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パリジェヌの恋模様ーあかり編ー(全4話 第2話)

今泉あかりは、大手病院で看護師をやっている。

今日は休みで勤務日にはできなかったことを、この休み中にやっておきたいと朝から動いていたせいか、昼食を作りたくなくなってパリジェンヌという喫茶店に入った。

遅めの昼食だ。

いつもならこういうレトロなお店には入らず、そのまま家に帰宅するのだが、女子大生が2人。

その喫茶店を入っていくのを見て気になり、自分も入ってしまった。

レトロな喫茶店と今どきの女子大学生。

お店のマスターには申し訳ないが、少しミスマッチなところを感じ、レトロブームが流行りだからなのか、ここのお店に何か魅力があるからなのか知りたくて、興味本位でついついというところが大きい。

昔からそういうところが、悪い癖というか好奇心というものに、無関心というのが打ち勝つことが出来ない。

喫茶店に入りブレンドコーヒーとピラフを注文する。

あの女子大学生はどうやらここのマスター夫婦と知り合いのようだ。

それだったら、若い女の子が入っていくのもうなずける。

店内は長い長い時間の経過を感じさせる壁紙に、昔はいろんな喫茶店に置いてあっただろう卓上の星座占いが置いてある。

昔からどんな内容が書かれているのだろうと気にはなっていたものの、手を出すことがなかった代物だ。

そして、ゆっくりさせてくれるようなJazzがBGMで流れてくる。

これは、マスターの趣味なのだろうか。

そんな風に考えていると、ピラフについてくるサラダを置かれ、

「古臭いでしょ。」

とマスターがにっこりと笑った。

「まぁ、懐かしい感じがありますよね。特にこの卓上占いとか。」

「そうそう。僕もね、ここに置いているけど、この占いって実はやったことがなくて。昔、彼女がやってたのを思い出すなぁ。」

「今の奥さんですか?」

「しー!全然、違う人。元カノです。彼女の前では元カノの話はしないって決めているので。もう少ししたら、ピラフ持っていきますから、待っててくださいね。」

そう言って、マスターはキッチンへと戻っていった。

自分から切り出しておいて、それはないだろうと思ったが、内緒にしなくても奥さんは心配しないだろう。

今日、初めて来た第三者の私でさえ、マスターが奥さんのことを好きなことぐらいよく分かる。

2人の話し方とか関り方で、なんとなく伝わってくるものだ。

『うらやましい。』

そう思った。

あの女子大学生2人組も恋愛でなにかあったようだが、こうやって相談できる場所があるというのは良いことだと思う。

『私もいろんなことがあったなぁ。あいつ、どうしてるんだろう。』

ふと、昔のあの出来事を思い出した。

それは、私がまだ20代前半だった頃の話だ。

4年制の看護学校を卒業して、間もない頃。

仕事に慣れないことと人の命を預かっているという緊張感。

プレッシャーが今以上に振りかかっていた時だった。

そんなときに、私は友人の紹介で1人の男性と知り合ったのだ。

友人とは旦那さんの高校の時の友達なんだそうだ。

私よりも5歳年上で名前は野口信也。

スラッとした中肉中背で身長も170㎝前後でそこそこある男性だった。

仕事は大手証券会社の営業マン。

外見もイケメンで、なぜ紹介してもらえたのか正直、不思議で仕方なかったのを今でも覚えている。

それぐらい、この人はモテそうなのになぜ?そう感じたのだ。

信也とは、すぐに意気投合した。

私が好きなバンド、スポーツ観戦が好きなことで盛り上がったからだ。

今度、東京ドームで野球観戦しに行く約束を取り付けた。

友人は、

「もし、変なことされたらソッコーで辞めていいからね。」

と言ってきたが、こんな好条件の男、そうそういるものじゃないぞ!とこの時思っていた。

そう。

あんなことが起こるまでは。

