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スケッチ #1「ボタンズの日常、パフとフラットニーの間柄」より

登場するボタンズたち

本文

 フラットニーの親友。パフィー・パフと言うボタンズは、楽しみの種を見つけたら、それはもう猪突猛進。心のままに動きますから、事態が思わぬ方向に転がることもしばしばありました。

 良い方にも、もちろん、悪い方にも。

 その良し悪しに拘わらずケロッと受け入れて、いつしか笑い話に変えてしまうのはパフのすごいところです。どうにも、それが彼女の物事への向き合い方なのだとフラットニーが気づいたのは、知り合ってからしばらく経ってからでした。

 けれども、楽しみの種と一緒にあまりにも大きな不運の種を拾ってしまうと、事はそううまく行きません。パフはそれで自分の命、つまりはボタンを失ったこともありますから、フラットニーとしては、ハラハラと、往々にして気を揉むことになるのです。

 パフと出会った頃、フラットニーはこのことに頭を抱えていました。

 パフの楽しむことへの誠実さやひたむきさは、仲間と分かち合おうという気概に支えられています。だから、気分が落ち込んで自分の内側ばかりに気が散ってしまっていても、パフにはそんな気分も一緒くたに外側へと向けてくれる力強さがありました。

 この力にフラットニーは何度も救われ、そして感謝しています。ですから、これを毛頭から否定してしまうような付き合い方はしたくありませんでした。

 とはいえ、パフとて不運の種は極力拾いたくないはずですから、何かしらの工夫は必要です。フラットニーは頭を抱えつつも、同じくらい、自分自身がなにか役立てないかと頭を捻っていました。

 それは自分の内側を見つめることに他なりません。フラットニーの場合、良いところよりも悪いところのほうが良く見つかりますから、暗い気持ちがどんどん湧き上がって、気持ちのほうに振り回されていました。

 けれど、今は違います。

 悪いところが目につく癖も、要は使い方なのです。パフの考えや自身の内面と向き合ううちに出した一旦の答え。
 どんなに大きな不運の種も、初めのうちは小さいものです。そしてフラットニーはたとえ小さくとも、悪い予感としてそれ見つけることが出来ました。

 見つかったのならば、備えれば良いのです。

 今日もまた池のほとり。虚になった大きな瘤と、歪な幹や枝を四方に伸ばす偏屈そうな大木の傍。みんなで作り上げた秘密基地の一角にフラットニーとパフはいます。
 池に向かって伸びた大木の枝に括ったブランコで遊びに勤しむ我らがリーダー、セサミへと突撃するパフを見やって、フラットニーはすぐさまその場を離れました。

 彼女の向かった場所は、縦横に積まれたたくさんのプランターや鉢植えに囲まれていました。種々の植物達に溢れて、色合いを濃くし始めた葉が競い合うように柔らかな日差しを取り合っている中。一際大きな、それこそ森に生えている木を植えてしまえるような大きさの鉢植えが上下さかさまに置かれています。

 地面に接する鉢口の一箇所だけ大きく欠けていて、出来上がった穴は淡い風合いの花がらの布がカーテンのように塞いで中への視線を防いでいました。その布を退けて、彼女は中へと入っていきます。

 彼女はここで生活し、周りの植物たちを手塩にかけて育てていました。

 他のボタンズたちと定期的に行われる「なにかしら交換会」で、未知の種や挿し木を手に入れることもありますし、彼女が独自に掛け合わせて新しい品種をうみだすこともありますから、とにもかくにも、豊富な種類の植物たちです。

 性格も育て方も千差万別。水やり一つとってもすごく工夫のいる、大変な作業なのでした。
 どれだけ気をつけていても、お手入れの最中に水に濡れてしまうことはありますから、そんなときのために、水をたっぷり吸ってくれるタオルが家にたくさんおいてありました。

 フラットニーは幾つかのタオルと、……ちょっとした予感を感じたために、植物を縛ったりするための長い麻紐を持ち出して秘密基地へと踵を返します。

 フラットニーが戻ってくるのと、二人漕ぎ中のパフとセサミが、ブランコの勢いに任せて池に向かって大ジャンプしたのがほぼほぼ同じくらい。
 盛大に水しぶきが上がるのを見て、ほら、やっぱりと彼女は冴えわたる勘に誇らしげです。けれど、それはすぐに焦りへと変わりました。

 もうすでに何度も飛び込んでいたのでしょう。体の隅々まで水を吸った彼ら体は重く、水に沈むようになってしまっていました。
 小さなセサミはそれでも泳いで岸へとたどり着いていましたが、パフは手足をいくらばたつかせても池の底へと向かうばかり。特にその大きな耳のせいで、パフは上手く泳げません。

 フラットニーはタオルを放り出します。手先の器用なセサミにお願いして持ってきた麻紐の先に重し石を括り付けると、池へと投げ込みました。
 その紐をつかむことができたパフ。フラットニーとセサミの力で引っ張り上げられ、どうにかこうにかほとりへと這い出ました。

 水が滝のように滴っているパフを前に、さすがのこのタオルでも荷が勝ちすぎるというものです。まずは、しっかりと絞らなければ。
 ホッとしたのもつかの間。そんな風に思ったフラットニーは、パフの体をぎゅっぎゅと押すように絞り始めます。ここで、お説教のように硬めのおしゃべりを始めてしまうのはフラットニーの悪い癖。

 初めのうちは真面目に聞いていたパフですが、絞っても絞っても水があふれてきますからいつまでたっても終わりません。タオルに包まるころにはもう頭はくらくら、ふらふら、揺れてしまう始末でした。

 ーーそんな、フラットニーとパフの日常。

 ところで、セサミはというと。小さな体です。とっくに乾かして、お小言の場から逃げ出していたのでした。

スケッチ「ボタンズの日常、フラットニーとパフの間柄」より

追伸

 その後、フラットニーも一緒になって遊び始めます。パフはパフでお説教はどこへやら、また池に飛び込んだりするのですが、それはご愛嬌。
 フラットニーも、場の雰囲気に引っ張られて池に飛び込もうとしていましたが、直前で思いとどまっていました。

 フラットニーが着ているのは深緑が映えるドレスで、彼女のお気に入りの一つです。光の当たり方でちょっと変わった光沢が出るその生地は、手に入れるのにも一苦労しましたし、気難しい裁縫師のボタンズが針と糸を手にとってくれた事自体、ものすごく運が良かったのです。
 なので、落ちない汚れやほつれが出来るのは許せません。

 お庭用の作業着を着ていたら危なかったと思いながら、フラットニーはゆったりとブランコを漕いでいるのでした。

 植物をかけ合わせて新しい品種を生み出しているフラットニーですが、最近、生まれた新しい品種が、たんぽぽ品評会で最優秀を取ったようです。競う相手は他に二人しか居なかったみたいですが。

文:かめ


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