女子大学院生A

ただの女子大学院生の考えごと

女子大学院生A

ただの女子大学院生の考えごと

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はじめに

初めまして。noteの皆さん。女子大生Aと言います。 1年半ほど前心がもたなくなり生活ができなくなってしまったので現在精神科に通院しているただの女子大生です。 色々考えているうちに自分の考えを発信したくなりました。 人に読まれるような立派な文や考えではないかもしれないけど、こんな考えの人間もいるんだって思ってもらえたら嬉しいです。また、少しでも似た境遇の人の支えになれたら嬉しいです。 それでは

    • 新生活

      無性に気持ちが悪い。 あれだけ嫌いな人間という生き物が、私自身である。 意識高い系、意識低い系、気だるくてめんどくさい系、どれも反吐が出る。 でも、自分もその要素を面白いくらい持っている。 朝はガレットを食べる生活をし、時にはカップ麺のアレンジレシピを探り、一日中寝て動かない。 Z世代を揶揄するコンテンツを見て、自分も根性が足りないなんて怒りを覚えるくせに、電子機器をフル活用してSwitch botを買おうかと迷っている始末。 本当になんなんだろうか。 私は4月

      • 名前を変えました

        女子大生は院試(笑)に耐え、女子大学院生になりました。 これに伴い女子大学院生Aと改名しました。 それでは

        • 大学4年間何してたのって話

          はじめにこれは大言い訳大会です。今回は留学の話ではなく、司法試験の話。 大学1年 夏前まで 仮面浪人失敗残留という文字だけ見ても絶望しそうな状態の私は、親の勧めで「司法試験でも受けるか」と思った。理由は簡単、医学部受験多浪を諦めさせるため引き合いに出されたのである。実際大学受験時のK塾小論文模試全国1位を一生擦り倒したい私にはこの上なく美味しい話であった。コロナもあり4−5月までは塾すら探さずにゲームを徹夜でやりまくる生活をしていたが、大学からの法律の講座の案内(講座の名

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          言語とかいう残酷すぎる貧富の差を表すツール

          はじめに 韓国をさろうとする留学終わりの今、留学先であった人々に関してかこうともう。私が感じた感想のほとんどは、「かわいそうだなこの人達」であった。留学先であった人たちに大変申し訳ないが、本心でそう思う機会が多かった。その話をしようと思う。 言語とかいうお金が如実に現れるツール 私は2歳から英語を習わせてもらい、英語で苦労することはほぼなかった。せいぜい自分のやる気維持とか、課題をやらなきゃいけないとか、そのくらい。もちろん難しくなってIELTSなどの試験対策では苦労も

          言語とかいう残酷すぎる貧富の差を表すツール

          殴り書き

          駅のホーム、とぼとぼと歩いていた。大学に行くだけなのにものすごく疲れる。でも、これをいうとHSPとか言われる。自分にHSPという名前をつけてくくる集団も苦手だ。社会が苦手、救いがない人生。 朝起きて大学に行って講義に出てきちんと帰る。これだけでしんどい。体がいうことをきいてくれない。 私の朝は胃酸を抑える薬と吐き気どめの服薬から始まる。その前にマウスウォシュで口を濯いでたか。こうでもしないと歩きながらえずいてしまう。 私は世間で見ればそこそこいい中高一貫に入った。勉強が

          溶けていく夏休み

          ありがちな大学生の話を書こうと思う。私は1年間仮面浪人をし、失敗残留した。大学生活が始まった時、コロナが猛威をふるい2年間在宅になるという悲しい運命の世代だ。 コロナ禍で半分以上溶けていった大学生活を4年の今、回顧してみる。 大学1年浪人で失敗した私は普通にめっちゃ鬱になり、ほぼ引きこもり状態で、浪人期に溜まったフラストレーションを発散するあてもなくこの先の人生に絶望していた。私の友人らはほぼいわゆるいい大学や自分の第一志望に入っていき、現役でそのまま行った子達も仲良しグ

          溶けていく夏休み

          日韓ハーフが韓国留学に来て思ったこと

          前略 この記事は完全に感想文です。 はじめに日韓ハーフ、家族全員韓国人の私は毎年韓国に祖父母に会いに来ていたが、コロナの期間初めて行けなくなり、その後来韓するのが留学になった。その留学で感じたことを書き記そうと思う。 自分が韓国を選択していたら、同じ仲間だったのかな私の母は韓国があまり好きではない。韓国人だが、気性の荒い人が多かったりするのがものすごく嫌みたいで、一緒に韓国に来たがすごい文句を言っていた。そんな韓国があまり好きではない母は私を韓国の学校に進学させる気なんて

          日韓ハーフが韓国留学に来て思ったこと

          3ヶ国語話者だけど、実はもっと分けてるよって話

          はじめに日英韓を3つを私はそこそこ話せるわけだが(中国語が書けないのが悲しい)、実は3ヶ国語以上に使い分けまで含めたらかなり多い。男女・母国語話者向け・外国語として学んだ人向けでかなり使い分けている。これを留学先で話したところ興味深いと言われたため、書いてみようと思う。 日本語編日本語はhigh context of high contextなcultureに分類される。韓国語と比較しても間違いなくそうだと思う。外国人としての私が友人関係で最も苦労したのが、「行間を読むこと

          3ヶ国語話者だけど、実はもっと分けてるよって話

          日韓ハーフの独り言

          はじめに私の人生背景はとても複雑だ。純粋韓国生まれ韓国育ちの母親が仕事を機に日本に来て、純粋日本生まれ日本育ちの父親と結婚して、私が産まれた。母親は日本が好きで来たのか、お金を稼ぐために来たのか面と向かって聞いたことはないが、日本文化はあまり詳しくない。日本人の友人が学校にいたわけでもない。今でも母の日本語は韓国人が話す日本語だ。 2歳の時、父が亡くなった。父方の祖父母は父が幼い時に亡くなっている。私は日本生まれ日本育ちだが、日本の祖父母像を知らない。おばあちゃんの家にある

          日韓ハーフの独り言

          留学日記1

          社会とは変な生き物である。ミミズのように人々が細胞として集い、人間個人単位は「社会」というものに大きく影響を受ける。そのミミズは行先を左か右か、息をしながら時間軸を進む。 その昔、ロックはいった。タブラ・ラサ、つまり人間は白紙であると。コロンブスの卵の比喩はよく言ったものだ。今考えれば私も白紙だと思いつく。 2023年の春、私は韓国にいた。木の揺れる様を見て、己の人生を見て、自分を客観視して、大人になりきれない自分に反吐がでながら時を過ごしていた。 風で木が揺れ、葉っぱ