野球観戦やご飯を何回か食べに行ったあと、初めて彼の家に呼ばれたときに起こった。

やっと、彼の家に行くことが出来るという高揚感で興奮していた私は、人生バラ色のように頭の中がお花畑だった。

話を聞くと都内のマンションで、そこそこ眺めのいい階の一室を借りているのだという。

けれども、彼の家の前まで行き鍵を開けようとしたとき、私の頭の中のお花畑に陰りが出始めた。

すでに鍵が開いており、誰かが彼の部屋の中にいる気配があるのだ。

信也と私は恐る恐る部屋の中に入ると、すでにそこには4人の女性が座っていた。

「ひぃ。なんでみんなここにいるんだ!」

信也の整った顔は引きつり、今にも逃げ出そうとしている。

「なんでじゃねーよ!てめぇ、結婚してんじゃねーか!」

「私だけだって言ったじゃん!なんで、結婚してんのよ!しかも、結婚してる分際で他の女とも浮気してるとか意味分かんないんだけど!」

「あんたさぁ、こいつらと早く別れなさいよ。私と結婚してるだから。」

「私、信也が独身だって言ったから、安心してたのに。こんなことになるなら、妊娠なんてしなきゃよかった!」

最後に言葉を放った女にみんな注目する。

『イマナンテイッタ?』

妊娠しているだと?

私の頭の中が余計にパニックに陥っている。

初めて彼の家に行ったのに、急に彼が結婚していたことを知らされて、自分が浮気女の立場側で、しかも他にも浮気女が3人いるだけでも、パニックに陥る材料がそろっているのに、その上、浮気女の1人が妊娠しているって、悪夢を見ているとしか言えない。

確かに、彼は外見も内面も魅力的なのは認める。

他の女が放っておくはずがないとも思っていた。

けど、まったく他の女性の影があることに気が付かなかったし、感じさせなかった。

いや、私が看護師で夜勤があったりしていたからなのか?

それにしてたって、不自然さがまったく出てこないというのはおかしい。

でも、実際には彼は浮気常習者で、妊娠させている女性までいるのだ。

「あんた、ついに一線超えやがったな!」

彼の妻だという女性が信也に詰め寄った。

「嘘だろ。そもそも、おなかの中にいる子が俺の子だって証明できんのかよ。もしかしたら、他の男と出来た子を俺の子って言ってる可能性だってあんだろ?な!けい!他の男の子だろ?」

信也がそう言った瞬間、けいを呼ばれた女の子はその場で泣き崩れ、

「そんなことあるわけないじゃん!だって私、信也が初めてだったんだから!この歳で、一度もしたことないなんて言えなかったから黙ってたけど、信也が初めてだったんだから!」

と叫んだ。

それを観ていた彼の妻だという女性は、

「あんたさ、この人達に独身って言って近づいてたらしいじゃん。しかも、この子に限っては妊娠までさせてさ。どうせ、一緒に入ってきた女にも独身って言って嘘ついてたんじゃないの?」

と言ってきたので、私はここぞとばかりに

「そうです!今まで仕事が忙しくて結婚する暇がなかった。だから、もうそんな言い訳したく無くないし、早く結婚したくて出会いを求めてるって言われました。」

と言わせてもらった。

それと同時に、信也の妻だと主張する女性から

「もう、疲れた。あんたとはこれで離婚するわ。子供の親権は私がもらう。慰謝料も養育費ももらう。あんた達、女性陣からも全員に慰謝料をもらいたいぐらいだけど、信也が来るまでの間に話を聞いた限り、本当にこの男から騙されて独身だと思ってたようだし、多分、そこのお姉さんもこの人達とおんなじなんだと思う。その代わり、私がこの男からがっぽり慰謝料がもらえて離婚が出来るように協力してもらうから。信也。あとで、離婚届郵送するか書いて提出してね。連絡は弁護士に通してください。もし、何度も破り捨てたりだとかして離婚届出さなかったら、弁護士通して書かせるから。浮気女の皆さん。こんな男でよければ、差し上げるので。すきなようにしてください。それでは。」

