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純粋な『何の役にも立たないけど、書きたい』を取り戻す。

どうも。よざっちです。
最近、noteで日記を書くことを始めてみました。

いや、手帳にライフログはずっと書いてるんですけどね。それとは別で一昔前のブログのような日記を書きたくなったんです。

いつからブログは、

ブランディングや金を稼ぐ手段

になったんでしょう。

本来は楽しく書いていたブログのはずなのに、気づけば、

  • いいねがたくさんつきそうな記事を書きたい

  • PVにつながりそうな記事を書きたい

  • お金になりそうな、物が売れそうな記事を書きたい

  • ブランディングにつながる記事を書きたい

そんなスケベ心でいっぱいになってしまいました。


もちろん、それは否定しません。そういった文章を書くスキルが必要なのも事実です。俺もほしい。

ただ、一方でただ自分が楽しかったこと、好きなものについてなどを楽しくおすそ分けするようなブログも書きたい。

けど、骨の髄まで『誰かの役に立つ情報発信でなければならない』が染み付いて書けないんです。

書こうと思っても、中途半端に価値の提供なんて考えて中途半端な記事が生まれてしまう。

そんな体になってしまいました。ええ。

ただ楽しいブログも、誰かの役に立つ情報発信も、どちらも手にした上で、今はどちらにするかを選びたい。

そんな思いで、ただの日記を書き始めることにしました。いわばリハビリです。

てな事を呟いたら、思いの外いいねがついて、賛同してくれる方もいらっしゃいました。

こんな事自分だけと思っていたので嬉しい。


その中のお一人が日記がわりにブログを書いていて、お願いして見せていただくことができました。

なにこれ。面白い。

その人の人となりが伝わるというか、整えられた文章よりもよっぽど伝わるものがありました。

もちろん綺麗に構成を考えた文章の方がいいのかもしれませんが、思いの丈を想いのままに描いたような文章には書いた人の人、顔があるような気がします。

会ったこともないのに、その人とお話ししたような気分になるんです。これって割と凄いことだと思うんですよね。


ChatGPTなどの登場で文章をAIによって簡単に書いてもらえるようになった今、一周回ってただの個人的な日記がまた価値を取り戻さないかなぁなんて思ったりしています。

情報を整理して、綺麗な文章を書くことが特別なスキルで無くなると、重要になるのはそこに書かれる独自体験や思考になると思うんです。

その点で日記は、その人の独自の体験で主観のかたまり。他にはない面白いオリジナルコンテンツだと思うんですよね。


まあ、あくまで一個人の意見なのでどうなるか分かりませんが、そんな感じで面白い日記ブログが増えてくれると良いなと思う今日この頃です。

サポートしてくれたら、小躍りして喜びます。