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「戦場の狼」

私の住んでいた団地から徒歩3分の場所に「タカハシ」という名のおもちゃ屋があった。いつも元気ハツラツなおばちゃんが、ワンオペで回せるくらいの小さなお店で、ファミコンカセットやゲームウォッチ、LSIゲームからガンダム、ミリタリー物、お城や妖怪などのプラモデル、人生ゲームやちくたくバンバンなどのボードゲーム、リカちゃんやシルバニアファミリー等、それなりの品揃えの店だった。しかし、毎日のように子供たちが押し寄せワイワイと賑わせていたのは店の3分の1を占める駄菓子と屋内と屋外に設置されたゲーム筐体だった。学校の終わる時間あたりから夕方6時ころまで近所の子供たちでいっぱいだった。当然、私もタカハシの常連だったが、目当てはやはりゲームだった。店内のテーブル筐体と屋外(屋根あり)のオレンジ筐体では数々の名作ゲームがプレイできた。当時はNEOGEOやエミュ機は無かったので1台に1つのゲームしかプレイできない。当然、お店も商売なので人気のないゲームは早々に別のゲームに変えられていった。そこでは本当に色々なゲームをプレイしたが「ソンソン」や「1942」「魔界村」などカプコンのゲームが多かったような気がする。その中でも強烈に記憶に残っているゲームが「戦場の狼」である。「ソンソン」や「魔界村」は店内のテーブル筐体でプレイしたが、「戦場の狼」は屋外の屋根付き駐車場の端に置かれていた。オレンジ色のアップライト筐体で駄菓子屋の店先に並んでいる筐体としてはNEOGEOが出てくるまで主流だったように思う。この通称オレンジ筐体は、スタンディングスタイルのアップライト筐体で立ってプレイするのが正しいと思われるが、どうにもサイズが微妙な印象しかない。小学校の低学年には高すぎだし、高学年や中学生になると低すぎるとゆー小学校中学年にベストマッチな筐体だった。リッチなお店には高さの調整可能な椅子が設置されていることもあるが、屋外で稼働させることを考えるとそこまでやる店は少ない。むしろ筐体から基板まで全てリースというスタイルが主流だったのでリース会社もそこまではしてくれなかったのだろう。だが、当時のゲームキッズはそんな事で諦めるはずもなく、試行錯誤の末にある答えに行きついた。それが「ビール瓶ケースor瓶ジュースケース」である。背の低い低学年キッズはケースをひっくり返して底面を天板にしその上に立ってプレイした。背の高い高学年中学ボーイは側面を下にして立てて縦長の状態で座ってプレイした。これにより空気イス状態で足をプルプルいわせることもなくプレイに集中できたのである。余談だが、屋外設置にもかかわらず高さ調整付きの椅子を完備した店もあったが、数日でいたずらキッズの餌食にあい座席の部分が外された状態になっていた。ボルトの飛び出た椅子を見て、これはもう拷問か何かでしかないなと子供心に感じたのを思い出した。さて、この「戦場の狼」だが、タイトル通り戦場ミリタリー物のゲームである。プレイヤーは主人公である兵士(スーパージョー)を操って敵軍に単身乗り込むという内容だ。特に決められたルールも無く、とにかく敵をバッタバッタとなぎ倒し敵軍を殲滅すればいいのだ。操作方法もシンプルで8方向レバーに2ボタン。メイン武器のマシンガンは弾数制限もなく連射もきくが射程はさほど長くない。サブ武器のグレネードは弾数制限ありで連射不可、投げてから爆発までそれなりにラグが生じるが威力は絶大でバイクやトーチカなど耐久力のある堅い敵に有効である。マシンガンは進行方向に向かって撃てるので8方向だが、グレネードは画面上に向かって投げられるが横や後ろには攻撃できない。トップビューのシューティングゲームだが強制スクロールではないので自分のペースで進むことができる。ステージの最後には固定画面の要塞戦があり一定時間敵の猛攻をしのげばクリアとなる。いたってシンプルな内容なのだが、これがなかなかに難しい。昔のアーケードゲームは長時間プレイされては商売にならないので回転率上げるためのゲームバランスになっている。しかし、あまり難しすぎてもリピートされないので適度なバランス調整がされているのだが、カプコンのゲームはその中でも群を抜いて難しかったと思う。「魔界村」「ガンスモーク」「戦いの挽歌」この辺りは特にエグかった。そんな激ムズゲームなのにカプコンのゲームに魅力を感じたのはやはり圧倒的なグラフィックがあったからに他ならない。キャラクターデザインのセンスもさることながら緻密に描かれたドットキャラは陰影を上手く使い2Dの中に立体感が出ていた。ナムコのゼビウスあたりからそんな表現が増えた気がするがカプコンはそれに更に磨きをかけてきたのだ。グラフィックの向上は没入感に直結する。ハードの限界を最大限まで引き出しさらにそこにアイデアやテクニックで磨きをかける。それはちゃんと作品に現れるものだし、ユーザーはそれを感じとるものである。もちろん、音楽や効果音も没入感を引き上げるシナジーなので無くてはならないのだけど、人が得る情報の7割は視覚からと言われているのでグラフィックから得る感動はやはり大きい。「戦場の狼」もそうである。