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医師と社長、2足のわらじを履く医療×教育スタートアップCEOが語るユニークなキャリア

起業のきっかけは学生時代に出会ったシミュレーショントレーニング

ーまず簡単に、事業の内容をご説明いただけますか?

東北大学には「クリニカル・スキルスラボ」という、東北大学の医学生、地域の医療従事者を対象に、人形などのシミュレーターを用いて実際の患者さんに行うように診察を行うシミュレーション教育を行っている組織があります。10年以上、1年間あたり2万人弱ぐらいの人を教育してきたノウハウがあるところです。クリニカル・スキルスラボでは教育を行うだけでなく、「こういった教育の課題があるよね」とか「こういったものがあると、より教育の質が上がるよね」というアイデアをもとに、他の企業さんと共同研究で開発を行ってきました。CERCITはクリニカル・スキルスラボを基盤とし、医療教育の経験や研究開発の知財を社会に還元するためにできた会社になっています。

今販売している「US-Sensist(ユーエスセンシスト)」シリーズも、その中で開発されたものです。今は合計3種類の製品がありまして、血管穿刺のトレーニングモデルや、麻酔科の先生がやるような神経のブロックという、麻酔のお薬を神経の近くに撒いて痛みを取る手技をするときのトレーニングモデル。あとは透析のときに針を刺すトレーニングをするようなモデルがあります。

教育に関わる事業は他にもいろいろやってまして。先ほどの「US-Sensist」シリーズに加えて、人形を使って実際にどんなシミュレーションをやるかというプログラム自体も製作しています。救急隊向けと、医者向け、看護師向けのものも作っているところですね。

ー教育プログラムというのは、最初は救急向けから始めたのですか?

そうですね。私自身が救急科の医者で、メンバーには現役の医者が3人入っている。僕を含めて救急科の者がもう1人と、麻酔科の者がもう1人。そういった得意領域がありつつ。あとは、どうしてもこういったシミュレーションのトレーニングは緊急時の対応に用いられることが多く、救急科とか麻酔科の領域に多く導入されやすいというのものあって。

ーそもそもCERCITの事業を始めたきっかけとして、先生の専門領域だったからというのがあったんですね。

はい。私自身が学生のときから、こういう人形を使ったシミュレーションのトレーニングをしていました。それこそ心臓が止まってしまった人に対して、どうやって心臓を動かすための蘇生の処置をするかというトレーニングがあるんですけど。

それを学生同士で教え合う全国的なワークショップがあって、それを東北地方に広めるのに全国を飛び回ってかなり一生懸命頑張ってやっていたという背景がありました。そのときから、ここのスキルスラボにはお世話になっていて。そこからずっと、そういったシミュレーションの教育に関わっています。それもあって会社をやるときに「一緒にやろう」と。

ー学生のときから携わっていたとのことですが、学生のときは「こういう事業で起業しよう」という構想はあったのでしょうか?

全くないですね(笑)。起業する考えは全くなかったんですけど、社会人になってから色々なコースのインストラクターをやるようになって。ここのスキルスラボで他の企業さんと共同研究もやったり、そういったプログラムを作るようになって。そうやって作ったものを、どうすれば社会に広げられるか、一緒にやっている仲間と考えるようになりました。

 その中で、やっぱり大学の組織のままだと、どこかの会社に頼んで売ってもらうしかなくなってしまうところもありますし。一方で自分たちで労力をかけたり、他の人に手伝ってもらったりするとしても、それに見合ったインセンティブがなかなか出しづらいというか、自分たちでお金を賄うことができなさそうでした。そういった点を含めて、ある程度自分たちでマネージするためには起業するのがいいんじゃないか、ということで会社になった経緯があります。

現役医師ならではの目線で製品をブラッシュアップ

ーご自身の経験を活かしながら製品化・販売されているんですね。サービスの独自性や特徴、他社とは違う差別化されているところはどこですか?

うちの会社の特徴は、現役の医師や教育者が中に入っていることです。課題を見つけて、抽出して、それを実際の製品に落とし込むという工程が、スピーディーにできています。実際に作ったものを実際に使ってみるというPDCAのサイクルが早く回せるところがあるのかなと。

なので、実際に今売っている「US-Sensist」のモデルは、既存のモデルに比べて、かなり「実際に人に針を刺す感覚」にこだわっています。実際に穿刺した感覚とか、超音波で見たときの見え方とか。そういったものが、かなり人体に近いものになってます。

そこは結構評価いただいていて、他との差別化にはなっている。教育のプログラムも、自分たちで苦労して作ってきた経験があるので(笑)。それをいかにギュッと短縮して、他の人が使いやすいものにできるかという点は、こだわって作っています。 

ーAEDは非医療従事者の間でも身近なものになっていますが、いざ自分が使わなければならない状況になったとき、果たしてちゃんと使えるのか不安だったりします。教育プログラムには非医療従事者向けのものもあるのでしょうか?

