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凡豪の鐘 最終話


は?.....なんだこれ。は?


美月:私にさ、小説見せてよ!


鳥肌が立った。俺の目の前で故人が演技をしている。そっくりさんでもない、モノマネでもない。そして俺の目の前にいる奴はハッキリと言ったんだ。「山下美月」....と。


「なんだこの人!めっちゃ可愛くね!」
「演技めちゃくちゃ上手い!」
「ん?文豪先生の様子、なんかおかしくね」


チャット欄は盛り上がりを見せていた。〇〇は体を動かせない。だが、黒目だけを動かして隣の律を見る。

律:..............。


至って変わらなかった。なんなら少し笑みを浮かべ手元の資料に何か書き込んでいる。


美月:・・終わりです!ありがとうございました!

律:はい。ありがとうございましたー。次の方ー。

〇〇:あ....ちょ、ちょっと待てって!


バタンッ 美月らしき人物は部屋を出て行った。


〇〇:いや...は?...おかしいだろ......ダメだ、一旦中断..

律:...............

〜〜

〜〜

ガチャ

美月:ただいまー。

空子:あら、おかえり。どうだった?

美月:うーん...上手く出来たかなぁ....あ...でも原作者さんが変な顔してた。

空子:原作者.....え!?〇〇いたの!?

美月:〇〇? 文豪先生ならいたけど...

鐘音:.......先帰っててくれ空子。

空子:え?

鐘音:...ちょっと行ってくる。


バタンッ オーディション会場の裏に停めた車から鐘音は出て行った。

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〇〇:.........うぇ....


気を抜いたら吐きそうになる。....あれはどう見ても間違いなく"美月"だった。少し大人びていたけど見間違えるはずが無い。そしてなにより自分で"山下美月"と名乗っていた。


ガチャ 空き部屋の扉が開く。


律:あ....いた。

〇〇:.......説明しろ...今何が起きてるか説明してくれ。

律:いや....俺もついこの間聞いたばっかで...

〇〇:知ってるってことだな。早く話せ。幽霊かなんかか.....クローンか? なんなんだよ...あれ...


〇〇は座ったまま頭を抱える。


鐘音:俺が話す。ちょっと席を外してくれ。

〇〇:あ?.......親父...


扉を開けて立っていたのは、鐘音だった。


律:で、では.....


入れ替わりで律が部屋を出ていく。


鐘音:覚悟して聞けよ?

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律:はいカーット。 ちょっと休憩しようか。


俳優陣はマネージャーの所に行き、休憩したり、スタッフは何人かで集まって動きを確認している。


〇〇:だはぁ......

美月:監督!どうでした?

律:うん。バッチリだよ。

真也:僕も大丈夫でしたかね。

律:すごく良かったですよ。僕年下なので敬語やめてください笑

真也:いえいえ、監督ですから。

〇〇:.....ちょっと席外す。


律の隣に座っていた〇〇は席を外し消えて行った。


美月:...........

律:どうしたの、美月さん。

美月:え?いや.....〇〇さんってなーんか....私に対して冷たいんですよねぇ...

真也:え?〇〇さん?美月ちゃんって〇〇君とムグッ

律:あー!ダメですダメです!ちょっとあっち行きましょうねー、真也さん。


律も真也の方を持って消えていく。


美月:.....なんなんだろ。

〜〜

〇〇:はぁ.....くそっ...

蓮加:何やってんのよ、こんな所で。

茉央:〇〇ー、早よ戻ろー。


廊下で項垂れていると、二人が呼びにきた。


〇〇:あぁ...わかった。

蓮加:.....ちょっと待って。まだなんか気にしてるの?

〇〇:..........なんで逆に気になんねぇんだよ...

茉央:だって生きてたんやからええやん!記憶は....残念だったけど...

〜〜

オーディション当日


鐘音:...あれは....美月ちゃん本人だ。

〇〇:なっ...は?....え?だ、だって死んだ筈じゃ...

鐘音:....奇跡なんだよ...全部が繋がって..美月ちゃんは助かったんだ。

〇〇:どういう事だよ...

鐘音:どっから話すかな....恥ずいからずっと話すか迷ってたんだけどな...「消える君へ」あるだろ?当時は日本で全然流行ってなかった。

〇〇:それ今関係ねぇだろ...

鐘音:関係あんだよ。...俺が...英語に翻訳したんだ。そしてアメリカで出版したんだよ、「To you who disappears」って名前で。

〇〇:To you who disappears....あ!高校ん時の!


高校生の時、ひっきりなしに外国から電話がかかってきたことがある。


鐘音:それで....中々に売れてな...収益はお前の口座に全部振り込んでたが...

〇〇:....そういうことか...


