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「バンゲリングベイ」

小学生の頃、ファミコンは大ブームで各家庭にほぼある状態だった。
それは、男女関係なく持っているほどだったので、本当に凄かった。
家庭環境により各家庭さまざまなルールのもとファミコンをやることを許されていたが、私の家は厳しく「雨の日以外はダメ!」という正に神頼みのようなルールに縛られていた。
私が、毎日逆さてるてる坊主を作っていたのは、友人の間でも有名な話だ。
ただ、そのルールはあくまでも自宅内のローカルルールであり、他人の家に影響はない。
そのため私は、外に遊びに行くと家を出ては、友人宅でファミコンをする日々を過ごしていた。
もちろん、外で友人たちとケイドロや缶蹴り、キックベースなどして遊んだりもした。
友人宅でも、ファミコンに限らず、お絵描きやマンガや黄色い図鑑を読んだり、キンケシで遊んだりもした。
しかし、私のファミコンやテレビゲーム、ビデオゲームなどゲームに対する情熱は人一倍、いや、人十倍は強く、そこにゲームがあればどこへでも行くほどだった。
ある時、ハドソンという会社から新しいゲームが発売された。
それは「バンゲリングベイ」という黒と白のカラーリングのカセットだった。
うろ覚えだが、黒と白のカラーのカセットは珍しく、当時は五目ならべくらいしかなかったと思う。
シンプルで地味だが、渋い見た目にシビれたのは、私くらいかもしれないが、今でも鮮明に思い出せる。
内容は、主人公の戦闘ヘリコプターを操作して敵国に侵入し、迫りくる戦闘機や対空砲をかいくぐり、敵国の兵器工場を全て破壊するというシンプルな内容で、途中、自国の空母で爆弾や燃料を補給してひたすらに工場を破壊するのだが、これがかなり難しい。
というのも、持てる爆弾の数は少なく、工場を破壊するには工場の真上でピタリと静止しなければいけなかった。
それに拍車をかけるように操作にクセがあり、ピタリと静止するのも一苦労だった。
そこに容赦のない敵の猛攻である。
ストーリーや戦闘ヘリなど男子の心を鷲づかみする内容とは裏腹に高橋名人でもビックリな難易度。
全国の少年を絶望に追いやった悪名高いゲームとしても有名であった。
しかし、どーゆーわけか、私の周りに所有者が1人もおらず、プレイしたくてもできない状態。
日々、コロコロコミックやコミックボンボンの記事に夢と妄想を膨らませ、悶々とする日々を過ごしていた。
そんなある日、私の耳にとある噂が舞い込んだ。
なんとバンゲリングベイを持っているという者が現れたのである。
しかも、同じ学校の同学年にいるというのだ。
なんという幸運。
私は、噂の真相を確かめるべくさっそく聞き込みを開始した。
「実は4組のやつの兄が買ったらしい」「1組の金持ちのボンボンが購入したらしい」「6組のアイツのお父さんがハドソンの社員で」様々な噂を精査した結果、どうやら、同じクラスの女子が噂の発信源らしかった。
なんという幸運。
クラスのマドンナA子か?スポーツ万能なB子か?ガリ勉メガネのC子か?
更なる情報をたぐりよせ、私はついに1つの結論にたどり着いた。
その子の名前は理香。
体重100kgを超えるいじめられっ子だった。
私は絶望し神を呪った。
よりにもよってアイツかよと。
いじめられっ子の理香はいつも汗をかいていて、口の端っこに泡をためている、トロくてドンくさい暗い女子だった。
男子からはバイキン扱いでバリアをはられ、女子からも嫌遠されており、真面目ぶりっ子が情けで相手するほどに嫌われていた。
現に理香が、学校の外で友達といるところを見たことが無かったし、外で見かけたとしても母親と一緒にいるところを見かけるくらいだったからだ。
私は落胆した。
そんな女子の家に行こうものなら、未来はジャイ子と結婚するのび太に等しく、フラグ立ちまくりのバッドエンド確定である。
無理ゲーすぎる、他の誰かが買うのを待とう、私はそう思っていた。
そんなある日、理香が学校を休んだ。
誰かが欠席した場合、その日のプリントや宿題などを日直が家に届けるとゆうルールがあった。
その時期は、風邪だかインフルだかコロナがほんのり流行しており、何人か休みがいた。
しかも、当日の日直は男女ともに休んでおり、次の順番に繰り越されていた。
私だった。
だが、女子の家に男子が届けるなぞありえない。
当然、相方の女子が届けるのがお約束である。
そう思いながら、隣の席を見た。
相方も休みだった。
オーマイガっ!!
