別途betへと
「あ~、母ちゃんか。今ちょっと手が離せないんだわ。切るね」
右手でスマホを操作した。
手が離せないのは、物理的にである。
俺の左手は、机にある器具に繋がっている。
違法ギャンブル真っ只中。負けたら指の一本から五本の所有権を失う。登記していようが関係なくだ。
ギャンブルは大昔からある、数字や絵柄を揃えたり、並べたりする、オーソドックスなカードゲーム。左手は使えないけど、頑張れば何事も片手でできるもんだ。
大学一年生の時に、新歓コンパで調子に乗って、桜の木に登って、落ちて、手を骨折した時だって、一人暮らしだけどカレーライスを片手で作って、よそって、食べることができたんだ。概ねなんとかできるんだ。
(一緒に折れた桜の枝を持ちかえって飾った)
この状況下で人生を振り返ることができる俺は、比較的冷静な人として分類される。間違いない。この振り返りができていて、自己分析できていれば、まともな就職をして(まともってなんだ)、借金なんか作らず、ここにいないはずだと、突っ込まないでほしい。
人間は力強い大地から生まれたけど、中身はか弱い生き物だから。
そうだ、ギャンブルの実況中継をしようか。違法とつくものに、皆興味あるんだろ。興味ないかな、いやあるはずなんだけど、え、ないんですか、なら後回しだ。
それならば、負けた時のシミュレーションをしよう。
2023年以降急激に世界へ浸透した人工知能により、人間が学ぶべき領域が大きく変動した。
人工知能により代替可能な、本来反覆して身につける科目が減り、相対的に増やされたのが芸術の分野だった。
中学生の時、音楽の必須課題で、エイトフィンガー奏法があった。ギターを高速で弾くアレだ。
学校でムシャクシャしたら、家でひたすらエイトフィンガーをする。時々絵を描き詩を読む。またエイトフィンガーをする。そんな青春。
俺の心が歪にならず(いびつって響きは好きだ)まともな形(まともってなんだ)ができたのは、この速弾きテクニックのおかげだった。AIよ、ありがとう。
……って、負けて指が無くなったらエイトフィンガーできなくなるじゃないか。
シミュレーション上のエイトフィンガーができない俺は、きっと自分と恩師と母ちゃんを泣かすくらい、荒んでしまうだろう。
このギャンブルは負けられない。負けたら違法って訴えてやる、指を切るのは違法だぞと。うん、そんなことができたらいいのにな。淡い期待はスパークリングワインの泡みたいに消えた。ちなみに飲んだことは、まだない。
ギャンブルはいつのまにか終盤、絶望しかない保持チップ。
右手でスマホを操作した。
「あ、母ちゃん、晩ごはんお願いしていい?カレーがいいな。違うよ、ロボットじゃなくて、母ちゃんが作ったやつがいいの」
そう、指がなくても今の時代は、おふくろの味の再現を除いて、なんとかできるんだ。
俺はさらに右手の指をベットして、大逆転を狙った。
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