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子どもを産むことにつきまとうあれこれに、現時点での答えを引き出してくれた傑作 川上未映子/夏物語

明日からまた仕事か、っていう気分で眠りにつこうとした、お盆休み最終日のこと。
この作品を、3分の2くらい読み終えた時だった。
主人公と重ねすぎたわたしは、久々に、一睡も出来ないっていうレベルで、眠れなくなった。
ここまで、「子どもを産む」ということに、ぐぐぐ、とフォーカスしていく作品だなんて思わなかった。
皮肉にも、わたし自身がその問題に、意図せずともぐぐぐ、とフォーカスしていた瞬間だったのだ。

『夏物語』というタイトルのこの作品。単行本で出版された時から絶対に読みたいと思っていた。待望の文庫化。なぜだか、どうしても、この夏に読みたかった。

プライベートで、ひょんなことから(ひょん、というには重たすぎたけれど)自分がこれまで子どもがほしくないと言ってきたことに対して、その実「子どもを育てることが怖いのでは」というのを、予想しない形で知ることになって、そのタイミングで読んでいたのがこの作品だったものだから、その偶然への畏れと、これから主人公が直面していく「子どもを持つかどうか」問題と、わたしの恐怖と不安が、「眠れない」という形で表出したんだと思う。
自分が「子ども」(それは仕事で会う子どもではなく、自分が出産した「子ども」)に対して持っている感情が、抑えきれずに溢れてきてしまってたんだろう。そのイメージが、今まで具体的にはしてこなかったその姿が、どんどん具体化されて、溢れてきてしまってたんだろう。そして、怖くなったんだろう。
早く読み進めたい気持ちと、これから自分の中に起こるであろう感情と、それらの狭間で、揺れ動く。

『子どもがほしい』、誰かからそれを聞いた時に、「なぜ?」とは聞かないけれど、『子どもがほしくない』と言えば、人は理由を聞く。
なぜ、子どもがほしいことに理由はいらなくて、子どもがほしくないことには理由が必要なんだろう。

例えばわたしがこのまま何らかの病気で死んでしまったとして、誰がわたしのほんとうを知っているんだろう。30代独身で、パートタイマーで、ちょっとメンタル危うくて、感染症が蔓延している社会の中で。職場の人は家まで来ることはしないだろうし、友人や親族だって、毎日連絡を取っているわけじゃない。だけど何より、自分自身のために。

今の時点で、2021年8月22日時点でわたしが思っているほんとうの部分、つまり、わたしが根っこに抱いている感情そのものを、ここに残しておこうと思った。

読み終わった後も、言葉にならないもやもやとしたものや、正論と、正論だけでは片付けられない感情的なもの、全てがフルボリュームで存在し、鳴り合っていて、脳の中がうるさい。結局わたしはどうすることもできない。

その中で叫ばれる声―

・一人で産み育てるということの大変さの現実味
・子どもがいる、という人生に対する想像力
・親としての責任を果たしていないのでは?では親としての責任てなに?
・孤独を感じる時に過る「子ども」の存在、ただ寂しいから子どもをほしがったのではないか
・今後子どもが大きくなった時に直面する、なぜ産んだのか問題への答え
・自分の親が誰であるかを子どもが知っていることの重要性、そしてなんでそれがそんなに大切なのか
・親がどんな思いで自分を産んだのか、どうやって産まれてきたのかを知ることの大切さ、それを知る子どもの気持ちとは?

米津玄師の曲に「アイネクライネ」という曲がある。
その中の歌詞にこうある。


「産まれてきたその瞬間にあたし 『消えてしまいたい』って泣き喚いたんだ」



子どもが生まれた時にあげる「ふんぎゃあ」という産声。
誰がその声に、祝福の意味を与えたのだろうか。その子が産まれた瞬間どう感じたのかを、誰かが勝手に決めつけることは、許されるのだろうか。
この作品では、「善百合子」という女性が、この歌詞の部分と同様の立場にいる。わたしも彼女の言葉に、強く惹きつけられた。

仕事をとおして、無責任な親を含め、いろんな親を見てきたからこそ聴こえる、様々な声。
自分の感覚と、仕事の中で、社会の中で培ってきた感覚。それらが一気に爆発する。

子どもを産む、ということを、はっきり言って本当に何も考えていない人っていて、そして何も考えずに産んで、何も考えずに育てて、あるところでそれを突然放棄する人っていうのもいて、たぶん児童福祉の仕事をしていなかったら知ることのできなかったことをいくつか目撃・経験してきたわたしにとって、やはり「子ども産む」ことにつきまとうあれこれはやはり簡単に消化できることじゃない。
どうしても幸福の意味合いよりも怒りに近い感情を先に持ってしまう
し、自分の親に対する怒りや、楽しくなかった幼少期の、嫌な思い出がふつふつと沸きあがってくるばかり。そんな思い出しか浮かんでこない自己嫌悪で涙があふれてくる。「子どもが産まれる」ことの周辺には、決して幸福ばかりだけがあるようには、わたしには思えない。そして、こんなことを考えてしまうことに対して、短い人生しか生きられなかった友人たちに、懺悔をする。育ててくれた親族への罪悪感が、みしみしと音を立てる。