放課後、先生は当たり前のようにプリントなぞを私に手渡して
「よろしくね♡」
と、微笑んだ。
だが、メガネの奥の目は笑ってなかった。
最悪だー!最悪だー!とちょっとしたメロディーに乗せて心の声を歌にしながら友人数名と理香の家に向かった。
一緒に来てくれよと友人に頼んでみたが、笑顔で断られた私は、団地の5階にある理香の家のインターホンを押した。
反応がない。
シメタ誰もいない。
すかさずドアポストからプリントを入れようとしたその時、ドアが少し開いた。
「どちら様ですか?」
か細い声と共に顔を出したのは、頬を赤らめて少しだけ辛そうな理香本人だった。
親がでると思っていた私は当然驚いたのだが、理香も私が来ると思ってなかったのか
「え?私君?」
と声を出してビックリしていた。
お互いが面食らってオドオドと沈黙の時間が流れた。
時間にして30秒くらいだったろーか、午後の団地の生活音の中、部屋の奥から聞きなれない、聞き捨てならないピコピコ音が私の鼓膜を震わせ、脳を刺激した。
もしかしてこれは、という自問自答よりも先に、私は理香に声をかけていた。
「これって、もしかしてバンゲリングベイ?」
と中を覗き込む私。
「え?私君、知ってるの?そーだよ」
と理香はビックリしながらも少し恥ずかしそうに答えた。
「ちょっと見せてもらってもいい?」
相手の返事を聞くよりも早くドアを全開にして玄関の中に押し入った。
「きゃッ」
ピンクの水玉のパジャマ姿の理香は、さっきよりも顔を真っ赤にしてその場にうずくまった。
誰の支えのないドアがゆっくりと閉まり、玄関で今か今かと返事を待つ私に、理香は上目遣いでこう答えた。
「うん、いいよ。」
それは50m走のスタートの合図だった。
クラウチングスタートをきめた私は、脱ぎ捨てた靴を揃えることすらせずに音の鳴る方へ向かった。
廊下を抜けリビングに行くと21型くらいのブラウン管テレビに向かう小学生低学年くらいの少年が見慣れたコントローラーをカチャカチャしている。
画面には夢にまで見たバンゲリングベイが映し出されていた。
「あ、お姉ちゃん、誰だったの?」
と振り向き固まる弟君。
弟君に目もくれず、テレビの画面を凝視する私の返事よりも早くヨタヨタとリビングに入ってきた理香が答えた。
「同じクラスの私君。プリント持ってきてくれたんだよ。」
プリントを持ってきた人間がなぜ中に入り、バンゲリングベイを食い入るように見ているのか、不思議そうにしていた弟君は何かを理解したようにお決まりのセリフを姉に投げつけた。
「あ!彼氏?」
耳と鼻から圧力釜の蒸気が出てきそうなほど顔を真っ赤にした理香は完全に語彙力を失い、
「ちょ、バ、ちがっ、え?、なに、」
とあからさまにうろたえていた。
聞き捨てならないソチラ側の会話も気になったが、それよりもゲームオーバーになりタイトル画面に戻されたバンゲリングベイの方が重要であると判断した私は、パニックを起こしている理香を尻目にこう返した。
「それ、やらせてもらってもいい?」
質問に質問で返してくるどころかナナメ上からきた言葉に動じることなく
「あっ、うん、いいよ」
とコントローラーを渡してくれる弟君。
もうすでに何語かわからない言葉をオロオロと発している姉。
そんなギャラリーを前に私はテレビの前に座り、スタートボタンを押して戦闘ヘリを空母から発艦させた。
このゲーム、スタート時は空母に着艦しており、十字キーの加速(上)を押すことで前進する。
面白いのは、反対に減速キー(下)もあり、スピードを緩めたり止まったりするにはそのキーを押さないといけないという事だ。
要するにキーを離しても前や後ろに進み続けるのである。
左右の旋回、前進と後退、これが十字キーに割り振られているのだが、この操作方法が、このゲームの難易度を上げている最大の要因の1つである事は間違いない。
