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【掌編】写しの泉(改訂版)

 その日、Aはやけに羽振りの良さそうな服装で現れた。
「やあ、ひさしぶり」
 5年ぶりに会ったAはパリッとしたスーツに身を包み、いかにも高級そうなピカピカの靴を履いていた。腕には金色の時計、ネクタイも明らかにブランド品。
「今日は俺がご馳走するよ。寿司でもどうだい?」
 Aが連れて行ってくれた店は、僕でも知っている有名な寿司屋だった。
 Aは慣れた様子で「親父さん、何か適当に握ってくれないかな? 久しぶりに会った古い友達なんだ。いいネタを頼むよ」

 いきなり冷酒から始め、寿司をつまみながら二人でよもやま話に花を咲かせる。
「しかしどうしたんだい? ずいぶん景気が良さそうじゃないか」
 ある程度酒が回ったところで僕はAに尋ねてみた。
「いや、たいした事じゃないよ。ちょっと仕事で成功したんだ」
「ほう」
「いや、実はね……」

 数日後、僕は全財産をカバンに詰めて、妻と共にAが書いてくれた地図をたどっていた。
 急峻な山道が急に開け、Aが説明してくれたとおり、森の中に小さな泉が現れる。
 早速僕たちは二人で持ってきたバッグを下ろすと、封筒の中から取り出した紙幣を一枚泉に投げ込んでみた。
 僕の投げ込んだ紙幣が泉に沈み、そして2枚になって浮かび上がる。
 やった! Aのいう通りだ。
 すぐに僕たちは二人でバサバサと持ってきた全財産を湖面にぶちまけた。 僕が紙幣を投げ込む係、そして妻が回収係。
 妻が水面に身を乗り出して、一生懸命浮かんでくる紙幣を集めている。
「おい、気をつけてくれよ──」
 そう声をかけようとした時には遅かった。
 ドボンッ
 妻の身体が泉に落ちる。
「おい! 大丈夫か?」
 だが、返事はない。妻は両手を広げてしばらく湖面に浮かんでいたが、やがてゆらゆらと沈んでいってしまった。

¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨

 僕はその後もしばらく妻の姿を探したが、結局妻は見つからなかった。
「さて、どうしたものか……」
 捜索を諦め、回収した紙幣をカバンに詰めて山道を降ろうと立ち上がったまさにその時。
「あなた?」
 懐かしい妻の声に僕は慌てて振り返った。
 よかった。
 溺れた訳ではないようだ。
「C子! 良かった!」
 だが次の瞬間、僕の身体は衝撃に固まった。
「どうしたの、あなた?」
「どうしたの、あなた?」
 泉からは二人のC子が僕のことを不思議そうに見つめていた。
「あなた、作業を続けないと」
「あなた、作業を続けないと」
 二人のC子は何事もなかったかのように紙幣を掴むと、それをばさっと湖面にぶちまけた。
 二人いるので効率が良い。
「…………」
 あっけに取られてその姿を見つめているうちに、片方のC子が再び湖面に落ちた。だがすぐに分裂して作業に復帰する。
 もはやこのスパイラルは止まらない。ときおりC子が分裂し、紙幣の山は指数関数的に大きくなる。
 僕はその後もずっと、徐々に増えていくC子と紙幣の山を見つめ続けていた。

fin. 2021/03/28


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