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何のために写真を撮るのか?

ここ数年「何のために写真を撮るのか?」ということで悩んでいました。

考えても答えが見つからない。

今回、お話しするのは「たぶんこうじゃないか」という私なりの「答え」です。

私は普段サラリーマンとして働いています。IT関連の企業でカメラや写真と全く関係のない仕事内容。

カメラを始めたばかりの頃はシャッターを押すだけで楽しく、家族の記録を写真で残したいという目的もあり、趣味として続けることに何も疑問はなかったのです。

しかし、SNSを始めた頃からでしょうか。だんだん何のために写真を撮るのかわからなくなってきました。おそらく、写真を撮る目的が「家族のため」ではなくなってしまったからです。

「いいね」や「フォロワー」を増やすため。

そうではないと思いたいですが、数字に囚われていたことは確かでしょう。

そんなことから逃げ出したくて、SNSからなるべく距離を置くようにしていました。たまに投稿する程度で、コメントもしない。

逃げ場として選んだのは海外の審査制サイトでした。National Geographicの「YOUR SHOT」や「1x」などです。そこで評価されることは嬉しかったですし、海外でも通用するという自信にも繋がりました。

ところが、また急にやっていることに対し疑問が湧いてきたのです。

サラリーマンの写真が上手くなったところで、その先に何があるのか?

何のために写真を撮っているの?

写真を上手く撮れるからといって、それが仕事に活かされるわけでもない。給料が増えるわけでもない。今の仕事を辞めて写真で生きていくほど甲斐性もない。(当時は副業としても考えていなかった)

写真の知識やスキルを身につけても、結局何の役にも立たないのではないか。

何か残せないかとnoteにレタッチ方法を書いたり、プリセットを公開したりしましたが、果たしてこれが解決策なのか。
わからないまま時だけが過ぎていったのです。

何か行動せねばと思い、とりあえず結果を残したくて国際フォトコンテストに応募してみることにしました。(なぜ海外なのかは国内フォトコンテストの「未発表に限る」などの考え方が合わなかったから。そのあたりはまた別の機会に・・・)

私はフォトコンテストに応募する際に意識していることがあります。

それは「この作品で何を伝えたいのか」です。

経験上、それがないと最後まで残れません。どんなに綺麗で技術的に優れている写真でも、相手に伝わらなければ上位入賞は難しいと思っています。

※伝わる写真については、以前noteに書いているので興味があれば読んでみてください。

その後、運良く2022年にIPAでオブザイヤーを受賞しました。

International Photography Awards 2022
Non-Professional - Nature Photographer of The Year

ニューヨークで行われた表彰式に参加したのですが、そのとき審査員の人が選考理由を教えてくれたのです。

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写真を見た人に何かを訴え、考えさせるような写真を選んだ。

戦争やデモの写真など、時には見る人に痛みをもたらすこともある。しかし、人間はそこから学び、それを避けようと考え行動することもできる。

あなたの写真からは、この景色を守りたいという気持ちが伝わってきた。

美しい景色だけど、ここで暮らしている人々の生活が垣間見れる。たぶん、美しいだけでない自然の厳しさもある場所なんでしょう。自然と人々がお互いに共存している。そんなイメージを受け取った。

この写真を見た人はこの景色を守りたいと思うだろうし、自然と共存することの大切さを教えてくれる。

良い写真をありがとう。
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これを聞いた時、涙が出そうになりました。
まさに私が伝えたかったこと、そのままだったからです。

只見線は水害により一部区間の橋梁が落ち、11年間も運休区間がありました。しかし、地元住民の尽力により、ちょうど審査のあった年に全面開通となったのです。自然と共存し、只見線沿線で暮らす人々をテーマにした写真です。

そんなことは審査員の人は知らないはず。言葉にしなくても写真一枚から伝わるのだと。

そして、長らく悩んでいた「何のために写真を撮るのか」の答えが出た瞬間でした。

それは「見てくれた人が、何かを考え、行動するきっかけになる写真を撮る」です。

コロナ禍では多くのイベントが中止となり、そのまま無くなってしまった行事もありました。また、最近の温暖化の影響もあり、自然風景も様変わりしています。

たとえば、蔵王の樹氷が虫に食い荒らされて枯れてしまい、近い将来に樹氷が見れなくなるそうです。今年は桧原湖の氷が完全に凍らず、湖上で氷に穴を開けるワカサギ釣りができませんでした。

これまで当たり前だったことがそうではなくなる。見れると思っていたことが、見れなくなってしまう。

こんなご時世で写真家としてできることはないか。

写真として後世に記録に残す。それもひとつの答えです。

それよりも、写真を見てくれた人が「この美しい景色を守りたい」と共感し、自然保護などの行動に繋がってほしい。
写真を残すことより、この景色をそのまま後世に残したい。

そんな写真を撮りたいなと考えるようになったのです。

幸いなことに、IPAの受賞後から写真を見てもらえる機会が増えてきました。海外の写真展やCP+2024でも展示してもらったり、内閣府発行の「Highlighting Japan」にも掲載されています。

写真を見てもらうことで、何かが変わってほしい。今はその気持ちが原動力になっています。

最後にAI生成の画像が増える中、写真を撮ることの必要性も問われています。「綺麗」という面において、AIを人が超えることはできなくなるでしょう。もう撮らなくていいんじゃないかな。と思わせるほどのクオリティです。

それでも人が写真を撮る必要性はあるのか?

「見た人に何かを伝える写真」
「その人でなければ撮れない写真」

それが答えなんじゃないかなと思っています。

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