ミリタリーというただでさえ男心をウズウズさせるテーマでグラフィックも派手すぎず深みのある色合い、塹壕や土嚢など戦場に欠かすことのできないオブジェクトまでも細かく表現され、極めつけはバイクなどの乗り物がリアルに描かれているので、初見は見とれて殺られるほどだった。家庭用ゲーム機でファミコンが登場し、家でもゲームはできるようになったが、やはりアーケードゲームには到底及ばなかった。だからこそ、ゲームセンターなどに通い、そこでしかできない体験にお金を払っていたんだと思う。我々は、当時ゲームを遊んでいた。しかしそれはその時代、そこでしか感じることのできない体験を脳に心に刻み込んでいたのである。申し訳ない、つい熱くなってしまった。そのかけがえのない体験を与えてくれた「戦場の狼」だが、ある程度のコツを掴めばそれなりに進めるようになる。そこはやはりバランスとして必要な部分でもあるのだから良くできたゲームと言えるのではないだろうか。さて、このタカハシにある「戦場の狼」は前述どおり屋外に置いてあるのだが、屋外がゆえに店の休日でもそのまま置いてあるのである。もちろんコンセントは抜かれ画面は付いていない。日曜祝日というのはどの店もお休みであり、こんな状態なのだが、きちがいゲームキッズだった私は、ゲームをやらないと禁断症状がでるので日曜祝日はこのタカハシに来ては勝手にコンセントを挿しゲームをプレイしていた。だが、所詮は小学生である。そんなに金があるはずもない。それでもデモ画面を見てるだけでもいいと朝っぱらからよく行っていた。日曜の住宅街の朝はとても静かである。通勤や通学が無いので皆昼くらいまで寝ているからだ。誰もいない早朝の住宅街。空気が美味い。そんな事を思いながらいつものようにタカハシに行きコンセントを挿した。電源が入るとデモ画面が始まるまで少し時間がかかる。RAMチェックだ何だかんだ画面にメッセージが表示されそのあとにタイトル画面でデモが始まる。しかし、その日はいつもと様子が違った。何やら英語の文字と数字と沢山並んでいる画面で止まっている。なんだ、これは、もしかして壊れたのか?私は急に不安になった。そのままコンセントを抜いて知らんぷりして帰ろうかとも思った。焦って気が動転した私は、無駄にガチャガチャとレバーやボタンを押した。すると、いきなり筐体から音がした。え?は?となった私は少し冷静さを取り戻し、もう1度ボタンを押してみた。「ザッ」一瞬聞いたことのある音が聞こえた。もう1度、今度は何回も押してみた「ザ、ザ、ザ、ザ、ザ」これは、ゲーム中に文字が表示されるときに鳴る音だ。なんだこれは、何でボタンを押すと音がするんだ?私は画面をよく見てみた。英語は読めないが意味のある単語がいくつも並んでいるはわかった。そして、一部分にカーソルがきており点滅している。とりあえず今度はレバーを慎重に動かした。するとカーソルの点滅している部分の文字が変化した。どうやらレバーを動かすと文字や数字が変わるらしい。私は適当に文字を変えてボタンを押した。すると今度は敵のやられ音が鳴った。私は次々に文字を変えボタンを押した。そして理解した。どーやらこれはゲーム内の音を聞けるらしい。更に別の項目を選択する。すると今度は音楽が流れだした。聞き覚えのあるメインテーマが、効果音のない状態で流れ出したのだ。静かな住宅街の早朝。私は夢中になってレバーとボタンを操作して音と音楽の世界にのめり込んでいった。BGMが好きなだけ聞けるのはもちろん贅沢の極みなのだが、私はそれ以上に効果音の音に脳と耳を奪われた。ゲーム中になる効果音、SEと言うのは基本的にそれ単体で聞けることはほぼない。何か他の音と同時に鳴っていることが殆どだし、そもそもBGMが流れているので有りえないといってもいい。しかも、プレイヤーが出せる音ならまだしも、敵の出す音や演出の音などは一瞬である。それが他の音に邪魔されることなく、何度も繰り返し聞けるのだからとんでもないことだ。その日、日曜のオレンジ筐体は私専用ジュークボックスと変貌をとげた。私はとにかくあらゆるSEとBGMを聞き漁った。貪るように、取り憑かれたように。1つずつ、じっくりと、気に入れば何度も繰り返し聞いた。普段から聞いていて知っているはずの音もそれ単体で聞くと違った音に聞こえた。知らない音、知らない曲もあった。そこにゲームの画面はない。文字と音だけ。だけど、最高に興奮し、至福を感じている自分がいた。そしてみるみる時間は過ぎ、道路を走る車の数が増えてきた。さすがにこのまま続けているとタカハシのおばちゃんに見つかり怒られてしまう。そう思った私は名残惜しい気持ちをグッと堪え、帰宅する事にした。だが、そもそも何でこの画面になったのか私は知らなかった。次にまたこの画面が出てくる保証はどこにもない。しかし、それが良かったのかもしれない。奇跡のような出来事だからこそ、今でも私の脳にしっかりと記憶され、こうやって思い出せているのかもしれない。私は、筐体のコンセントを抜き、タカハシを後にした。太陽は随分と登っていて、住宅街は少し人の気配がし始めていた。私は、余韻に浸るように「戦場の狼」のメインテーマを脳内で再生し、銃を構えた格好を真似しながらSEを口で鳴らしながら歩いた。ただ、いつもと違っていたのは、「バンバンバンバン!」と言っていたマシンガンの音が「タ、タタタタタ!」に変わっていたことだった。

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