像そして正倉院宝物の西域デザインへの感動から生まれた‥。 いま初唐(618-712)・盛唐(713-766)の飛天・天女像の類型化が進み、〇伎楽飛天〇献花飛天〇彩雲飛天〇散花飛天〇説法図飛天〇投身飛天〇舞帯飛天〇菩提樹双飛天‥など十数種もの形象が知られる(『敦煌飛天』中国旅游出版社 1993年など)。 現存する白鳳(7世紀後半~8世紀初)・天平(8世紀初~8世紀末)

          シルクロードからの「伝言」 ‥「奏楽の天人」に思う

          大伴家持を「旅」するー因幡万葉の時空         

                    大伴家持を「旅」する     藤井一二                        新(あらた)しき 年の始(はじめ)の 初春(はつはる)の 今日降る雪の いや重(し)け吉事(よごと) 新 年乃始乃 波都波流能 家布敷流由伎能 伊夜之家餘其(巻20・4516)  天平宝字3年(759)年正月、大伴家持が因幡国庁で詠んだ歌、『万葉集』の末尾を飾る。降る雪のように「吉事」が重なることを願ったのであろう。雪の正月は越中国で何度も経験したはずである。 因幡の

          大伴家持を「旅」するー因幡万葉の時空         

          敦煌で出会えた「微笑み」   

          FB:コーヒータイム(101):シルクロード「祈りの空間」➀ 西安(2013・2019)・軽井沢(2018)・太宰府(2021)・魚津(2022)・富山(2023)のリレー講座「画像で語る・シルクロードと大伴家持の時代」で紹介した敦煌の双飛天。「声」が聞こえてくるような‥。 私が編集したPPの一枚。内外の飛天画像資料を収集する「きっかけ」となりました。上記WEB版が完成の折、紙媒体と共に報告会を予定しています。課題は、心身の維持に‥。 シルクロード「祈りの空間」➁   

          敦煌で出会えた「微笑み」   

          もう一度、大伴家持への手紙

          唐・李賢墓壁画の外国使節に思う

          唐・李賢墓壁画にみる人物像 中断していた「画像で語る・シルクロードと大伴家持の時代」WEB版の編集を再開した。 2019年秋、敦煌楽舞国際学術検討会(西安市)の報告で話題にした唐代壁画の画像。初唐の皇太子・李賢(高宗の6男、章懐太子)墓の東壁画。唐朝の官吏(鴻臚寺)と外国使節を巧みに描く。 左側の3名は唐・外交部(鴻臚寺)の役人で、賓客の対応を協議しているのであろう。右側は不安そうに待つ3名の外国使節。壁画の時代背景は、高宗(649-683)か中宗(683-710)の頃と

          唐・李賢墓壁画の外国使節に思う

          「画像で語る 旅する東北紀行」

          「ニューズレタ―」33号 画像で語る 旅する東北紀行」 2010年スタートのNews Letter『東アジアの交流と文化遺産』A4・4頁。 今回の33号に至るまで10余年。年2~3回のリズムで発行し、近年は「多文化交流学WEB」の副題で連絡誌として海外にも発信(10月23日付)。 画像NO2は東北アジアの関係略図。2004年から文物・遺跡の見学や学術交流会で各地を訪れた。パスポート証印から、この間、中国・韓国(慶州)・ロシア(ウラジオ)各地へ、計

          「画像で語る 旅する東北紀行」

          牡丹江の夕日:多文化交流学WEB

          牡丹江の夕日:多文化交流学WEB

          「牡丹江の夕日」:もう出会えない夕景

          2006年8月末の夕方、中国黒龍江省の牡丹江市から宿舎のあるハルビンへ、旅行社の中型車で高速路を走っていた。 曲折の多い山路で、後部座席から目に入る、山あいにくっきり浮かぶ夕日。何度もシャッターを押した。車の揺れは、徹底して視界を塞いだ。帰国後に見つけた、一枚の夕日の画像。 この「牡丹江の夕日」は、私が巡回講座「中国東北紀行」➀~➄の各最後に紹介し、アンコールの最も多かった一枚。私には、ハルビン・牡丹江・寧安の「旅の記憶」をたどるとき、なぜか「うら悲しさ」をも誘う「夕月」

          「牡丹江の夕日」:もう出会えない夕景

          「大伴家持の活動した時代―東アジアの大交流時代―」へ

          コーヒータイム:冬が来る前に‥ 2023年9月9日FB記事から  「画像で語る:シルクロードと大伴家持の時代」              交流図の世界へと題する図表を紹介したのは、2013年秋、西安音楽学院で開催の国際シンポジウムでした。その後、2018年軽井沢―2019年再び西安―2021年太宰府―2022年魚津市―2023年富山市の講座へと続きました。 10年かけた「万葉の世紀:東アジア文化交流図」がようやく最終調整に入りました‥。一

          「大伴家持の活動した時代―東アジアの大交流時代―」へ