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本を忘れた子どもたち 〜言語技術講師の日々〜 岡本ようすけ

要約(こんなことが書いてあります)

読書は大切だと言われている。「本を読む」ということは、培われてきた科学・芸術・そして人々の物語を引き継ぎ、歴史と文化の中に自分自身を位置づけることである。そのため、アイデンティティの形成と維持、そして再形成に大きな影響を及ぼす。今、子どもたちが「本を読まない」ということが、問題になっている。子どもたちは、読書を「するか/しないか」ではなく、「本」自体を忘れている。本を読んでもらうには、読書という行動を、生活に組み込むことが必要となる。生活様式や文化は、学校や家庭の人間関係など、社会的な関係によって形作られる。子どもに本を読んでほしいのであれば、まずは保護者自身が本をゆっくりと読む時間をつくることをおすすめしたい。それが、子どもたちに文化的な資本を受け渡していくことにつながる。

リテラ「考える」国語の教室 岡本ようすけ



読書が紡ぐ物語

読書は大切だと言われている。文科省のWebサイトでも、「読書活動は、子どもが、言葉を学び、感性を磨き、表現力を高め、創造力を豊かなものにし、人生をより深く生きる力を身に付けていく上で欠くことのできないものです。」と記されている(文部科学省 子どもの読書活動推進ホームページ)。

ことばがなければ、読むことも、書くことも、考えることも、対話することもできない。私たちは、言葉の届かないものを考えることができない。

しかし逆に、言葉を知るほど、細やかに世界を切り取り、考えることができるようになる。そうして、私たちは言語を操り、自然と対比される人間の知の世界を、長い月日をかけて広げてきた。「ことばの技術」は、私たちの知的活動そのものであるとも言える。

「本を読む」ということは、そうして培われてきた科学・芸術・そして人々の物語を引き継ぎ、歴史と文化の中に自分自身を位置づけることである。もちろん、動画や絵画といった、文字以外の表現によってそれらを感じ取ることもできるが、人間の知的活動を構成する要素としては、文字情報が圧倒的に多い。

歴史と文化の中に自分自身の位置を見出そうとする試みは、アイデンティティの形成と維持に大きな影響を及ぼす。自分は何者であるのかを模索する青年期だけでなく、社会に対する居場所を見定めようとする中年期にも、あるいは老いて死にゆく自分を感じる老年期にも、歴史と文化の中に自分自身を位置づけることが、心の安定と成長をもたらす。

私達は迷いながら生きる。自分一人の器では収めきれないほどの苦しさを抱えることもある。そんな時、数え切れない人々の物語の中に、受け継がれてきた思想の中に、同じ苦しみを見出すことができれば、この自分の苦しみにも意味があると感じることができる。ことばによって自分の体験を意味づけ、「物語れる」こと、これは文科省の言う「人生をより深く生きる力」と同義であり、語りを問題解決に結びつけようとする「ナラティブ・アプローチ」とも重なる。


本を忘れた子どもたち

そして今、子どもたちが「本を読まない」ということが、問題になっている。ベネッセ総合研究所が東京大学社会科学研究所と共同で実施した2022年の調査では、子ども(小1から高3)の49.0%が平日に読書を「しない」と回答した。特に中学生は53.5%、高校生では66.7%が平日に読書をしないという。

教室では、毎週おすすめ本の紹介をしているが、確かに、中高生に本を貸しても、なかなか読んでこない。「時間がない」と彼らは言うが、おそらくはそうではない。「本を読む」という発想が、生活から失われているのだ。

本は、生活の隙間にあった。わざわざ「読書時間」を設定するというよりも、電車に乗っている時間・布団に入ってから眠気がやってくるまでの時間・何かの待ち時間など、ちょっとした隙間の時間に存在していた。しかし、中高生になると、部活や勉強が生活を埋めていく。わずかに空いた隙間も、メッセージの返信やSNSのチェック、ソーシャルゲームに奪われてしまう。時間を使わせることに最適化されたそうしたサービスをはねのけて、頭を使う本に手を伸ばす発想は、そもそも意識に浮かばない。

読書を「するか/しないか」ではなく、「本」自体を忘れている。頭に浮かばないことは選ぶことができない。これは、子どもたちだけの問題ではない。私も含めた大人たちが、「本を忘れている」。本は、読まなければならない、というものではない。読もうと読むまいと、その人の自由であるべきだが、その選択すら今はできなくなっている。


