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自己紹介

皆さま、初めまして
辰巳航介と申します。

最初の投稿なので、早速ですが自己紹介します。
6章に分けて簡単にお伝えするので、少しでも「辰巳 航介」がどんなやつか理解していただけると幸いです!!!

1:基本情報

1996年生まれの26歳。(2022年時点)
東京都渋谷区の出身です。
祖父母3人が山形で、血は東北の血が流れています。
父方の祖父は京都なのでエセ関西弁も得意です。
好きな食べ物はうどん・焼きそば・ラーメンです。
人類みな麵類

2:性格

<好きなこと>
・サッカーと野球
・自分の成長を感じられること
・明るく元気なこと
・一人の時間
・ワイワイしている場を創ること
・仲間と達成感を味わうこと

<嫌いなこと>
・無駄なこと
・非効率なこと!
・曲がったこと
・筋が通っていないこと

3:小学校〜高校時代

耳がでかいということから小学校の時についたあだ名はゴブリン。
今考えると小学生ってひどいですよね。

僕の学生時代の特徴はこんな感じです↓↓↓
まあ変わり者です

①ビックマウス
歴代の先生から一環して、根拠のない自信だけが君の取り柄と評価される

②先生に真っ先に一番怒られるタイプ
世の中の厳しさを知りました

③忘れ物・紛失物で右に出るものはいない
メガネ無くしたと思ったら洗濯機から無残な姿で現れたこと、これまで3回

④音痴すぎて応援禁止
強豪サッカー部の1年の昼休みは2年生部員による応援歌の猛特訓。
一人ずつ順に歌い、烈火の如くダメ出しをされる中、ダメ出しをする以前に強烈な音痴を目の当たりにした先輩は、見てはいけないものを見たのか、神妙な面持ちをしながら奇跡の一発合格


中学高校は國○院久我山というところで、修行を積む
世に珍しい別学だったこともあり、男くさいむさ苦しい青春時代

とはいえ大切な経験でした。
朝5時から胴着1枚で寒稽古♪
修学旅行はまさかの変な施設で1日駆け足行進をやらされる
あのときの恨みは忘れません
いま思えば、ボクはそこで不屈の精神と胆力を学びました。

4:大学時代


大学は東京外国語大学というところで、晴れてスペイン語の最優秀賞☆☆☆

と思いきや、同期80人の中で唯一単位を落とした4人組、通称四天王(別の名をF4)の一角に見事当選。

体育会系サッカー部で泥んこになりながら、練習終わりに四天王入り(スペイン語留年)を果たしたことを知ったときには、さすがに実家に帰れず同期の家に泊まりました。

スペインとメキシコに語学留学!

当時はワクワクと不安が入り混じりながらの留学でしたが、地元のサッカーチームでサッカーしたり、外国人とシェアハウスしたり
異文化と触れて思ったことは、
「日本人が評価されるのってめっちゃ嬉しい!!!」です。


まず日本製の製品の評価がとても高い!!
トヨタ、日産、マツダもそうだし、ソニーなど日本製の商品が至るところにある。

当時は2018年ロシアW杯!
日本が決勝トーナメントいった時も、すごいね!と海外の友達から称賛を受ける。

そして自分がサッカーチームで活躍すると、日本人を代表して評価を高めている感覚になる。

これらの経験から、「日本が大好きで世界で誇れる国であり続けたい」という想いが芽生えました。

あとシンプルに日本っていい国やなー!というのと、将来色々な国に行きたいなーと思う留学でした。

5:社会人1年目〜

ご縁もあり総合商社の丸紅でキャリアスタート!!!

大学時代、体育会サッカー部に打ち込んでいたものの周りと比べて大した成果を出していたわけではなく、
第一志望の会社に入れたのはシンプルに運とご縁だったなと感じます。

1-2年目は、とにかく成長を感じて仕事が面白かったです。チームにも恵まれ優秀で素敵な先輩ばかりでしたし、なんとか追いつこうと必死でした。
また仕事だけではなく、プライベートも充実させようと、飲み会も全力でした!笑

やっていた仕事は、
1、洋上風力発電の新規案件の開発
2、陸上風力発電の既存案件の事業延長
3、週8回の飲み(笑)

