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心の病の経験者はデザインの仕事に「癒し」を求めてはいけない、という話

元WEBデザイナーが、デザインの仕事についてつらつらと書いていきます。今回は心の病を経験した人が社会に復帰する際、デザインの仕事に「癒し」を求めてはいけない、という事について語ります。職業訓練・スクールでWEBデザインを学んでいる人、就活中の人に読んでいただければ幸いです。


セラピー的な創作活動とデザインの仕事を一緒にしない方が良い

ハローワークや復職支援で心の病の経験を持つ人に、WEBデザインの仕事をおすすめする事例があるようですが、仕事を紹介する側にも求職者側にも、デザインの仕事に癒し効果やセラピー的な創作活動を夢見ている人がいるようにも見受けられます。

しかし、WEB制作の仕事の実態は甘くて優しい、癒しや心に潤いのある世界ではなく、冥府魔道な環境に近いと思います。

自分のペースで自由に創作できる、癒しが目的のセラピーと違い、WEB
デザインを含むあらゆる分野のデザインの仕事には、大抵の場合以下のような要素が付き纏います。

  • スケジュール、予算、限られた人員等、諸々の制約の中で作らなければならない。

  • 常に外的要因に振り回される。主導権はデザイナーにない事が多い。

  • 確実に仕事を達成しなければならない責任を負う。

  • 何かしら成果を上げなければならないし、求められる。

  • 常に他者の批評にさらされるし、自身の仕事に対するネガティブな意見とも向き合わなければならない。

デザインの仕事に癒しの要素はほぼありません。むしろ神経をすり減らす要素の方が多いのではないでしょうか。得られるのは心の安寧ではなく、過酷な仕事内容・高い目標とそれをクリアした時に得られる達成感、そこそこの額のお金位です。

そして我慢の先にあるものは「新たなる我慢」、ここが踏ん張りどころの先にあるものは「永遠に続く踏ん張りどころ」だったりします。

初心者のうちは特に精神的に摩耗しますが、耐えられますか?

デザイン初心者の制作物は往々にして拙い出来具合になりますし、仕事として求められるクオリティに一度で到達できる事はまずありません。熟練者でさえも制作物に対して一発OKなんてそうそう出ません。

したがって、制作物に対する批判的意見、修正指示を数回にわたって必ず受ける事になります。

何度修正してもなかなかOKをもらえず、何を求められているのか、ゴールがどこなのがわからなくなってしまい、思考停止、自暴自棄、自己嫌悪等、ネガティブな精神状態に陥る事はよくあります。時にデザイナーが仕事を放棄し逃走する(フリーランスはよくある、会社員は時々あるくらいの頻度)という事案も発生します。

また、デザイン初心者に対して、何度修正指示を出しても一向に改善されない、求めている品質に達しない事に業を煮やして、言葉や態度がきつくなっていく人、時に制作物に対する批評の範疇を超えて、デザイナーの人間性、人格の否定に走る人も一定数存在します。

精神的に万全な状態の人でさえ、他人の心ない意見にへこんだり、度重なる修正に精神をゴリゴリ削られて日々衰弱していくような環境に、果たして心の体力、防御力が落ちている人が耐えられるでしょうか?

他人との関わり合いは避けられないし、クライアントによっては気分を害する体験もする

デザインの仕事を「人と関わらずに黙々と作業する仕事」だと勘違いしている人も多く見られます。確かに人と対面して話す時間は営業や販売の仕事に比べると長くはありませんし、機会もそう頻繁にはありません。

しかし、まったく他人と関わらないで良いかというと、そのような事は決してありません。デザインの仕事は基本的に他者とのコラボレーションですので、協調性や共感性に欠ける人、コミュニケーション能力に問題のある人のデザイン職への採用には消極的、否定的な考えを示す企業が一般的です。

お客様から依頼を受けてデザインするクライアントワークは特にそうですが、デザインの分野、業態によっては人と関わる事を避ける事ができないサービス業としての性質が強いものもあります。

デザインの仕事に従事していると、クライアントの都合、わがままに振り回される事もよく起こります。最悪の場合、デザイナーはお客様のわがままを叶えるための、使い捨ての道具扱いを受ける事すらあります。

極端な例ではありますが、「お前の代わりなどいくらでもいる」「お前はタヒんでもいいから納期は守れ」などという、心ない暴言を吐くクライアントに遭遇することも稀にあります。(特に昭和世代の広告業界関係者にそういう人は多くいます。)

最近は職場環境、職務内容、クライアントとデザイナーの関係性も大分改善されてきてはいるようですが、上記のような昔気質な人もまだ現場に残っている(特にクライアント側)ようですので、デザインの現場はいまだにホワイトな環境とは言い難いのではないかと思います。

デザインを仕事にすると、穏やかな生き方から遠ざかると思う

働き方、モラルに対する意識の変化に伴い、デザインの現場も以前に比べると大分穏やかな環境になってきてはいると思いますが、デザインの分野によっては、まだまだ穏やかとは言い難い環境のままである事もあるようです。

特にIT系のデザインの仕事は、昔も今も人間の自然な成長速度、スピード感では動いていません。人間の適切な成長速度を「螺旋階段を歩きながら登っていく」スピード感とするなら、IT業界で求められるスピード感は「高層ビルのエレベーターに乗って直線的に加速上昇する」位の感覚を要求されます。

IT業界は成果を出すことに対して、「種を撒いたら収穫できるようになるまで待つ」ができない人が多くいる業界、そのスピード感についていけずに離脱する人、最悪の場合、心を壊して消えていく人が多く出てしまう残念な業界でもあります。

WEBデザインやWEB制作の仕事に対して、「簡単にできそう」「在宅で仕事ができそう」という安直な考えで手を出す人が後を絶ちませんが、そのどちらも幻想であることが職業訓練やスクールで数か月学んだ後になってようやく理解できるというのが実情です。仮に運よくWEBデザイン、WEB制作の仕事に就くことができたとしても、IT業界の尋常ならざるスピード感で生き急ぐ事を強要され、「好きな事をして穏やかに生きる理想の生き方」とは真逆の生活を強いられることになる事も多々あります。

デザインの仕事には夢がないとは言い切れませんが、少なくともお客様からデザインの仕事を請負う業態、クライアントワークのデザインの仕事をする場合「心穏やかに生きる」のは難しい、という事は間違いなく言えます。デザインの仕事に就くことを検討するのであれば、自身の想像を膨らませて「理想の仕事化」せずに、経験者の体験談を幅広く収集して分析してみる事をおすすめします。


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