段々と話が繋がってくる。だが、まだ美月が生きている理由には辿りつかない。


鐘音:...そして、ある日俺が時々行く医者が聞いてきたんだよ。To you who disappearsは実話なのかって。

鐘音:なんでそんなこと聞くんだって思ったけど...一応お前に確認した。ケンじぃの葬式の時に。


記憶を呼び起こす。確かにそうだった。


鐘音:そんで、実話だってことがわかってから医者はすぐに取り掛かったよ。エンプティシェル症候群の研究に。あそこまで正確かつ細かく病人の症状や様子が書かれている書物は今までなかったらしい。

鐘音:....俺は美月ちゃんが心臓以外の全ての感覚を失くしたって聞いた時、すぐにその医者に電話した。なんとか治せないかって。

鐘音:返答は...「治せる可能性はごく僅かだがある」だった。

〇〇:え....

鐘音:美月ちゃんが東京の病院に移された後、すぐにアメリカに移された。全世界で初めてのエンプティシェル症候群の治療だったんだ。

〇〇:それで......成功したってことか....。....いや、ちょっと待てよ。なんで親父がそんな美月の事を気にすんだよ。


〇〇がそう言うと、鐘音はタバコに火をつけて、蒸し始めた。


鐘音:すーーっ...はぁ.....美月ちゃんの父親な、俺の親友なんだよ。たった一人の。

〇〇:は?.....美月の父親って...

鐘音:あぁ、死んでるよ。和僧二人でやってたって言ったろ?その片方だよ....

鐘音:あいつから突然電話が来たんだ。「俺になにかあったら娘を頼む」ってな。死んだのは.....次の日だったが...何かを悟ってたんじゃねぇかな。小さい頃だが顔も名前も知ってたし、〇〇と同い年って事も知ってた。

鐘音:信用できる保護施設に預けて保母とも連絡取ってた。そしたら突然俺と空子が生まれた土地に移住したって聞いたから様子でも見ようと、とりあえず実家に行ったら....いたんだよ美月ちゃんが。

〇〇:.............

鐘音:だから...これは全部、美月ちゃんの親。そしてお前の彼女だった祐希ちゃんが繋いだ命のバトンなんだよ...。


今までの事を全部思い返す。全ては繋がり今に集結していた。


〇〇:.....そうか....ははっ....よかっ...た。グスッ ほんどうによがっだ!グスッ


涙は止まらないが、もうそれどころではない。そうと決まれば何を差し置いてでも美月に会いに行きたい。〇〇は立ち上がって部屋を出ようとした。


鐘音:待て!

〇〇:え?


〇〇の昂る体を静止させる。


鐘音:まだ話は終わってない。むしろここからだ。....美月ちゃんの治療は確かに成功した...でも完璧じゃなかったんだ。

〇〇:...どういうことだよ。

鐘音:....記憶を司る...つまり大脳皮質だけは回復出来なかった。...つまり記憶がないって事だ。

〇〇:は?....

鐘音:俺と空子で今まで面倒見てきたよ。でも...お前と律が映画を撮るってニュースが出て美月ちゃんは異常に食いついた。オーディション出たい、女優になりたいって。

鐘音:今までお前らに言わなかったのは、言ったら接触すると思ったから。まだ過去の記憶に触れたら、どうなるかまだわかんないんだ。

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オーディションは当然美月が合格。他を圧倒する演技だったから。

撮影は順調に進み、映画の出来も最高。

だが、それとは裏腹に〇〇は悩んでいた。どうやって美月と接すればいいかわからない。好きな人が生き返って、記憶を失って戻ってきた。

〜〜

律:よし。そろそろ時間だから行くぞ。

美月:はーい!

〇〇:..........

茉央:緊張してきた....


今日は舞台挨拶の日。初上映の日だ。この大事な日でさえも答えは見つからなかった。


蓮加:.....〇〇?

〇〇:ん?

蓮加:今度は〇〇が人形みたいになっちゃってるね。

〇〇:え?

蓮加:そんなの〇〇らしくない。...事実は「美月が帰ってきた」それだけだよ。〇〇は....優しく待ってるってタイプじゃないでしょ?迎えに行かなきゃ!

蓮加:さ!行くよ!

〇〇:うわっ!ちょっ!


蓮加は〇〇の手を引っ張って舞台に上がった。

〜〜

律:今回の映画は、僕にとっても大きな・・


舞台慣れしている律は滞りなくコメントを済ませる。


司会:えー、では最後に文豪先生、お願いします。

〇〇:....ん?あぁ、はい。


隣の律からマイクを受け取る。頭の中では蓮加の言葉が駆け巡る。


〇〇:.....(迎えに行く....)

〇〇:....誰かの為に生きてみたい。

司会:え?