と言って部屋を出てしまった。

後日、紹介してくれた友人の話だと、信也は婿養子だったらしい。

奥さんがかなりの金持ちで、私が信也と一緒に行ったあのマンションは、信也が働いていた会社から奥さんと住んでいた家が遠すぎるということもあり、会社から比較的、近かったあのマンションの一室を別で借りていたとのことだった。

信也は奥さんから絞るだけ絞られた挙句、自分の家族からも見放されて、今は何をしているのか分からないらしい。

私は友人から、何度も何度も頭を下げてられていた。

旦那さんと信也とは高校を卒業してから、2~3年ぐらいはちょくちょく会ってはいたものの、少しずつ予定を合わせることが難しくなり、最近ではたまに連絡を取るだけの仲になってしまっていたようで、結婚していたことさえ教えてもらえていなかったのだという。

旦那さんと信也の共通の高校の友人も、信也が結婚したことは知らなかったようだ。

信也と連絡を取り合うだけの期間に、友人と友人の旦那さんは、共通の知り合いがやっていたそば打ちサークルというマニアックなサークルで知り合い、友人の大学卒業と同時に同棲開始。

そのタイミングで私が出会いが仕事で病み始めているという話と、信也から誰か女の子を紹介してほしいという話が舞い込んできて、『これは!』と思って、繋げたということだった。

友人の旦那さんは

「変な奴を紹介して嫌な思いをさせてしまってごめん。高校の時は、そんなでもなかっただけに、正直、自分でもショックを隠し切れなくて。」

と悲しげな顔をしていた。

ふとそんな昔のことを思い出しながら、私は注文していたピラフが来たので食べていた。

あの時は、

『なんでこんなに私ばっかり嫌なことが降り注いでくるんだ!』

なんて思っていたけど、今、振り返ってみると忘れられない思い出となっている。

友人は旦那さんと今でも仲良く生活をしており、2人の子供もいる。

かくいう私はいまだに独身。

そのあとも何人かお付き合いしたものの、結婚するまでには至らなかった。

けど、だからと言って後悔はしていないし、この先、何が起こるか分からない。

もしかしたら、良い人と出会える可能性もあるのだ。

女子大学生も、マスターに新しい出会いをもしかしたらつないでもらえるかもしれないようで、どことなくうれしい雰囲気が表れている。

こういうのを見ていると、自分もなにか新しいことをしてみようかという気持ちにさせてくれる。

『明日、仕事が終わったら、どっかご飯食べてから帰ってみようかな。』

あかりはそう思いながら、ピラフを食べ終わり、少し冷めかけたコーヒーを飲む。

楽しそうに話が盛り上がっている女子大学生をうらやましつつ、マスターにお会計してもらいお店を後にした。


その日の夜。

パリジェンヌのマスターである田中浩二は、妻である京子に昼間、玲子とかおりと話していた恋愛話を全部、話した。

玲子の元カレがどんな男だったのか。

そして、新しい出会いがあれば玲子に紹介することになったことも。

京子は、

「とんでもない男ね。そりゃ別れて正解よ。」

と言いつつも

「新しい出会いを紹介してあげたいけど、紹介できるかしら。」

とつぶやいていた。

そもそもパリジェンヌにくるお客さんの層は、30代のサラリーマン以上が多い。

玲子の年齢層に近い男性は、なかなか縁がないというのが実情だ。

それでも、常連のサラリーマンに紹介できる後輩はいないか聞くことは出来るが、社会人と学生で話が合うのかというのも不安要素。

なかなか紹介するというのも、簡単なようで考えることのほうが多い。

浩二が

『どうしたものか』

と少し考えていると、京子が急にフフッと笑い出した。

「急になんだよ。」

そう浩二が聞いたら、

「私も玲子ちゃんみたいに恋愛してきたときがあったなぁって思って。急に昔の恋愛を思い出しちゃってさ。」

と京子がビールを飲みながらつぶやいた。

苦いこともあったけど、それがなかったら、きっと浩二と結婚まで行かなかったなと思った出来事。

浩二は覚えているだろうか。あの時の出来事を。

第3話 https://note.com/preview/n862489495041?prev_access_key=a2b5dc4c4a7fbcf25dd3dc8860c756f3


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