まずは家から読書文化をつくる

学校や図書館など、さまざまな機関が工夫を凝らして本を身近に感じてもらおうと活動している。小学生の1ヶ月あたりの読書冊数は徐々に増えているという全国学校図書館協議会の調査もある。こうした取り組みによって、少しでも、読書という選択肢が頭に浮かぶようになるといいのだが、中高生になるとそれも容易ではない。学校や図書館で本を目にした時や、おすすめされた時は、じゃあ読んでみようかなという気持ちにはなるだろう。しかし、家に帰り、自分の部屋へ行き、さてその本を鞄から出すかというと、なかなかそうはならない。家には家の生活様式があり、文化がある。その傾向から外れた行動は、基本的にしない。

文科省の言うように、「人生をより深く生きる」といった、より質的・長期的な影響が、読書にはある。特に「自分」について悩む中高生にこそ本を読んでほしいが、そのためには、読書という行動を、自らの生活に組み込むことが必要となる。そうした生活様式や文化は、学校や家庭の人間関係など、社会的な関係によって形作られる。先のベネッセ総合研究所の調査でも、蔵書数が多い家庭や、保護者が本を読む大切さを伝えている家庭の子どもほど、読書時間が長い傾向がある。

教室では、本について話し合うこと、本をおすすめすること・されることなど、本を媒体として他者と関わることを「社会的読書」と呼んでいる(なぜ読書? ―― 社会的な読書を目指して)。授業では、みんなで本の読み聞かせを楽しむこともあれば、それぞれが自分が選んだ本を黙々と読んでいることもある。本棚に囲まれた空間で、本を読んでいる人を見ることも、「社会的読書」の一つの側面である。これは教室だけでなく、家庭でも十分できることであり、もし子どもに本を読んでほしいのであれば、まずは保護者自身が本屋や図書館へ行き、心惹かれる本を手に取り、家に持ち帰り、テレビやスマホの画面を消し、ゆっくりと読む時間をつくることをおすすめしたい。その時間の雰囲気こそが、読書を生活に組み入れるための引力となる。中高生になり、親と時間を共有してくれない場合でも、テーブルに載った本を見るだけで、図書館で借りたまま鞄の中に入れっぱなしになっている本の存在を思い出してくれるかもしれない。

本を読むということは、それなりに頭を使う。苦労して本を読み通さなくても、キーワードで検索をすればその時に必要な情報は手に入る。しかし、情報は単なる情報である。情報と情報が繋がり合い、総体として意味をなしたものを教養や学問と呼ぶ。その繋がり合いを捉えるには、どうしても多くの書物を読む必要がある。昔に比べて本当に「若者の読書離れ」が進んでいるのかについては、15年ほど前までであれば、さまざまな解釈の余地が残されていただろう。しかし、若年層へのスマートフォンの浸透により、解釈の違いでは済まされない状況が加速しているのを、読書指導の現場では感じる。本を読む子がいなくなったのではない。本を読まなくても手軽に情報と刺激が手に入れられる現代、意識して「わざわざ」本を読む子どもたちと、まったく読まない子どもたちが、二極化していく可能性がある。生活様式は、親から子に伝わっていき、そこに含まれる文化的な豊かさも継承されていく。子どもたちに文化的な資本を受け継いでもらうために、まずは私達大人が、本を読まなければならない。

もちろん、これは楽観的な意見だ。私自身を含め、習慣を作り直すのは、容易なことではない。いつも手にはスマートフォンがある。疲れて横たわる夜、ぼんやりと光る画面の中で、新しい情報が漂っているのを見ていると、癒される気がする。その引力を振り切るには、大人であっても、大きなエネルギーが必要だ。そしてこれが、今の中高生が置かれている状況なのだと思う。いきなり読書習慣を取り戻すのは難しいかもしれない。しかし、できることはある。いっとき、スマートフォンから目を逸らし、部屋の静けさを感じてみる。外を走る車の音がする。天井にうつるカーテンの影に気づく。別に本を読まなくても構わない。今、ここに自分がいるという感覚から、もう一度「自分の物語」を取り戻すことが、いつか「本を読む」ことへつながるのだろうと思う。

書いた人

リテラ「考える」国語の教室 代表 岡本ようすけ
教室WEBページ

【プロフィール】
2012年より、北千住で、幼稚園生から社会人までを対象とした文章技術や国語・作文の教室を運営。
心理学・教育学の知見をベースに、「読む・書く・考える・対話する」という言葉の領域にアプローチする教育メソッドを日々模索・実践している。
幼少期より読むことや書くことが好きで、日本大学芸術学部在学中に第1回江古田文学賞を受賞。
卒業後、都内の有名作文教室に入社し、運営に携わるも、「〇〇式」といった狭いノウハウに押し込める教育に疑問を持ち、独立。
言葉が、世界の捉え方や考え方、人生の物語を形づくるという視点から、既存の教育メソッドを越えた、より普遍的な教育モデルの構築を目指すと同時に、一人ひとりの個性や価値観を育む、対話による指導を行っている。
生徒それぞれが、それぞれの人生の物語を歩める人になってほしいと願っている。

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