〇〇:俺は小さい頃から小説しか書けなくて、他の事は何も出来なかった。自分の為に、自分の力で生きてきた。

司会:...ちょ....文豪先生?

〇〇:この「消える君へ」は実話だ。一人の女性の生きた道を俺はこの世に残したいと...残さないといけないと思って書いたんだ。

〇〇:.....その女性が死んで、生きる意味がなくなった。そんな中、もう一人の女性が現れた。俺の好きな人だ。俺が...誰かの為に生きてみたいと初めて思ったんだ。


会場は静まり返っている。


〇〇:そいつとは喧嘩も良くするし、横暴だし......でも大好きなんだ。頭が揺れるほどに。

〇〇:でもそいつは今.....長い夢を見ていて...俺の事を覚えてない。

〇〇:.........会場に、この映画を見にきている皆さん。どうか...どうか自分の一番大切な人を心に浮かべながら....見て欲しい..。

〇〇:....自分の命を明け渡してもいい...そう思える程に大切な人を。"幸せ"が、その人ありきであると言える程に...大切な人を思い浮かべながら見てください。以上だ。

司会:...あ、ありがとうございました...


〇〇のコメントを終え、舞台上に上がっていた人達は袖へと降りてゆく。


司会:あ、あの...美月さん?

律:ん?

美月:.......................


たった一人舞台上に立ち尽くす女性を残して。

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頭が痛い。ずっと気持ちの悪い音色が響いている。文豪先生のコメントを聞いてから。


空子:美月ちゃん? そろそろ帰るよ?


舞台挨拶を終え、帰り支度をしている途中だった。


空子:あ!ちょっと!美月ちゃん!?


私は走った。会わないといけない人がいる。いや...会いたい人がいると、心が叫んで仕方ない。


ガラガラガラッ 勢いよく扉を開く。本能の赴くままに。


〇〇:うわっ!..........美月...


本能が導いた先には、彼がいた。


美月:はぁはぁ......なんなんですか!あなたは!

〇〇:へ?

美月:舞台挨拶でも変なこと言うし、ずっと私になんか冷たいし、


あれ?


美月:正直最初はあなたの事苦手だったし、でも優しい所とかもあっでグスッ


どうしたんだ私。


美月:気づいたら目で追っててグスッ 今だっで会いたくて仕方なぐでグスッ うぅ...


涙が止まらない。いくら目を擦っても止まらない。そして何故か、私の目の前の彼も...泣いている。


美月:あなたは...わだしの....なんなんですかぁ!


頭が割れそうなくらい痛い。ずっと考えずに喋っている。止まらない涙で視界がぼやけ始めた矢先だった。

〜〜

泣いている。好きな人が目の前で泣いている。


美月:あなたは...わだしの....なんなんですかぁ!


あぁ、体が何CCかの血を全身に巡らせ、鳥肌を立たせる、脳が気づく前に、俺は美月を抱きしめていた。


美月:ふぇ...

〇〇:お前は....山下美月は...俺の彼女だ。俺の好きな人で、俺は美月の好きな人だグスッ

〇〇:ずっと....待ってた...今すぐ抱きしめたかった。ずっと隣にいたかった。お前の一部になりたいと思った。俺が代わってやりたいって何回も思った。

〇〇:でも...美月は自分で戻ってきたグスッ 俺とした約束を覚えてた....。記憶を無くしたっていい。だから俺は...ずっと美月のそばに・・


不意に体を離される。離したのは美月だった。


美月:..............へへっ

〇〇:え?

美月......〇〇?


さん付けじゃない。〇〇と....そう呼んだ。


〇〇:あ....うぁ....


美月は〇〇の胸にもう一度、全細胞を預けた。


美月:.......〇〇...へへっ// ただいま。

〇〇:.......おがえり...グスッ


ずっと聞きたかった言葉。そしてもう一つ。美月はエンドロールに言葉を残した。

〜〜


これだったか。僕がこの世に生まれた意味は。
これだったか。僕がこの世に生まれたわけは。

晴れた空に君を思えば雲が形を変えてゆく。

しばらく歩いてきた気がする。何も決めずに書いてきた物語は、奇跡となって戻ってきた。


才能を自らの手で捨て、自らの手で才能を掴み取った文豪...いや、一人の凡豪と呼ばれる少年の書いた小説は、鐘の音のように世界に響き渡り命を救った。

そしてその鐘の音は、一人の少女の頭で鳴り響き、記憶の鐘との間で反響した。


言葉延々紡ぐ暇などない1ページを生きた少年の本には誰よりも光る一行が綴られている。その一行は彼が愛した"二人"の女性からの言葉だった。


蘇っても大好きでした

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                  Finish

               





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