先に説明した通り、このゲームの目的は、敵工場の破壊である。
私の記憶が確かなら工場破壊の為に投下する爆弾は静止しないとほぼ当たらない物だった気がする。
なので、ある程度、工場まわりの敵兵器を破壊し、制空権を確保しないと工場の破壊は難しい。
よって、全体マップを把握し、工場の位置や対空砲台の位置を覚えておくのも攻略の1つなのである。
こちらが操作する戦闘ヘリの主な攻撃は、対空バルカンと対地ボムなのだが、敵地上兵器も対空バルカンで破壊できる。
連射はできないが、弾数制限はない。
逆に、対地ボムは工場破壊専用で、それ以外には使用しない。
対地ボムで敵兵器を破壊できたような気もするが、うろ覚えで覚えていない。
更にこちらは、弾数制限があり、無くなれば空母に戻り、補給しなければならない。
これもまた、このゲームの難易度を上げている要因だ。
更に更に更にだが、この空母。
敵に破壊されるのである。
時折、画面にアラートが表示されるが、これは空母が敵に攻撃を受けている合図だ。
アラート表示が出たらただちに空母へ戻り、敵を迎撃しなければならない。
もうこの辺りまで来ると小学生には無理ゲーかもしれない。
他にも救済措置や色々な要素はあった気がするが、私の記憶を頼りに書いているので、ご理解頂けたら幸いです。
「うわあー、お兄ちゃん、上手いねえ!!」
初見プレイを終えた私に弟君が歓喜の声を上げた。
変に気を使っているのか、距離をあけて座っている理香からも拍手が。
何ときでもギャラリーの反応は嬉しいものだ。
「もう1回やっていい?」
返事を聞く前に再び出撃。
少し不満そうな弟君を
「ごめんね。」
となだめる理香。
「すまん」
と娘と息子を残して戦地におもむく父親ヨロシク戦闘ヘリに乗り込んだ。
全国の少年少女を失意のどん底に叩き込んだ要因にマップの広さもあったと思う。
ハドソンのゲームでマップの広さをアピールしていたのは「チャレンジャー」が有名だが、このバンゲリングベイも負けて無かったと思う。
1面ごとクリアの構成だったが、実は全てのマップが1つの大陸として繋がっていた。
攻略本で巨大マップの付録を見ておどろいた記憶があるが、裏はとってないので思いちがいかも知れない。
なんとなくコツをつかんだ私は、1面をクリアし2面に突入していた。
1面クリア時の弟君の雄叫びは、まるで自分がクリアしたかのような興奮度合いだった。
そして、1面クリア時の理香は、自分の具合が悪いのにも関わらず
「おつかれさま。」
と、麦茶を出してくれた。
ゲームに集中していた私は、無言のままひと口だけ麦茶を口にふくむとプレイに集中した。
2面も後半にさしかかった頃、玄関の鍵を開ける音がして誰かが家に入ってきた。
ドタドタ、カサカサ、とスーパーで買い物した袋を両手にぶら下げた理香とまではいかないなりにふくよかでガッチリとした体格のおばちゃんがリビングに入ってきた。
「ただいまー」
見た目とは裏腹にチャーミングな声の主は理香の母親だった。
ゲームに集中していた私も流石にプレイを中断し挨拶をしようと振り返った瞬間、
「まあーー!!え?もしかして、お友達?え?でも、え?」
と、喜びと動揺が同時に出てしまい慌てていた。
すかさず理香が説明を始める。
「同じクラスの私君、今日はプリントを・・・」
ウンウンと話を聞いていた母親は、キラキラと感激した目で私を見つめ理香の話を聞いていた。
「お邪魔しています。」
と、頭を下げた私に弟君がプレイ再開を即す。
「お兄ちゃん、続き!続きー!!」
そのまま再開して良いものかと迷っていたが、理香の怒涛の言い訳に
「ゆっくりしていってね!」
と、どっかの同人ゲームの2人組の女子みたいなセリフを笑顔で私に告げた。
母親は理香と共に
「ウンウンハイハイ。」
と、キッチンに消えた。