そうですね。医療従事者向けには、実際の患者さんの症例のような「こういう具合悪い人がいるので、どう診察しますか?」というプログラムを作っていますが、それとは別に、非医療従事者向けに「心臓が止まってしまったときのAEDの使い方」を、よりわかりやすくできるコースも作っています。

ー今後の医療の方向性として「在宅医療」「遠隔診療」という動きが進んでいます。横川さんの教育プログラムも、医療改革とともに多岐にわたっていくのではないかと思うのですが。

医療改革の文脈で言うと、医師向けの働き方改革が2024年から始まります。教育の面では、本来教育を受けるべき研修医や学生に対して、教育熱心な先生が、診察の空いた時間に各病院の教育素材を作って指導してる感じなんですが、その時間が今後かなり制約を受けると思うんです。

 一つ考えているのは、医師の就業時間がどんどん制限される中で、教育をアウトソーシングする。弊社が作ったものを使ってもらうことで、質の高い教育を、簡単に。なんなら指導者の方がほとんど手を煩わせることなく学べる。シミュレーション教育が誰でも簡単にできるものを作っていくことを目指して、今開発を進めています。

「日本の医療システムを良くしたい」という想いが最大のモチベーション

ー多忙な中、医師と事業を両立していらっしゃいます。どのようにモチベーションを保っていますか?

自分の中でやりたいというか、好きでやっている部分でもあるので(笑)。

 モチベーションとして一番大きいところは、自分が救急医になった理由でもあるんですけど、「日本の医療のシステムをより良くしたい」という想いが、自分のライフワークとしてありまして。そのシステムを変革する一つのアプローチとして、今は医療の教育面からやっている。

 あとは市民の方向けにも色々サービスを行うことによって啓蒙や意識変容ができるかもとか、色々なことをやっていきたいということがモチベーションになっていますね。

ー今回のイベントには様々なスタートアップ企業やスタートアップ支援企業が参加するのですが、横川さん自身は新しい分野に興味を持つためにやっていることはありますか?

東北大学にそういった企業との連携を進めている部署がありまして、大学院に入ってから結構お世話になっています。そこでバイオデザインという手法を勉強する機会があって。スタンフォード大学が元々やっていたもので、イノベーションをメカニカルに行っていくための手法なのですが、「どういったところが本当の課題なのか?事業化に資する課題なのか?」とか「いろんな視点、視座を持ってみましょう」ということをその中で学んでいます。

あと、医療界はどうしても閉塞的な空間で凝り固まりがちなので、それこそビジネスの最前線でやられてる他の領域の人たちと話をする機会があったり、意見を聞いたりする機会が得られたのは大きかったと思いますね。しかもビジネスの話は、医師をやっているだけだと、なかなか触れる機会はなかったので。

ー医療の業界とそれ以外の業界で一番違う点は何ですか?

医師として診療を行っていると、目の前の患者さんの命を救うことを最優先にするので、経済的なことや病院経営などを考えることはほとんどありません。そういった部分は他の業界との違いなのかと思います。救急科では病院だけではなく地域、地域の病院との連携、他の科の連携、行政との連携など考える機会はありますが、それでも少ないかと。

 この会社を始める前、医療系以外のセミナーを受けたときに言われたのが「病院は何しても潰れないし、体質が変わりにくいよね」って。決してそんなことないんですけど。他の業界に比べると体質が変わりにくい組織なのかもしれません。

 人口減少して患者数も減ってくると病院経営もより厳しくなってくるともいわれています。教育面での付加価値としてCERCITの製品を使ってもらえると嬉しいなと思います。

CERCITという会社をより多くの人に知ってもらいたい

ー10〜20年後を見据えて今後やってみたいこと、どういった企業と一緒にオープンイノベーションをやっていきたいかを伺えますか?

