マガジンのカバー画像

小説集

13
短編などはここに集めておきます。ティーザー版の説明もここに書きます
運営しているクリエイター

記事一覧

黒いターゲット

黒いターゲット

 また、敵が来た。
 俺は読んでいた小説にしおりを差すと、リビングのソファから静かに立ち上がった。
 連中は集団で活動する。見敵必殺、見かけたら必ず殺す。
 敵は今、何かを狙ってゆっくりと歩いている。距離、三メートルといったところか。でかい。これは大物だ。
 だが、まだ動くには時期尚早だ。
 敵が立ち止まった時、そこを一気に叩く。
 俺は得物を右手に、少し姿勢を低くした。
 今の得物は今までの経験

もっとみる
湘南ハワイアン倶楽部

湘南ハワイアン倶楽部

 その日、目が覚めると近所は硫黄の匂いと湯煙に覆われていた。
「なんだ? どうなってるんだ?」
 慌てて家人に訊ねる。
「うん、温泉沸いたみたい」
 娘はしれっと大変なことを答えた。
「温泉が、沸いた?」
「うん。うちも温泉出てるよ」
「え?」
 慌てて風呂に行ってみる。
 風呂にはすでに満タンに温泉水が溜まっていた。どうやら蛇口から温泉が出るらしい。風呂の温度計によれば湯温は41度。風呂としては

もっとみる
カエルの目

カエルの目

 その日も実験室にこもって僕は忙しくウシガエルから坐骨神経を摘出していた。
 ウシガエルは単価が安いし、入手しやすいし、なにより坐骨神経が太い上にしぶといので神経学の実験には最適なのだ。
 と、背後のドアが開くと、僕の指導教官が実験室に入ってきた。
「どうかね? 進み具合は?」
「まあまあ、ってところですかねえ」
 マイクロメーターを操作して、顕微鏡下でウシガエルの坐骨神経にガラスで作った電極を突

もっとみる
[SS]手品師

[SS]手品師

 家に帰ってきたら友人が待っていた。
 彼は手品師だ。鍵開けも得意なのでそれできっと忍びこんだのだろう。
 しかも彼は彼女を連れていた。
 勝手にコーヒーを入れて彼女と楽しそうに話し込んでいる。
 しかし、ひとんちでくつろぐってこいつらどういう神経をしているんだろう?
「おう、おかえり」
 雄介は椅子に座ったまま、俺に片手をあげた。
「はじめまして。睦美と申します」
 雄介の彼女が頭を下げる。
 

もっとみる
【SS】天国の向こう側

【SS】天国の向こう側

「人は死んだらどこにいくのか?」
これは僕の長年の疑問だった。
「いずれわかる」
 と亡くなったじいちゃんは僕に言ったが、死んだ後でじいちゃんは僕に教えてはくれなかった。
 
 死んだらどうなるか? これは教えてくれる人は一人もいない。

 どうせすることもないし、一つ死んでみるか。

 そこで僕は死んでみることにした。
 どうせ死ぬなら痛くない方がいい。
 いろいろ考えたが、確実性を優先して飛び

もっとみる
【掌編】小さな黒服のおじさんのお話

【掌編】小さな黒服のおじさんのお話

 叔母が倒れたという電話を受けたのはその日の午後だった。
 なんでもクモ膜下出血らしくて、生死が危ういらしい。
 僕は慌てて事情を課長に説明すると会社を早退してタクシーでその病院に向かった。

 病室にはもう何人か親戚が集まり始めていて、みんな沈痛な顔で穏やかに昏睡している叔母の顔を見下ろしている。

 結局、叔母はその後三日間昏睡し、その後奇跡的に意識を回復した。
 叔母が退院して、じゃあ快気祝

もっとみる
【掌編】アシスタント

【掌編】アシスタント

 詳細は省くが妻に逃げられた。
 とにかくある朝ダイニングに行くと「出て行きます」というメモと押印済の離婚届が置かれていたと、まあそういうことだ。

 気がつけば確かに妻の持ち物はすべてなくなっていた。
「まあ、仕方がない」
 僕は誰にともなく呟くと、仕事部屋に戻って今日の執筆を始めた。
 僕は小説家だ。著作もある。ヒット作は特にないが、数が多いのでそれなりに生活は送れている。
 元々ほとんど交渉

もっとみる
猫の大冒険

猫の大冒険

 ぼくルーちゃん。こねこのルーちゃん。
 ぼくね知ってる。なんでも知ってる。

 みんなはこねこだっていうけれど、ぼくね、なんでも知ってるの。
 だってぼくもう大人だもん。
 ぼくは近くの公園で生まれたの。兄妹三人で遊んでいたら、なんだか人間に捕まっちゃった。
 でも大丈夫、優しい人に貰われたよ。

 あのね、カサカサ。あの袋。
 ぼくね知ってる、あれの中。中には美味しいものが入っているの。
 だ

もっとみる
【掌編】写しの泉(改訂版)

【掌編】写しの泉(改訂版)

 その日、Aはやけに羽振りの良さそうな服装で現れた。
「やあ、ひさしぶり」
 5年ぶりに会ったAはパリッとしたスーツに身を包み、いかにも高級そうなピカピカの靴を履いていた。腕には金色の時計、ネクタイも明らかにブランド品。
「今日は俺がご馳走するよ。寿司でもどうだい?」
 Aが連れて行ってくれた店は、僕でも知っている有名な寿司屋だった。
 Aは慣れた様子で「親父さん、何か適当に握ってくれないかな? 

もっとみる
【掌編】そしてみんな猫になる

【掌編】そしてみんな猫になる

 今となってはその病気の原発地点は判らない。また原因も、また媒介生物あるいは病原体そのものも未分離の状態。それが今日の状態だ。
 ともあれ、ある日を境に世界各地で人間が猫化するという奇病が発生した。
 それも、ほぼ同時多発に。

「とにかく、なんとかせねばならんのだ」
 まだ猫化が進んでいないWHOの局長はドンッと拳で大きな机を叩いた。
 だが、すでに猫化が進んでいる各国の代表の反応ははかばかしく

もっとみる
ねこのおまじない

ねこのおまじない



わたしキキ、ねこのキキ。

見てみて尻尾、わたしの尻尾。
とっても長くてふにゃふにゃしてる。しましま模様がすてきなの。
わたしのおみみ、くるくるしてる。さきっちょ巻いててかわいいの。
かゆくなるけど大丈夫。しゃしゃって掻けばもう平気。

わたしのママはおばあさん。とってもとってもおおきいの。おおきいからだはとっても不便。だってお顔が見えないの。座っていても下から見えない。
ママのお顔が見たいか

もっとみる
鎌倉フラワー

鎌倉フラワー

 九五。
 九五。
 九五。
 九五。
 九四。
 また、下がった。
 黙って、血中酸素濃度モニターの小さな画面を妹に見せる。
 暗い病室で不吉な値が赤く光る。
「お姉ちゃん、わたし看護婦さんに言ってくる」
 桜はソファから立ち上がった。
 ナースステーションには血圧の他、心拍数なども含めて全てのデータが無線で送られている。だから看護婦さんたちもいずれは変化に気づくはずだ。わざわざ伝えに行くまでも

もっとみる