2人の行方を見守っていた私は
「はやく!はやくーー!!」
と、困ったのび太に泣きつかれたドラえもんのように体を揺らされせっつかれた。
兄弟のいない1人っ子の私は、どう対応して良いものか悩んだが、友達と同じように
「あ、うん、わりい。」
と、返事をして三度プレイを始めた。
2面後半でポーズして止めた状態からの再開。
いきなりの激戦に苦戦をしいられたが、何とかクリアすることに成功した。
弟君は、飛び上がり勝利のダンスを踊っている。
氷が溶けて薄くなった麦茶を口に運びながら、窓の外に目を向けた。
陽はずいぶんと落ち、給水塔から17:00を知らせる「夕焼け小焼け」が聞こえてきていた。
3面がスタートした。
ステージが進めば難易度も上がる。
まだ3面なのだから、そこまで難しくも無いのだが、初見の私には少し荷が重いようにも感じた。
ゲーム全体の流れやニュアンスは何となく伝わったが、細かいところでまだまだ情報も経験も不足していた。
ステージ中盤にさしかかった。
今日はここまでかと思っていたころ、ふいに声をかけられた。
理香のお母さんだった。
「夕ごはん、食べていくでしょ?」
集中力も途切れ途切れで、脳もアツアツの私は、いつもの調子で答えた。
「あ、はい」
幼馴染の家だと当たり前の会話。
ルーティンで出たような返答に私はハッとした。
そうだった、ここは幼馴染のK助やY祐の家ではない。
理香の家だ。
とっさに理香の方を見た。
モジモジと少し潤んだ目でコチラを見つめている。
その横で弟君は喜びのダンスを踊っている。
「あ、いや、今日は・・・」
と理香のお母さんの方へ首をまわした。
「ハイ、いえいえ、家は全然平気です。食べたら家まで送りますし・・・」
連絡網を開いて固定電話で誰かと会話している。
うちのオカンだ。
当時は携帯電話など無く、家に1台固定電話の時代、ゆえに学校などの緊急な連絡や親同士の連絡用に連絡網なぞが配られていた。
生徒の名前と電話番号のみで構成された個人情報としてはやや情報不足な連絡網。
しかし、そのわら半紙のプリントが各家庭に配られていたのだから、今から考えると平和な時代だったのかなと思う。
理香のお母さんとうちのオカンの会話が団地のおばちゃんのいろばた会議に変わっていた。
弟君はテレビのチャンネルをテレビ東京に変えて、妖怪家族のアニメを見ていた。
理香は相変わらずモジモジしながら、だが確実に一定の距離を保ちながら声をかけてきた。
「私君、ごめんね。迷惑じゃなかった?嫌いなものはない?飲み物も他にオレンジジュースとかあるよ。」
改めて理香を見ていて思ったのだが、理香はめちゃくちゃ気遣いのできる良い娘だった。
正直なところ、ただ太っていて内気なだけでそれ以外に欠点と言えるところが見当たらない。
もちろん、家の中での理香を見るのも知るのも初めてだし、学校では誰ともしゃべらず、うつむき、バイキン扱いされているのだから、家でもしゃべらず暗い感じなのかと勝手に思っていた。
それがどうだ、自分の具合が悪いにもかかわらず、使い終わったファミコンを片付けるように弟君に指示を出し、母親の手伝いで晩御飯の準備をし、私にまで気を配る。
それはまるで、歩きながら服を着替えるカリオストロ伯爵の執事のような動きだ。
いじめられるどころか、尊敬されてもいいくらいに。
私は、この日を境に理香を見る目が180度変わった。
その頃、テレビでは妖怪人間が事件を解決していた。
キッチンからは美味しそうな匂いが漂ってきた。
それと同時に理香のお母さんから
「できたよー、みんな席についてー」
と号令が下った。
「私君はここに座って」
と、椅子を引いて誘導してくれた。
高級レストランのウェイトレスかよ、とツッコミを入れたくなった。
横の席にテレビの前から腹ペコのダンスを踊りながら弟君が着席した。
そして
「おまたせー!」
