「在宅で長く過ごす」ためのサポート③
K さんは70 代の男性で、仕事をしている60 代の妻と2 人暮らしです。子どもはおらず、ずっと夫婦共働きで生活をしてきました。
K さんは、長年ヘビースモーカーだったこともあり、60 代のときに慢性閉塞性肺疾患と診断されています。
それから、地域の病院の呼吸器内科に定期的に通院し治療をしていましたが、だんだん息切れが強くなり、通院も難しくなってきたため、病院からの紹介で在宅療養を開始しました。
K さんの在宅療養での希望は、痰や息切れなどの苦痛をとってもらえれば、あとは自宅で自由に過ごせればよいとのこと。
そこで在宅酸素療法を行いながら、週1 回看護師が訪問し、酸素の状態などをチェック。妻が不在の日中にヘルパーが週2 回家事援助に入ることとし、しばらくその状態で支援を続けていました。
在宅療養を始めて2 年が過ぎた冬のこと。
仕事が休みでたまたま妻が自宅にいるときに、看護師が訪問した日がありました。看護師が、妻に疲れていないか尋ねたところ、妻が沈んだ様子で、K さんのトイレの失敗について話し始めました。聞けば、夜間などにトイレが間に合わず、漏らしてしまうことが増えているとのこと。失敗は今のところ週に1 回程度ですが、尿だけでなく便のこともあり、冬場に汚れた衣類を取り替え、体を洗うのは確かに重労働です。
K さんはここのところ、自宅からほとんど出ない生活で筋力低下が進んでいます。またヘルパーが訪れた際、室内で尿の臭いがしていたこともあり、支援の見直しを検討していたところでした。
私たちはまず、K さん本人とお話をし、尿意・便意の感じ方、頻尿の有無、どういうときに失敗をするかなどをお聞きしました。すると、トイレに行きたい感覚はあるが、時々間に合わずに出てしまうとのこと。加齢によって排泄に関わる筋肉が弱り、失禁が起きていると判断しました。
そこで介護保険で購入したポータブルトイレを寝室に設置し、夜間は廊下の奥にあるトイレへ行かずに、そこで排泄してもらうことを提案。
また起きている間は、朝食後や夕食後などに妻に早めにトイレに誘ってもらうと失敗を減らせるというお話もしました。妻が仕事でいない時間帯は、看護師やヘルパーが排泄のリズムに注意することを伝えると、妻もほっとした表情になっていました。
【解説!】
排泄の失敗も、さまざまな原因がある
在宅で生活していてトイレの失敗が増えてくると、介護をしている家族は精神的・身体的に負担が大きくなってきます。
失敗した場所やタイミングによっては、衣服が汚れるだけでなく、室内も汚れてしまいます。寝ている間にたくさんの尿が漏れ、布団がびしゃびしゃになって片付けに苦労する、といった例もあります。
そうした失敗が月に1、2 回なら、まだ影響は少ないかもしれませんが、だんだん頻度が増えて週に何度も……となると、家族の疲労が色濃くなってきます。
排泄の失敗は、「年を取れば仕方ない」と思われがちですが、その背景にはさまざまな原因が考えられます。
高齢者で多いのは、尿意・便意はあるものの、トイレまで間に合わずに出てしまうパターンです。K さんのように加齢によって筋力や神経が衰え、排尿・排便のコントロールがうまくいかなくなるケースが少なくありませんが、過活動膀胱や前立腺肥大によって頻尿が起きることもよくあります。こうした泌尿器科の病気の症状が強いときは、治療が必要になることもあります。
また、認知症が原因での排泄トラブルもあります。この場合、トイレの場所がわからなくなって漏らす、廊下などトイレではないところをトイレと間違えて排尿する、といった症状が現れます。
後者の場合、本人はトイレで排泄しているつもりなので、下着や衣類は汚れませんが、トイレと間違えた場所が排泄物で汚れるという状態になります。
このほかに糖尿病による神経障害や脊柱管狭窄症などにより、尿意・便意が神経にうまく伝わらなくなり、排泄トラブルにつながることもあります。
トイレ環境を整えるなどの対策からスタート
高齢者の排泄トラブルの対策としては、トイレ周りの環境を整えるところから進めていきます。
在宅医療を始めるときにも、介護の住環境に詳しい専門家にアドバイスを受けているかもしれませんが、失敗が増えてきたときは、あらためてトイレに近い居室に移るのも一案です。
ほかにもトイレのドアを開けやすい引き戸にする、便座の周りに手すりを設置する、便座を座りやすい高さにするといったことで、トイレに行きやすくなり、失敗が減ることもあります。
トイレまでの移動に時間がかかる人では、ポータブルトイレを活用するのもいいでしょう。
K さんの事例のように、昼間はなるべく歩いて廊下の奥のトイレに行き、夜間は寝室に置いたポータブルトイレで用を足すのも良い方法です。ポータブルトイレは福祉用具の1つであり、介護保険サービスで購入費の補助を受けられます。
おむつへの移行は、人の尊厳にも関わるので慎重に
最近は紙おむつの性能が良くなり、肌触りが下着のように快適なものも出ています。トイレの失敗が増えたら、おむつにすればと思うかもしれませんが、安易におむつに頼るのはおすすめしません。
排泄したいときはおむつにしてもいいとなると、次第に尿意・便意の感覚が失われ、自分でトイレに行く意欲ももてなくなります。
要介護になったとしても、人としての尊厳を守るためにも、できるだけトイレで排泄できるように支援することが大切です。おむつを使うとしても、まだトイレで排泄する力が残っている人であれば、夜間や外出時の失禁対策など、時間や機会を限ってメリハリをつけて使うといいと思います。
ただし、「自分でトイレに行く」ことにこだわりすぎて、転倒・骨折して入院となる例もありますから、そこは慎重な見極めが必要です。
高齢者や要介護の人が寝たきりになり、尿意・便意も感じにくくなっているときは、おむつに移行することが多くなります。
おむつにはテープで留めるタイプ、パンツのようにはくタイプ、尿取りパッドなどがあります。またサイズや尿量がその人に合っていないと尿が漏れるほか、不快感の原因にもなります。
おむつを使う段階になったときは、その人に合ったおむつの形状やサイズの選び方、おむつ交換の方法などについて、看護師の指導を受けるといいでしょう。
【事例11 で知ってほしいポイント】
● 排泄の失敗には、さまざまな原因がある。加齢によって排泄に関わる筋肉や神経が衰えるほか、泌尿器科の病気や糖尿病の神経障害などが関係することも。
● 認知症による排泄トラブルでは、トイレの場所がわからなくなる、トイレではない場所をトイレと思って排泄してしまう、といった失敗が現れる。
● 排泄トラブルの対策では、トイレ周りの環境整備が重要。手すりを設置する、トイレに近い居室に移る、ベッドのそばにポータブルトイレを置く、など。
● 紙おむつの性能が向上していても、安易におむつに頼ると尿意・便意を感じにくくなり、排泄の自立が失われやすい。
● おむつを使用するときは、その人の状態に合ったおむつの形状、サイズ、使い方などについて、看護師に指導を受けるとよい。
引用:
『事例でわかる! 家族のための「在宅医療」読本』
著者:内田貞輔(医療法人社団貞栄会 理事長)
発売日:2021年6月1日
出版社:幻冬舎