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【小説】「裏切るなら自分(仮)」#4(短編集『感情採集』より)

 ――中田香織(30)の場合。

 息子だからって、いつまで紐で繋いでろって言うんですか? 犬猫じゃないんですよ。へその緒を切った瞬間から息子は息子、私は私と思って育ててきました。放任と言われたらそれまでですが、子どもには子どもの自由がありますよね。自分の幼少期を反面教師に、親の言いなりにだけはさせたくないんです。今回のことはもちろん、私からも反省を促しはしますが、反省するかどうかは本人次第だと思っています。強制して、その場限りのごめんなさいで取り繕わせても意味がないことは、先生が一番よく分かってるんじゃないですか。ごめんなさいって、都合の良い言葉ですよね。とりあえず言葉にすれば、それで済むんですから。大の大人たちが良い見本ですよ。本心でごめんなさいと謝っている子どもなんて、いると思いますか? みんな、そう言いなさいと教えられたから、そうしているだけですよ。そうです。そうしなさいと言われたことに従うのが教育ですから。ですよね。だから、息子が学校に合わないのは仕方がないんです。そうしなさいと言われた時に、どうしてそうしなければならないのかと、必ずと言っていいほど頭にクエスチョンが浮かんでしまうんですから。物心ついた時からそうでした。学のない私のせいなのか、遺伝なのか環境なのか分かりませんが、お行儀よく鵜呑みにすることが出来ないんです。――はい。はい。ほとんど唯一、息子に付き合ってくれるのがサトシくんなのは分かっています。私もサトシくんがいてくれて、どんなに助かっているか。息子の相手ができるのは、クラスでもサトシくんくらいじゃないですか? ええ。だから私は、二人の喧嘩を許容しているんです。兄弟がいないのもあると思いますが、それぐらいぶつからないと、息子は分からないと思うんです。サトシくんが傷つくこともあるのも承知の上です。覚悟の上です。サトシくんのお母さんとは、腹を割って話したことはないですけれど、今まで何も言われたことはありません。それはサトシくんのお母さんも、私と同じような考え方だからだと思うんです。子どもは子どもを通じて、自分の頭とからだを使い、学ぶ。暗に、それが教育だということを。先生の前でこんなことを言うのは、釈迦に説法どころか失礼に当たるかもしれませんが、私はそう思っています。もし他の子に迷惑をかけるようなことがあったら私も考えますが、今はまだ、息子とサトシくんとの間での出来事です。私たち大人は下手に介入せず、見守るのも一つの選択ではないでしょうか。――死にゲー。良いじゃないですか。本当に生き物を殺す子どももいる中、それは「ならぬこと」と理解している何よりの証拠です。反面、殺人を否定し、同時に肯定しているのは私たちですよね。私たちはもっと、子どもから学ぶべきなんじゃないですか。子どもたちに教え、諭すべきだと思っている大人が、実は一番間違っているんじゃないですか。そして、誰よりも間違っているということを、決して認めないのではないですか。

                               つづく

#小説 #学校 #先生 #母親 #道徳 #倫理 #殺人  

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