見出し画像

パリジェヌの恋模様ー京子編ー(全4話 第3話)

昼間の玲子の恋愛話と新しい出会いについて聞いた京子は、ビールを飲みながら、浩二に言った。

「玲子ちゃんの恋愛話を聞いてたら、ふとあの時のこと思い出しちゃった。」

「あの時のこと?」

「ほら、私達が付き合うきっかけになったあの事件。」

「あぁ、あれ。なにも事件にしなくったっていいじゃないか。」

「いいじゃない。あれがなかったら私達、今でも赤の他人よ。」

そう。

確かに、京子の言う通りである。

それは、浩二がちょうど30歳になるころだった。

京子とは仕事で知り合った仲だ。

当時、同じ商社で働いてはいたが、部署は違っていた。

浩二は営業で京子は経理。

このとき、顔見知り程度の認識でそんなに深くまでは関わることがなかった。

ただ、浩二からすると京子は高嶺の花のような存在だった。

彼女は、この頃から美人で、いや小さい頃から美人の系統であったのだろう。

社内では、男だったら誰もが彼女を落としたいと思っていた。

現に、いろんな部署の男が彼女にアタックをしていたが、ことごとく玉砕しているという話を何度も耳にしている。

『俺には関係のない話だけどな。』

浩二は端から諦めていた。

ただでさえ、社内で人気のあるイケメン社員でも、会社のマドンナに断られている。

特に、なにも取り柄のない男が落とせるわけがない。

そう思いながら、喫煙ルームから自分の部署に戻ろうとしたそのとき。

給湯室が、なにやら騒がしいことになっているようだった。

「京子さん、あんた吉川さんに色目使ってんじゃないわよ!」

「私はそういうつもりじゃ・・・。」

「じゃあ、どういうつもりなのよ!」

「なんとか言いなさいよ!」

イケメンで営業成績No.1の吉川がつい最近、京子に告白をしたという話が流れていた。

人気のないところで告白をしていたらしいのだが、たまたま備品室に行こうとしていた事務の女の子がその場面に出くわしたらしい。

特に女性はお話をするのが大好きな人が多い。

その場面は噂としてまたたくまに広まった。

『女ってホント怖ぇぇ。』

そう思って忍び足で喫煙室に戻ろうとした瞬間、

「田中ぁ。そんなところで何やってんの?」

と喫煙ルームから出てきた森田が声をかけてきた。

俺はとっさに「静かにしろ!」というジェスチャーと一緒につい目を血走らせてしまった。

その声に反応した女性陣はこちらを睨みながら、、給湯室から出ていく。

「なんだ?みんな怖い顔して。あ、南野さん。顔色、悪いけど大丈夫?」

森田は暢気な顔して、京子に声をかける。

こいつはいつもそうだ。

鈍感というかなんというか、よく言えば、包容力がある。

おおらか。

そういう言葉が似合う男なのだが。

『あの場所を静かに離れようとした自分よりましか。』

京子は、

「大丈夫です。ありがとうございます。」

と自分の仕事場に戻っていく。

「俺らも早く仕事に戻るか。」

そう森川に声をかけてその場を後にした。

それから数日後。

京子が女性社員達から浮いているのはよく分かったが、どのタイミングで彼女に声をかけていいものか分からず時間だけが過ぎ去ってしまった。

『給湯室の出来事もあるし、京子さん大丈夫かな。』

浩二はそう思いながらも、京子に声をかけるタイミングを見計らっていた。

下手に声をかけてしまっては、吉川にも色目を使って他の男にも色目を使っていると、また変な噂が流れてしまう。

そんなある日。

昼間の休み時間、気持ちのいい天気のいい晴れた日だったのもあり、浩二は近くの公園でコンビニ弁当を食べながら、ぼーっとしていた。

『たまにはこういう日があってもいいよね。』

そう思いながらベンチに座ってコンビニ弁当を食べていると、会社の方面から京子が現れたのだ。

いささか、休憩室で食べるのは気が重いのだろう。

針のむしろだ。

浩二はこのタイミングを逃すまいとすかさず彼女に駆け寄った。

「南野さん。一緒にご飯食べてもいいですか?」

「え?えぇ、でも。」

「周りの人の目ですよね。構いません。本当に偶然なんだから、問題ないっしょ。あそこのベンチでご飯食べていたら、南野さんが来るのが見えたし、この前の給湯室の件も気になったから。」

そう言って、近くのベンチに2人が座る。

「給湯室で話してたこと。女性特有の嫉妬みたいなものですよね。」

「まぁ。それに、私、なぜか目立っちゃうようで。目立とうと思って目立っているわけではないんですけど。」

「まぁ、南野さんぐらい自分の雰囲気をきちんと持ってる美人って、うちの会社にはそういないからねぇ。・・・あ。ごめん。別にみんなが美人だけとかそういう意味じゃなくて、結構、会社勤務できるやつって自分も含めて、受け身のやつが多い群がるようなやつも多いじゃん。自発的に動けるやつって大体、吉川みたいにその部のNo1になったりするようなやつとか、一人行動も問題ないっていうようなやつだから。」

