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「私」と「未来」を捨てる | 今日の考え事(2023-12-26)

Chatterという本に、一人称単数代名詞(私、僕など)の使用頻度とネガティブな感情の間に、強い相関関係があるということが書かれている。フェイスブックの投稿に登場する「私」の量を計算すれば、将来鬱になるかどうかを予測することができるそうだ。

自分自身を指す言葉として「私」の代わりに「彼」「彼女」や自分の名前を使うことで、自分自身と距離をとって客観的に見ることができる。自分自身を三人称で呼ぶことを表すイリイズムという言葉もある。2024年の取り組みとして「私」という言葉を使わないということを考えていた。

書いていたメモの内容を抜粋してみる。

  • 私という言葉を使わない。一人称は彼、あるいは名前を使う。私という言葉はエゴに基づいたものであり、周囲のものをどんどん引き寄せて何者かになろうとする。

  • 未来のことを重要視しない、あるいは考える時間を制限する。未来を体験することはできず、体験できるのは常に今だ。未来の目的は方向性を決めて新しい景色を見るために設定するものであり、それを達成することを行為の意味づけに使うべきではない。

  • 遊びしかしない。今に意識を向けたとき、それはやるべきことでも、やらなければならないことでもなくなる。ただやっていることだ。やっていることに没頭しているとき、あるいは悲観的な感情を持っていたとしてもそれ認識していれば、それは遊びだ。

私が苦しみたくないのであれば、私という言葉を使わなければよいのではないだろうか。私という言葉を使って思考しているときの私と、彼という言葉を使って思考しているときの私は別人だ。その私はどこか違う場所から眺めており、世界の観測者として存在する。

ひらめきや直感は例外かもしれないが、思考は主に言語を使って行われる。アマゾンに住むピダハンという民族は、自分と他人との境界が曖昧で、過去や未来を表す言葉もないそうだ。そして、ピダハンの人たちは皆明るく元気で、うつ病や自殺などは存在しない。ピダハン族に自殺の話をしたとき、信じられなくて爆笑していたというエピソードが印象的だった。

(本はまだ読めていない)

単純化しすぎだと思うが、悩みや精神疾患などの個人的な問題から、政治の腐敗や環境問題などの社会的な問題まで、根本的な原因には「私」という言葉やエゴに関係しているのではないかという気がしている。

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