一つは教育に関わるところで、今、MR(複合現実:Mixed Reality)・AR(拡張現実:Augmented Reality)といったものが教育の中にもどんどん入ってきているので、そういったデジタルコンテンツを、医療・教育にフィットさせることに強みを持つ会社さんと繋がりたいと考えていますね。

あとは海外とのコネクションがある会社さんで、海外展開のお手伝いをしていただけるようなところがあればお願いしたいなと。

ー業種とか業態でいうと、デジタルコンテンツ以外に関わりたい分野はありますか?

デジタルコンテンツ以外ですと、素材系ですかね。今製品で使っているのはポリビニルアルコールという素材なんですけど、これが多分完全な正解というわけではなくて。他にも色々な「こんなモノできない?」という依頼を受けているので、得意な素材を扱っているところと知り合いになれれば嬉しいなと。

あとは、うちは3Dプリンターでモノを作っているんですが、そういうのを得意にされてる会社とか。

 ー設立されてまだ1年半くらいとのことですが、スタートアップ企業としてやっていく中で苦労している点は?

うーん……。今は広報、営業の部分ですよね。やはり会社としての知名度は今ひとつなのかなと。我々の会社はみんな、他の仕事も持っている兼業なので。専業で広報や営業ができるメンバーがいると、多くのところにリーチできると常に思っているところではあるんですけれども。手探りで1年くらいやってみて、学会に出しても結構空振りだったり(笑)、逆にすごく反響があったり。

 この領域は大手の会社さんもいるんですが、教育プログラムはおそらくうちの会社が独自で出してるものというのもあって、どれだけ売れるかがわからない。市場を見て売れる・売れないの見込みを立てるのが難しい。そういったところで営業の専任担当がいないことも相まって、難しかったなと考えています。

広報の部分だと、今は主に病院にダイレクトメールを送ったり、学会に展示出したり、そういったぐらいしか直接アプローチする手段がないので。本来であれば、例えば病院に人が行って営業をかけたりしたいところなんですけれど。それにかける予算と人員がいないので。教育する上でも、人員をもっと出せればいいんですけれども、そこを一気に拡大するのがなかなか難しいと考えてます。

 また、医療従事者向けのものを、一般の方向けに広報するってなかなか難しいと思うんです。今、一般の方向けの講習会やWebアプリをちょうど作ってまして。宮城県の産業振興会の助成金を使わせていただいているウェブアプリです。イベントのときに体験できるものを組み合わせたサービスを作っております。それができたときに、県民の方に知ってもらえるような形で広報できるといいですね。

ーゆくゆくはもっと内製化をして、社内の人材を増やし販売・広報も強化していきたいと。

はい。あとは今販売している製品は外部で製造しているものがメインのため、どうしても利益率が高くない。今後は自社で製造しているものをどんどん出していく予定ではあるので、そうすると利益率が上げられて、もう少し自分たちの方で扱いやすくはなるかなと考えていますね。

ー今回の宮城県のマッチングイベントに求めるものはなんですか?

まず、宮城県の中で「CERCIT」という会社の知名度を上げることが一つ。あとは先ほどのDX系、デジタル系、素材系、そういった企業さんと、より繋がりが持てるような形にできればなと考えていますね。

 どうしても医療系のスタートアップ自体が、県内だとまだそんなに数が多くないと思うので。そこから医療の施設とかとどれだけ繋がれるかというと我々もそんなに十分広報ができてないところなので。そういったところにリーチできるように、と考えています。

ー宮城県へ向けて「もっとこうしてほしい」とか、企業さん側からの宮城県への希望はありますか?

多分、宮城県さんに限ったことではないと思うんですけれども、補助金や助成金手続きがもうちょっと簡単にできるようになってくれれば、より嬉しいなというところ。紙ベースのところがまだまだ多いなと思ったので。

 また、補助金の使える時期が限られていて、上半期に寄っていたりするので、ある程度分散できるものでいただけると、1年で事業行う計画とかが立てやすいなと。

 あとは、どうしてもスタートアップの広報で、どういったところにアプローチすればいいかわかりづらい部分もある。「ここに連絡すると、こういった情報が得られる」とか「こういった連絡網にアクセスできるよ」とかがわかるようなリストがあるといいなと思います。

個人的には、起業したときに商工会議所さんだったり宮城県の産業振興会さんだったり、色々なところにお話には行ったんですが、その辺りの役割分担とか、ネットワークがよくわからないなと(笑)。こういう案件ならここに相談するといいとか、横の連携がわかりやすくなっていただくと、ありがたいなと思います。

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