浩二と京子の間に沈黙が流れる。

「なんかごめんね。変なこと言っちゃって。」

「いえ。でも私、もうこの会社辞めようかと思ってて。」

「えっ!なんで?この会社に入社してようやく自分のペースで仕事が出来るようになった頃じゃない?もったいないよ。」

浩二はそう言って京子の顔をまじまじと見る。

京子の顔はとても暗くつらそうな顔をしている。

「けど、これ以上、目立ちたくないですし。経理の仕事だったら、他の会社でもすぐに雇ってもらえると思いますから。」

そう言うと

「もう、時間なので戻りますね。」

と京子はお弁当を片付けて会社へ戻ろうとした。

「ねぇ!」

戻ろうとした京子に、浩二は呼びとめた。

そして、浩二は自分の名刺の裏に連絡先を書いて京子にその名刺を渡したのだ。

「これ、俺の連絡先なんだけど、もしよかったら連絡して。あと今度、食事でもどうかな。喫茶店でも構わない。南野さんとどうにかなりたいとかじゃなくて、今の状況だと、自分のキャリアを高めたいっていうより、とりあえず苦しいところから逃げたいっていう風に見て取れるんだ。どうせ辞めるんだったら、それってちょっともったいないなって俺、勝手に思っちゃって。南野さんの迷惑でなければ、転職活動をサポートしたいなって。これ、俺のおせっかいだから、迷惑だったら断ってくれていいし、連絡もしなくていい。もし、サポートさせてくれるなら、今週の金曜、18:30にここの近くのフェルメールっていう喫茶店の前で待ち合わせをしよう。この時間だったら、きっとみんなも帰ってる頃だから、噂されるってことはないと思う。」

そう言って、浩二はその場を立ち去ろうとした。

「南野さんも遅れちゃうよ!」

と立ち止まっている京子に声をかけて、一緒に戻ろうと促した。

「あの・・。」

「え?」

「あの、もしよかったらうちの喫茶店で会いませんか?」

「え?」

「今週の金曜。うちの喫茶店で会いませんか?私の実家、喫茶店をやってるんです。18:30以降だったらもうお客さんもいない頃ですし、誰かに見られる必要もありませんから。」

「いいの?」

「えぇ。田中さん悪い人じゃなさそうですし。信用してもいいかなって。あの、パリジェンヌっていう喫茶店です。フェルメールで待ち合わせして一緒に行きましょう。それじゃあ。」

そう言って、京子は先を急いだ。

浩二は自分から切り出したとはいえ、断られると思っていただけに、驚きを隠せなかった。

あの吉川でさえ、告白してダメだったのに。

『嘘だろ、嘘だろ、嘘だろぉ!』

この高揚感がどうしても隠し切れない。

浮足立ったこの気持ちを浩二は隠しきることが出来ないまま、会社へ戻った。

下心はなかったとは言えども、会社のマドンナとプライベートで会うことが出来るというのは、芸能人に会って握手をして写真を撮ることが出来るのと似たような感覚だった。


金曜日の夜。

フェルメールで浩二は京子を待っていた。

『ついに、この日が来てしまった。』

浩二はそう思いながら、どこかウキウキしている自分がいることに気が付く。

『これはデートじゃない。彼女の進路について相談に乗るだけなんだ。』

そう頭の中では分かっていても、気持ちはどうも抑えることが出来ない。

他の男達もこうだったのだろう。

浩二は、なるべく平常心を装いながら、仕事をこなしていった。

京子のほうはというと、以前と変わらず周りとの距離は置かれている。

その影響は作業自体には差支えがないものの、それ以外では孤立と言われても仕方がないほどだ。

お局さんと陰で言われている松井さんとここ最近、パートで入社した太田さんはそれでも、彼女と接してはいるものの、それでもサポートの限界はある。

フェルメールの前で浩二は待っていると、遠くのほうから京子が近寄ってくる。

「遅くなってしまってごめんなさい。」

「いえ、俺も今来たばかりだから。」

お互いにそう言って駅のほうに向かう。

パリジェンヌは会社の近くに駅から、5駅過ぎたところにあった。

そして、駅から徒歩で10分ぐらいのところにあるところだった。

パリジェンヌの中に入ると、今日はもう営業時間が過ぎていたようで、お客さんは誰もいなかった。

そして、彼女のご両親も気を使ってかお店にはおらず、コーヒーカップだったら使ってもいいとご厚意で使わせてもらうことが出来た。

京子の今の会社での立ち位置。

今まで自分がどういうことに対して得意だったのか、苦手だったのか。

そして、今後、どういう風にキャリアを積み重ねていきたいのか。

2人でとことん話し合った。

「ふふっ。なんか、大学生に戻ったみたい。田中さんって、こういうの得意なんですね。」

「そうかな。昔から、こういった人の人生を聞くのは好きだったんだ。その人がどういう風に生きてどう考えて生きてきたのか。人によって違うからさ。それじゃあ、これで今後、どういう方向で進んでいくか先が見えてきたね。」