威勢のいい声と共にいい匂いのする料理がテーブルに置かれた。
それは、あの有名なカリオストロ印のナポリタンを少しだけ縮めたような特盛りスパゲッティナポリタンであった。
焦げたケチャップの甘い香りとほのかな酸味。
ピーマン、玉ねぎ、ソーセージがふんだんに盛り込まれ、見た目だけでも食欲をそそられる。
ふだん、大皿料理というものを自宅であまり見ることのない私としては、このナポリタンをルパンと次元のように弟君と取り合う姿を想像し興奮した。
バンゲリングベイの初プレイという夢を叶えてくれただけでは飽き足らず、夢のアニメ飯まで堪能できるとは。
ここは、天国なのかと喜びのダンスを踊りだしたくなった。
「遠慮しないで、ドンドン食べてねー!」
そう言って理香のお母さんはもう2皿のナポリタンを勢いよくテーブルに置いた。
大皿は1人前だった。
目の前に広がったカリオストロの城の画面はガラガラと崩れ落ちた。
変わりにブラッドピット、モーガンフリーマン主演の映画「セブン」の最初の被害者に自分がなる映像が再生された。
もちろん、この映画はこの時代にはまだ無いので、あくまで今の私が追加した例え話だが。
だが、私もクラスの給食早食いチャンピオンであるメンツがあった。
この程度の量なぞ、当たらなければどうという事はない、目にもの見せてやる。
と、弟君をライバル視して、ナポリタンを口いっぱいにほおばった。
15分後、早食いと大食いは別の物であるという現実を突きつけられた。
理香の家のナポリタンは化け物か。
涙目で口にナポリタンを運ぶ私に
「大丈夫?無理しないで。」
口のまわりにケチャップをつけた理香が声をかけてきた。
彼女の皿は空だった。
太っている原因はこれかと、半分残してしまった事を理香の母親に謝罪しながら思った。
横の席の弟君を見るとマンプクのダンス(座りバージョン)を踊っていた。
源平討魔伝の餓鬼みたいな腹をした私は、自力で帰れるかどうか途方に暮れながらオレンジジュースを飲んでいた。
すると凸然、インターホンのチャイムが鳴った。
「はーーーい」
パタパタと玄関に小走りする理香の母親。
玄関からは聞きなれた声が聞こえてきた。
オカンの声だ。
どうやら迎えに来てくれたらしい。
動いたら吐きそうだった気分もだいぶ楽になってきた。
理香の体調もずいぶんと良くなっているように見えた。
オカンの呼ぶ声が聞こえたので、すり足で玄関に向かった。
理香と弟君も見送るためにそのあとに続いた。
ケラケラと笑うおばちゃん2人を無視して玄関で靴をはいた。
「今日はありがとうね。」
モジモジと少し寂しそうな目で理香が言った。
その横で弟君はサヨナラのダンスを踊っている。
「お邪魔しました。」
理香のお母さんに挨拶をし、理香には何も言わずに玄関を出ようとした私は、外に出る手前で立ち止まった。
そして、振り返り、理香に向かってこう言った。
「また、来てもいいか?」
モジモジとうつむいていた理香は、パアーっと満面の笑みを浮かべ、半分泣きそうな顔をしていた。
そして、わなわなと震える口から声を振り絞って言った。
「うん!!」
そのか細いながらも力強い返事をかき消すように
「当たり前じゃない!いつでもいらっしゃいな!」
と、理香のお母さんが言った。
ぺこりと頭を下げ、閉まるドアの隙間からお母さんに抱きついてワンワン泣く理香の姿が見えた。
そして、私とオカンは帰路についた。
途中オカンが
「あんたは本当にゲームの事になると見境がないわねえ」
と半分説教じみた事を言い出したが、あまり耳に入ってこなかった。
秋の始まりの夜風は少しだけ冷たくて、ちょい欠け満月の光はとても優しくて、私は喜びのダンスを踊りながら家に帰った。

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