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浅田真央 BEYONDツアー 私が初めてアイスショーを見に行った理由
バンクーバーオリンピック(2010年)終了後、競技活動を終える2017年まで、真央さんの演技を見たのはソチオリンピック(2014年)のショートとフリーだけでした(全てテレビ観戦ですが)。見れなかった。バンクーバーで一段低いところに立っている真央さんを見て、「もう競技の世界はいいよ、真央ちゃん」という思いがした。採点結果は抜きにして、どうしてもその光景を受け入れることができなかった。その時から、真央
もっとみる浅田真央 ≒ 長嶋茂雄 論
バンクーバーオリンピックの頃、トリプルアクセルの浅田真央、表現力のキム・ヨナという評をよく聞き、私は内心「何を馬鹿なことを! 表現こそ浅田真央ではないか」と半分憤っていましたが、最近考えを改めました。いいえ、浅田真央は表現上の魅力に乏しかった、というわけではもちろんありません。表現、美、人の心を打つもの、これらにはいくつかの種類があるのだろう、ということに最近気が付いたのです。
宇野昌磨、高橋大
夏木マリ 60 ロクマル LIVE 2012.5.2
「真夏の夜のジャズ」のアニタ・オデイ以来、女性ボーカルのライブ映像を見て衝撃を受けた。
歌がうまい、声がいい、艶がある、表情がいい、存在の重さを感じる、芝居もうまい、強い、 芯がある、エネルギッシュ、味わいがすごい、中身が詰まってる、何につけ濃い、でも押し付けがましくない、しなやかである、自由を感じる、当たり前だが本当の大人である、しかし老け込んでいない、老け込むつもりもない、可愛らしい、香水
浅田真央のトリプルアクセル
トリプルアクセル、フィギュアスケートのジャンプの一種。前向きに踏み切り後ろ向きに着氷する。3回転半。高難度の技。これをプログラムに常に組み込む女子選手は少数。しかし、いい時、浅田真央のそれは「美」である。その一瞬、そこに一輪の赤い薔薇が咲く。技(わざ)を超えて、純粋に「美」そのものに昇華している。浅田真央も、もうそこにはいない。「美」のみである。ビル・エバンスの奏でるピアノのように。それが彼女のト
もっとみる浅田真央の枯れた魅力
2016年世界選手権フリーの蝶々夫人をブルーレイで最近よく見る。好きな演技だ。しかしながら、この時の浅田は明らかにモチベーションが落ちている。それは、手先・指先を見れば一目瞭然。指先に神経は行き届いてなく繊細さも生気も感じられない。浅田真央としては考えられないことだ。しかし、その演技から何とも言えぬ魅力を私は感じてしまう。『ある晴れた日に』の美しくも切ない旋律と、浅田の誤解を恐れず言うと疲れ切った
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