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『街歩きのススメ』~気の向くまま角を曲がれば~子どもたちに贈るやさしいエッセイ 講師 野口

あなたは、駅で友人と待ち合わせをしています。
ところが、「ごめん、30分遅れるね」と連絡が入りました。
さて、あなたなら、この時間、どう過ごしますか?

ちょっと勇気がいるけれど、とっておきの過ごし方がありますよ。

リテラの先生が、子どもたちに贈るやさしいエッセイ。
ぜひ、ご覧ください。

リテラ「考える」国語の教室 講師 野口


『街歩きのススメ』

「山手線一周歩くのとメロスが走った距離ってほぼ同じなんだって」
高校生の時、私は、友達のAちゃんを誘って、山手線を歩いて一周することにした。
メロスが走った十里と山手線を歩くのはどちらもだいたい40km。
正直なところ、「走れメロス」を読んで深く感銘を受けたわけでもなかったのだが、面白半分で挑戦してみることにしたのだ。
スタートは上野駅。
意気揚々と歩き始めた私たちは、電車の窓から見たことのある建物を見つけて盛り上がったり、おしゃべりを楽しんだりしていた。
でも、それは有楽町までの話。
5、6月の晴れた日で、予想より気温が高い。
浜松町手前で徐々に口数が少なくなり、品川辺りでAちゃんの汗を拭う回数がどんどん増え、無言の時間が続いた。
「ごめん、もう無理かも」
と、Aちゃんが言いにくそうに口を開いたのは五反田だった。
距離にして約12〜3km。
全体の約1/3くらいだろうか。
少し休憩を挟めばまだ歩けたけれど、Aちゃんは身体が弱かった。
無理をして私に付き合ってくれていたんだ、ということにその時気が付いて、断念することにした。


時間がたっぷりあった学生の頃、よくこんな風に意味のない街歩きをしていた。
気の向くままちょっと気になる路地に入ってみたり、遠くに大きな木が見えたからそれを目指して歩いてみたり。
まっくろくろすけが住んでいそうな古い文化住宅を見て、中がどんな造りで、どんな人が住んでいるのか想像するのが楽しかった。
猫会議に遭遇し、突然の部外者登場に気まずそうに散っていく猫達に申し訳ない気持ちになった。
マネキンの頭が無数に植えられている謎の花壇を発見してギョッとしたことや、道だと思って入っていったら庭の一角で、縁側で寛ぐステテコ姿のお爺さんと目が合い、「すみません…」と呟いて急いでその場から立ち去ったこと。
正義と友情を証明するため山賊や濁流を突破したメロスと比べたら、何の価値もなさそうな、どうでもいい出来事ばかりだ。
そこから何かを学んだかと問われれば、何も学んでいないと答えるしかない。
でも、自分の足で歩き回って、全く想像していなかった出来事に遭遇したり、逆に想像を膨らませたりすることが、当時の自分にとっては刺激的な冒険だった。
いつでも始められて、お金もかからないし、パスポートもいらない。

もし、友達が待ち合わせの時間に30分遅れて来ることになったら。
その少しの隙間時間、スマホを開くのではなく、いつも何気なく通り過ぎている角を曲がってみるのも楽しいかもしれない。

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