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カエルの目

 その日も実験室にこもって僕は忙しくウシガエルから坐骨神経を摘出していた。
 ウシガエルは単価が安いし、入手しやすいし、なにより坐骨神経が太い上にしぶといので神経学の実験には最適なのだ。
 と、背後のドアが開くと、僕の指導教官が実験室に入ってきた。
「どうかね? 進み具合は?」
「まあまあ、ってところですかねえ」
 マイクロメーターを操作して、顕微鏡下でウシガエルの坐骨神経にガラスで作った電極を突き刺す。細く伸ばしたガラス管には食塩水が入っていて、これで極細の電極を作るのだ。
 ところでこのマイクロメーターの操作がなかなかに難しい。ローターを使ってこちらの動きをさらに何百分の一かにしてくれるのだが、坐骨神経の表面が凹んだところでうまく動きを止めないと電極が坐骨神経を貫通してしまう。
 目的は坐骨神経の電位速度測定なので、貫通してしまってはどうしようもない。電極の先端だけが坐骨神経に刺さった状態にしなければならないのだ。
 これを二箇所。正確に十センチの間隔を空けて電極を二本突き刺す。
「…………」
 指導教官はしばらく黙って背後から僕の作業を覗き込んでいたが、やがて満足したのか元の姿勢に戻った。
「ところで面白いカエルを見つけたんだが、君ちょっと調べてレポートを作ってくれないかな。明後日くらいまででいいよ」
 指導教官が差し出したのは大きなウシガエルだった。脇の下を片手で握られたウシガエルは両足をダラーンと脱力し、されるがままになっている。
「後で見ますから、そこの洗面器に入れておいてください。逃げると嫌なのでそばのジャンプでも載せておいてもらえると……」
「OK」
 指導教官は最後に僕を元気付けるかのように肩を叩くと、部屋を出て行った。

 ひとしきり測定を終えたのち、僕はくだんのウシガエルの洗面器の上からジャンプを降ろした。
 まずは観察。
「うーん」
 なんてことはないウシガエルだ。少し身体が大きい気もするが、個体差の範囲内だろう。
 その後、それぞれの前肢、後ろ足、目の反応や肛門まで調べてみたが、特に異常はみられなかった。どこからみてもただのウシガエルだ。
「なんなんだ、お前は?」
 ウシガエルを裏返してみたが、やはり異常は見られない。
「ま、仕方がない。メシ、食うか?」
 僕はウシガエルを洗面器に戻すと、冷蔵庫のビンから乾燥コウロギを一つ取り出した。
「どれ? 食うか?」
 長いピンセットでコウロギをつまみ、ウシガエルの目の前に差し出す。
 ウシガエルは腹が空いていたのか、すぐに大きく口を開いた。
 コウロギをウシガエルのくちの中に押し込もうとしたその瞬間。
「お? お? ……うわッ」
 僕は思わず叫んでしまった。
 そのウシガエルは口の中にあるもう一対の大きな目玉でぎょろりと僕を見つめているのだった。



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