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【小説】「裏切るなら自分(仮)」#2(短編集『感情採集』より)

 ――君塚徹きみづかとおる(34)の場合。

 攻守逆転だって? バカな。確かに手を出したよ。文字通り、最初に君の手を握ってしまったのは僕だ。ただ、不可抗力というものがあるだろう。ニュートンもびっくりの。こうして、毎日のように目と目を合わせていれば、否応なく惹きつけられる。僕と君は、林檎と大地だったってだけさ。第一、君はすぐに手を離さなかったじゃないか。それは明確な意思表示だよ。このままでも良いと言う、僕の気持ちを受け入れると言うね。そう、君だって望んでいたはずだ。待ってたんだろ。僕のような男が罠にかかるのを。君たちはもっと自覚すべきだ。根っからの狩猟採集者だってことを。この際だから正直に話してくれよ。君は僕の好意を知る前から、僕に目を付けていたんだろ。勘違いなら良いんだ。僕だってれっきとした大人だ。分別もある。誰彼ともなく、猫まっしぐらと行くわけじゃない。相手は見定めるさ。君だから惹かれたんだ。何度も言う。君だからだ。信じられない? どうして? 僕に彼女がいるからって? は? いったいどこでそんな話を。本上から聞いた? いいか、サトミ。あいつの話は信じるな。君はあいつのこと嫌いだろ。どうしてそんなやつの話を信じるんだ。真実はここにある。僕の胸の中に。だからさぁ、おいで。そう。良い子だ。君はいつも、僕の腕の中にいれば良い。子猫のように。雌猫のように。離してだって? ったく、言葉を裏腹にする必要はないのに。僕と君の仲だ。いい加減、素直になってくれてい良いのに。痛っ。噛むな。愛情表現は優しくしてくれ。ちょ、おい、どこ行くんだ。これからが良いところじゃないか。サトミ。おい、サトミ。ちっ。本上のやつめ。サトミに何を吹き込んだのか知らないが、一度呼び出してお灸をすえる必要があるな。ユリカとはなぁ、とうに終わってるんだよ。まぁ、俺がしくじったのは確か。何の気なしに、サトミを車に乗せたまでは良かったが、まさか犬みたいにマーキングするとはな。子どもと舐めてかかったツケだな。しかしどうする。あの様子じゃ、サトミは誰かに今までのことを告げ口するに違いない。そうなると、問答無用で口止めが必要だが、金で押し黙るとも思えない。やはりもう一度、よりを戻すというのがお互いにとってwin-winじゃないのか。なら、先に潰すのは本上か。何を人質にとる? 内申か? いや、あいつはそんなの屁とも思ってない。あいつにとって、なくてはならないものと言ったら、友人か。お、良いこと思い付いた。マリナがいたじゃないか。一度視線で舐め上げた時は、怯えながらもまんざらではない様子だったし。ああいうのは間違いなく押しに弱い。よし、決まりだ。明日にでも呼び出そう。サトミと同時並行もなかなか面白いじゃないか。もしかして俺、今が人生絶頂期か。あはははは。笑いが止まらん。さて、弾が足りるかな。

                               つづく

#小説 #短編 #一人称 #教師 #学校 #感情  


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