「今日はありがとうございます。あのとき、田中さんにお話しできた良かった。」

「そう考えると吉川さんを振ったことも、あの女子社員達にいろいろと言われたのも、悪くない出来事になったかな。」

浩二はそう言ったあとに、はっとした。

「ごめん。また、一言余分なことを言ってしまった。」

京子は、

「いいえ。」

とポツリと言った。

浩二は自分の悪い癖をつい出してしまうことに、愛想をつかした。

「あの会社で起きたことを知っているので分かると思うんですけど、私、昔から結構、男性に言い寄られることが多くて。何人かお付き合いした人もいるんですけど、それが原因でいつも別れを切り出されてしまって。」

「というと?」

「男性が言い寄ることで、いつ私が他の男性に行ってしまうのか安心できないって。」

なんとなく、付き合う男の気持ちが分かる気がする。

外見も内面も魅力的な人だとそれだけ、付き合う相手は引け目を感じる。

特に自分に自信がなかったら如実に感じるだろう。

「だからと言って自分に自信のあるやつだと、誇示したくなる。」

そう浩二がつぶやくと京子は目を見開いて驚いたようだった。

「なぜ分かるんですか?」

「もし、自分がそういうやつだったら自慢しちゃいたくなるだろうなって。こんないい女を俺は連れていけるんだぞ!って。」

「私、それが嫌で気になる人がいても、なかなか自分から告白することが出来なくなってしまって。」

モテる女はそれはそれで悩みがあるものなんだろう。

「気になっている男性から食事に誘われたことがあったときに、人気が少ない公園に連れられて、無理やりキスされそうになったり、体を触られそうになったりして少し突き飛ばして、逃げてきたことがあったんです。その男性が吉川さんに似ていたこともあって、良い人なんだろうけど吉川さんみたいな男性が苦手になって。」

「それで、辞めてほしいとか言わなかったんですか?」

「言いました。そしたら、『嫌よ、嫌よも好きのうちなんじゃないの?』って。」

あほくさい男だ。

こういうやつがいるから

『マジ、おっさんってキモイ』

とか言われてしまうんだな。

そう考えると、南野さんもかわいそうな女性なんだと思う。

そう思ったら、つい京子にこんな言葉を言ってしまった。

「今までも、そんな変な体験をたくさんしてきたんですか?」

「えぇ、7~8割は。2~3割の人はきちんとされた方でしたけど。」

「俺だったら、そんなことしないのにな。」

浩二と京子はその瞬間、お互いの顔を見つめ合っていた。


「あれから、何回か浩ちゃんとデートして。会社での出来事も知ってるから、今まで付き合った人達みたいに嫉妬することもなく、理解してくれて。」

「まぁ、あれで他の男性に勘違いさせるような行動をしていたら別だけど、そういうわけではなかったからね。」

浩二は、空になった京子のグラスにビールを注ぐ。

「でも、ありがとう。」

「え?」

「私と結婚してくれて。それに、あの喫茶店だって。次いでくれたでしょ。」

「それは、俺が継ぎたかったからだよ。」

給湯室での出来事があって転職活動の手伝いをして以降、京子の転職は成功した。

前から興味のあったファッション業界へ、事務職ではあるものの転職することが出来た。

そして、浩二と京子は何度かデートを重ねたのちに付き合い結婚することになった。

そして、子供が生まれたことをきっかけに、浩二は京子の実家で経営していたパリジェンヌを引き継ぐことにした。

それは、前々から浩二の頭の中で考えていたことだった。

当時、京子にはよく考えてと言われていたが、両親が共働きだった浩二にとって、子供が家に帰ったら誰かが家にいて、会話をしながら仕事をすることが夢だった。

だから、浩二は京子ととことん話し合って考えて決めた答えだった。

お義父さんも

「無理しなくていい。」

とは言ってくれたが、内心、うれしかったのだろう。

浩二が

「継がせてください。」

と言ったときのお義父さんの顔が少し緩んだことを見逃さなかった。

そして、元々、営業職だったこともあってかお客さんと話をすることは苦ではなかった。

というよりも、むしろ好きなほうだ。

だからこそ、今まで後悔したこともない。

「玲子ちゃんも、かおりちゃんも素敵な人とこの先、出会えるといいわね。」

「そうだね。それに今日、新規のお客さん来てたの知ってる?」

「あの、窓際にいた女性?」

「うん。玲子ちゃんとかおりちゃんの話を聞いてて、なにか懐かしそうなことを思いだしているかのようだったよ。」

「なんでそんなこと分かるの?」

「なんとなく。なんとなくだよ。」

「なにそれ。勘違いだったら、彼女に失礼よ。」

そう言いながら、二人は明日の段取りの話を話し始めた。

第4話 https://note.com/preview/n34456540e8ba?prev_access_key=fbf19f411984cb130b8edda598b3d56c


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?