自由と安全
こんにちわこんばんわ。
全ての増税に反対し、全ての減税に賛成する自由人、七篠ひとり(@w4rZ1NTzltBKRwQ)です。
今日はこちらのポストから。
先日もネタにしたSNS上でほんの少しだけ話題の軍国主義者さんですが、
「政府の安全保障政策は国民の自由や人権よりも優先される」
と更に恐ろしいことを言い出したようです。
国家の安全保障とは「国民の犠牲の上に政府を守ること」ではなく
国民の安全と自由を守るためのもの
です。
だからこそ「政府の安全保障政策は国民の自由や人権よりも優先される」なんてことがあって良いわけがなく、安全のために自由や権利を犠牲にすることなど本末転倒以外のなにものでもありません。
しかしこの矛盾に気付かないのが「個人は国家のために存在する」という全体主義思想に染まった軍国主義者の悲しいところなのでしょう。
念のために書いておきますが、こちらは誰一人として「安全保障政策の必要性」を否定していません。
逆に自由と安全のために必要だからこそ
重要なことは「安全保障政策をどんな政府が運用するのか」だ
と言っているのです。
他国からの暴力により自由や権利が侵害されることも、自国政府の統制により自由や権利が侵害されることも、私たちにとっては同じことです。
「自由の無い安全」は単なる「奴隷」でしかありません。
だからこそ私たちは政府に「安全か自由か」ではなく
安全も自由も権利も全て守れ
と要求しているのであり、それが政府の役割なのですからそうすることは当然のことです。
逆に盲目的に政府に「安全」を委ねることは、私たちの持つ「自由」に対する大きな脅威になるだけでしょう。
なぜならそれを許せば、政府は「安全」を謳えば個人の自由を奪うことを常に正当化出来るようになるからです。
そうさせないように安全保障政策以外の面でも政府の権力の濫用をチェックし、批判する世論を作ることは非常に大事な事なのです。
この国に憲法や三権分立がある理由を考えればわかるように
権力は必ず堕落し腐敗します。
〇〇党や〇〇主義に関係なく、人は権力を握ると必ず堕落し、欲に溺れ、肥大化を目指し特権を乱用し始めるのです。
安全保障政策も最初は「善意と正義」を基軸に作られていくことでしょう。
しかしそれも放ってけばいずれは全体主義的な傾向が現れ、やがて国民に対する統制を目的にしたものになっていくのです。
暫定税を50年も続けたり、課税根拠が喪失しても徴税し続ける政府がやることなのですから、安全保障政策においても同じことが起こるのは必然です。
だからこそ「政府は腐敗する」ということ国民自身が意識し、政府を監視して「自由」を守ることが大事なのです。
きっと安全を得るためにと妥協し、自由を手放してしまえば、私たちはどちらも失うことになるでしょう。
安全を求める気持ちはもちろん理解できますし、当然ですが安全はとても大切です。
だからこそ
「こんな政府に安全を委ねても本当に大丈夫なのか?」
をよく考えるべきです。
大丈夫ではないと思うなら、こうした政府の横暴には批判の声を上げるべきです。
それが自由と安全を守る方法です。
政府は私達が管理し作り上げるものなのですから。
ということで、今日の記事はここまで。
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