妊娠すること/出産すること/育てること
「子どもを産む」ときに見つめるみっつのこと。
わたしはこれまで「子どもがほしくない」と、そんな風にいろんな人に話してきて、でも、わたしが抱えている問題は、本当にその一言だけで済むものなんだろうか。
なぜわたしは「子どもがほしくない」のか。
別に「ほしくない」わけじゃない。
この人となら、という人と一緒に生活して、その生活の中でいろんなことをすり合わせながら、お互いに変容した価値観を受け止め合ったりしながら、生きていくうちに、いつか子どもがほしいと思うことがあるかもしれない。
その時は徹底的に話し合って相談して、決断をしたいと思ってる。

でも、こんなかっこいいこと言ってみたけど、ほんとはそうじゃない。
ただただ、怖いだけなの。
妊娠も、出産も、育てることも。そもそも、誰かと生きていくことすら覚悟ができていないくらい、臆病者なの。怖くて、怖くて、仕方ないの。妊娠も出産ももちろん怖いのだけれど、何より一番怖いのは、育てること。
どんな障害を持っていても、どんな子どもでも、育っていく中で悪いことをしても、わたしはそれを受け入れて向き合っていくことができるのだろうか。

人との関わりとか、その時大切にしなきゃいけないこととか、わたしがきちんと身に着けたのはたぶん、福祉の現場だった。だからそれはかけがえのないわたしだけの体験。もちろん、もともとの自分の感受性もあったかもしれないけれど、それは鎧であって、仕事をする時だけ身に着けてればいいもの。仕事が終わったら脱いでしまえばいい。でも、その鎧を脱いでしまったら。その鎧なしの姿で、不安定なその姿で自分自身の価値観でもって自分の子どもと向き合ったら、酷い罵り合いをして子どもの人権を侵害するかもしれないし、無意識に子どもを支配してしまうかもしれないし、予想だにしない出来事に向き合うことができないかもしれない。わからない。例えばの話。そんなわたしを誰かが止めてくれるのかな。止めてくれたとしても、だとしても子どもはその時点で確実に不幸な思いをしている。

わたしは「人との関わり」を教えてくれた社会に、福祉の現場に感謝をしている。だから、職業人としてのわたしは前よりもずっと自信を持つことが出来た。職業人としてのわたしだったら、例えばの話をしたわたしにちゃんと向き合って、子どもの人権を守ることができると思う。
だけどその「職業人としてのわたし」がずっと理想の自分として君臨し続けていて、同時に苦しくもある。

仕事以外の時間も全部、職業人としてのわたしに支配をされていて、だから「子どもがほしい」なんて思おうものなら職業人としてのわたしが金属バット持ってこれでもかってくらいわたし(のその思考)をぼっこぼこにして、最後に「次に子ども産もうなんて思ったらマジでぶっ殺すからな」って吐き捨てていく。

そんな映像が浮かんできてしまって、怖くて怖くてたまらないの。やっぱりわたしは子どもを持っちゃいけない。わたしがやっていいのは職業人としての子育てであって、自分の子どもの子育てには手を出しちゃいけない。何かあったらすぐに産んだ自分を責めて、子どもが泣き止まなかったら泣いてる子どもの気持ちを理解できない自分を責めて、子どもが笑ったら一緒に笑えない自分を責めて、そんな状況下で笑っている子どもを憎んでしまう。そんなことがあったらどうしよう。怖い。起きていないことに脅えることほど馬鹿らしいことはない。何もかも、やってみないと分からない。でも、職業人のわたしはきっと、子どもを産んだわたしにこう言うの、「なんでそんなこと想像できなかったの」「そんなこと産む前からわかっていたでしょ」「あなたは様々な現実を、仕事を通して見てきたでしょ、今まで何を見て何を感じてきたの」って。責めてくるの。だから、やっぱり、わたしが悪いの。子ども産もうとちょっとでも考えたわたしが、悪いの。だからね、今は、今の段階では、子どもがほしい、って、思ってもいいけど、口に出してはいけない気がするの。口に出したら、一気に現実的になってしまう。そんな現実、怖くて怖くてたまらない。

だからわたしは、とても簡単な言葉で済ませてきてしまった。「子どもはほしくない」って。だけど、そんな簡単な言葉で済ませられるものじゃなかったの。わたしはわたしの気持ちに嘘をついてた。「産みたい」も違う、「産みたくない」も違う。怖いの。何もかも。妊娠した瞬間から、その子の命があるまでの間、ずっと、怖いの。向き合っていく自信が、ないの。

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