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【掌編】アシスタント

 詳細は省くが妻に逃げられた。
 とにかくある朝ダイニングに行くと「出て行きます」というメモと押印済の離婚届が置かれていたと、まあそういうことだ。

 気がつけば確かに妻の持ち物はすべてなくなっていた。
「まあ、仕方がない」
 僕は誰にともなく呟くと、仕事部屋に戻って今日の執筆を始めた。
 僕は小説家だ。著作もある。ヒット作は特にないが、数が多いのでそれなりに生活は送れている。
 元々ほとんど交渉がなかったので、妻がいなくなっても生活に支障はない。
 お腹がすいたら冷蔵庫の中をあさり、それが尽きるとコンビニの弁当を食べるという日々。ゴミの出し方とかはよくわからなかったので適当にゴミは積み上げた。
 だが、3週間もすると、さすがにその生活にも限界が来た。身体もなんか臭う気がする。
「これはなんとかしなければならないな」
 僕はパソコンの検索を使って「生活 アシスタント」と検索してみた。
 どうやら僕のような人は他にもいるみたいで、すぐに広告の羅列が表示される。
 どの広告もとても派手だ。中には事細かに業務内容を書いている業者もいる。
 僕はその広告をしばらく吟味したのち、『あなたの生活を全てサポート! あなたのアシスタントを派遣します』という広告を出していた堅実そうな業者を選んでアシスタントの派遣を依頼した。
 住所を告げるとすぐにアシスタントを派遣してくれるという。住み込み、24時間サポートの割には価格が安い。むしろ破格だ。。

 翌日、さっそくアシスタントがやってきた。
「エリカと申します。これからよろしくお願いします」
 白いスーツに身をまとったその女性は深々とお辞儀をした。
 栗毛色の長い髪に涼やかな目元。細身の長身のその女性はモデルといっても通用しそうな美人だった。
「住み込みという契約で来たのですが、わたしのお部屋はございますか?」
「ああ、あるよ。一階に空き部屋がある。元々客間のつもりだったからベッドもある。そこを自由につかってもらってかまわない」
 と僕はエリカに答えた。
「わかりました。それではそこを使わせて頂きます」
 エリカは持ってきた大きなトランクをゴロゴロと客間に運び込むとすぐに戻ってきた。
「では、早速始めましょう。でもこれは体たらくですね。やりがいがありそうです」

 僕はアシスタントというものはお手伝いさんみたいなもので、家の片付けやら掃除やら洗濯やらをしてくれる人だとばっかりおもっていたのだが、どうやらエリカは違うタイプのアシスタントだったようだ。
 エリカは僕の後ろから居間にはいると
「わー、これは大変」
 と悲鳴を上げた。
「こんなに不潔にしていたら病気になってしまいます。早速お片付けを始めましょう」
 そういいながらダイニングの椅子を引き、そこにちょこんと腰かける。
「汚いお部屋というものはだいたい、衣類、ゴミ、その他のものが雑多になっているものなんです。まずは分類から始めましょう。ご主人様、ゴミ袋はございますか?」
「……ゴミ袋か、確かキッチンの引き出しに妻が入れていたはずだが」
「何枚か、持ってきてもらえますか?」
「あ、ああ」
 僕はキッチンの引き出しからグレーのゴミ袋を数枚取り出した。
「では、まずはそこにいらないものをどんどん入れて行きましょう。それぞれ、燃えるゴミと燃えないゴミはちゃんと分別してくださいね。大きなものは部屋の右隅にまとめましょうか。雑誌類はその隣に積み上げてください。衣類も埋まっているようですから、それは別にしておいてください」
 エリカは僕にテキパキと指示を出した。
 だが、本人が働く様子はない。
「う、うん」
 若干不本意だったが、それでも僕は散らかった部屋のゴミ集めに取り掛かった。
 執筆になまった身体に片付けは思ったよりも堪える。すぐに腰が痛くなってきた。
 だがエリカはそんな僕の様子にもどこ吹く風だ。
「やっと床がみえてきましたね。ではゴミはそこまでにして、先に衣類を片付けておきましょうか。洗えるものは洗濯機に入れておいて、洗濯屋さんにお願いするものは別にしておいてください。ともあれ、洗濯は明日することにいたしましょう」
 言われた通りに脱ぎ散らかしたTシャツやジーンズを浴場の洗濯機に投げ込んでいく。
 その間もエリカは周囲を見回し、ちゃんと片付けが捗っているかを監視しているようだ。
 ときおり、僕が見落としたゴミを指差し、適切なゴミ袋に入れるように指示をする。
「こりゃ、大仕事だな」
 思わずぼやきが口を伝う。

 その後もかれこれ2時間くらい片付けを続けたが、エリカが働く様子は一向になかった。部屋は徐々に片付いていったが、何かが違う。
 さすがにたまりかねて僕は彼女に尋ねた。
「君はアシスタントなんだろう? 君は僕を手伝ってはくれないのかい?」
「ですから、わたしは今ご主人様のお片付けを手伝っているところです」
 エリカはしれっと答えた。
「わたしはアシスタントです。片付けのお手伝いはいたしますが、お掃除はご主人様のお役目です。……ああ、だいぶん綺麗になりましたね。ゴミが床からなくなったら次は掃除機をかけましょう……」
 え?
 エリカは何もしないのか? お手伝いというからてっきりエプロン姿になるとばかり思っていたが、着替えなかったのもそれが理由か。

 やがて時計の長針が6時を回った。
「それでは、本日の就業時間は終了となります。ご主人様、また明日朝9時にお会いしましょう」
 両手を膝の前にそろえて深々と礼。エリカは礼を済ますとさっさと自分の部屋に引っ込んでしまった。
 その間、僕はぽかんとその様子を眺めるだけ。

 何かが根本的に違う。
 でも、部屋は片付いたし、今日のところはこれでよしとするか。

 僕は片付いた部屋を見回すと、夕食を食べるために街へと繰り出していった。

(2021/05/23)

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