入社1年目(2020年7月ごろと記憶)のコロナ最盛期に同期とカラオケでパンデミックを起こしたり(通称:日本橋ビックエコー事件)、

恵比寿横丁でホームレスに鞄ごと社用PCを盗まれ、ボクのせいで課長が反省文を書く羽目になったり、
(本当にすみませんでした)

陸上風力では地元住民の方の猛反対を前にタマが縮こまった経験もあります。

枚挙にいとまがないので、この辺にしておきます(笑)


仕事は同期の中でもやってた方だなと思いますし、充実していたので、このままいけば人生安泰だろうと思っていたのですが、
サッカーの先輩きっかけで会社経営をされている先輩に出会い、初めて将来を考えるようになりました。

キャリアを変えるきっかけ

元々は勉強してスポーツして、良い大学入って就活を頑張り大企業に入ったら成功と考えていましたが(周りにそういう人が多かった)
仕事もプライベートも全力で、「365日自由だから365日仕事する」と、仕事と遊びの垣根がなく、追っかけながら仕事している先輩経営者の楽しそうな姿にこんな人がいるんだと衝撃を覚えた記憶が今もあります。

毎月海外で仕事されていて、「仲間とガチャガチャ目指しながら形にしていく人生は最高に面白いよ」とめちゃめちゃ生き方がかっこいい!!!と思いました。

当時はそれなりに満足していましたが、
バリバリお金を稼ごうとすると時間がなくなったり、ライフワークバランスを重要視するとお金はそこまで稼げないものだと思っていたので、
魅力的な人に囲まれながらお金も時間もやりがいも全部どりしている姿を目の当たりにしてシンプルに、
「頑張った先に、なんでこんなに差が生まれるの?」と思いました。

よくよく聞くとその方も元々は安定志向のサラリーマンから独立されていて、
【収入は能力の差ではなく、仕組みの差】と教えていただきました。
つまり努力をするにしてもどこで頑張るかで収入が大きく変わってくるということです。

これだけ収入や時間、魅力に違いが出るなら、努力の方向性を変えることも大事だなと思うと同時に、起業は考えたこともなかったですし、できる想像すらできませんでしたが、

その方の周りにもその方から学んで会社経営されてる豊かな先輩が沢山いて、
努力で一歩ずつ階段を登るようにして形にしてきたという話を伺ったときに、努力なら僕にもできるかも!と思えました。

一度きりの人生本当はどうしたい?

そう問いかけたときに頑張ることは決めていたので、
どうせ努力するならより青天井の可能性があって、全力で打ち込み人としての魅力を高めていける道が良いと思い、経営を志し恩師に学ぶと決めました。

当初は丸紅でもまだ成長できると思ってましたし、会社を辞めて起業する勇気もなかったため、週末起業を通じて一歩ずつ階段を登るように起業準備からはじめて今に至ります。

実際に週末起業をはじめてみると面白すぎて2ヶ月目には大好きだった会社を辞める決断をしていましたが(笑)
辞める際も大変だった話はまたお酒の場で(笑)

6:現在。そして自分のテーマ 

約2年間のダブルワークを続けたあと会社員を卒業し、26歳でフリーランスになりました。
自分がそのまま試される世界に飛び出し刺激がいっぱいで学び満載です。
その中で、現在は人材・不動産の仲介やIS/FSの営業代行、小売店のマーケティングなど様々な事業を始め、毎日成長を実感しながら精進しております。

僕の人生のテーマは

「仕事も遊びも全力で」

「全ての人に可能性があり、努力で理想を実現できる」

大人になっても目標に向かって熱量持って挑戦できることが面白いですし、
何事も全力でやるから面白い!と思います。

そしてやりきって1ミリの後悔もなかったと死んでいく人生にすると決めています。

現在はフリーランスとして活動していますが、
2024年5月に法人を設立すべく動いています。

今感じるのは、
能力才能や天才的なアイデアで勝負するのではなく、普通の人が普通以上の努力を通じて、会社員をやりながらもリスクを抑えて週末起業のような形で一歩ずつ立ち上げていく選択がとても合理的であること
そして、努力で決めたことを達成できる喜びを仲間と共に味わい続ける人生が最高であることです。

これからも謙虚さと誠実さを忘れずに経営者として、多くの人に良い影響を与え続けます。
ここまで読んでくださりありがとうございます😊

辰巳航介


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