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殺し屋-永久欠番のあなたへ#青ブラ文芸部

殺した相手に思い入れはない。むしろそんなものを抱いたら殺し屋なんてやっていられない。
「でも、覚えていますよね?殺した相手を」
「そりゃそうさ。当然だろう?」その人は少し呆れたような顔をした。
「その人がいなくなっても、その人がいた大概のところには別の誰かが入り込んでは、さも『最初から自分がいました』みたいな顔をする。死んだやつのことなんて家族でもなければさっさと忘れてしまう。だから、せめて俺くらい覚えてやってもいいだろう?」
誰も悪いとは言っていない。
同じ統括者から仕事を受ける間柄だったその人は、僕のように殺されたのか?事故なのか?はたまた自殺なのか?と悩むような殺し方ではなく、確実に殺されたとわかる殺し方をする人だった。
僕のところに話がくるのは、「殺されたとすぐにはわからないように殺してほしい」という条件付きのものが多い。
僕の殺し方はターゲットを押すだけ。大抵は落ちて死ぬ。
車道や駅のホームで押すことはない。
それらは何の関係のない人を加害者にしてしまう、殺し屋として卑怯な殺し方だと僕は思っている。
その人は(本名を知っているがここでは仮名・Qとしよう)アイスピックのような細い得物を使って相手を殺す。
「子どもの頃、必殺仕事人に憧れてたんだ」
「簪の秀とか、鍛冶屋の政とか?」
「そんなところ」とQは言った。
殺し屋同士が顔を合わせることはまずない。
だけど、統括者は、僕が殺し屋を始めて2年目のある時、なぜかQに引き合わせた。
何度か会って話をした。
殺しの話だったり、そうじゃなかったり。
Qが依頼を受けて5人目のターゲットはQの同僚だったという。
「毎日顔を合わせている人を殺したんですか?」
「毎日は顔合わせないよ。違う部署だからね。でも、同期で研修とか一緒だったから覚えていたんだ」
そういう相手をよく殺せたものだな。と思っていたらQが「少しでも彼女のことを知っている俺が殺すべきだと思ったんだよ」と言った。
勝手に相手は男だと思っていたから、僕はもうひとつおまけに驚いた感じになった。それが顔に出ていたのだろう。Qはクツクツとわらった。
殺し屋とはいうが、僕もQも副業としての殺し屋だし、殺しの依頼も1年も1、2度。その程度なのに、Qは同僚を殺すことになったのだ。
僕たちは、殺しを依頼した人が誰か?そして何故、殺されなければならないのか?その理由も知ることはない。ひょっとして、依頼人の理不尽な理由で殺されている人いるかもしれない。
「だから、知らない方がいいんだ」
「必殺仕事人に憧れていた人がそういうことを言うんだ」
僕たちは統括者もしくはメッセンジャーから殺しの依頼を受ける。
メッセンジャーは統括者の伝達係だ。
依頼人から得たターゲットの情報を確認するべく、ターゲットを観察する。
ターゲットに関する情報に少しでも間違いがあったら、統括者に報告して、その依頼はなかったこととなる。
そうなると同じ依頼人からは二度と殺しの依頼を受けないこととなる。
それは統括者のルールで僕たちにルールではない。
ターゲットの情報を確認すると共に、殺す場所や時間を設定する。
場合によってはそれらも依頼人が指定する場合がある。
その条件を実行することが可能かどうかも、確認する。
僕たちの仕事は絶対成功させなくてはならない。
そのための下調べは十分に行う。
むしろ、殺すことよりもこの下調べが重要である。
Qは同僚を殺す際、なんと職場で殺したのだという。
「防犯カメラの場所も熟知しているからね」Qは言った。
「それに、職場で殺されたとなれば、誰もそう簡単には忘れないでしょ?」
そのQが殺し屋を辞めたのはひと月ほど前だった。
統括者がQの代わりになる人材を探している。という話を聞いた。
僕はすぐさまQに連絡をした。
「余命宣告されてね」
「え?」
「あと3ヶ月だっていうから仕事を辞めてのんびりすることにしたんだ」
「本当に?」
以前会った時とほとんど変わっていないように見えた。
脳腫瘍だという。
「一度手術したんだけど、またできてね」
以前会った時にはすでに手術を受けていたという。
「君にこれを持っていてもらいたくって」
そう言ってQはA5サイズのシステム手帳をテーブルの上に置いた。
革製の表紙を開くと「永久欠番」と書いてあった。
それはQが殺した人々に関する情報だった。
名前・住所・勤務先・勤務先住所。写真も貼られていたし、確認調査の際に知り得た情報も書き込まれていた。
「俺が死んだら、処分してもいい」
「え?」
「自分が生きている間には処分したくないんだ。だけど、死んだ後にこれを誰かに見られてもまずいだろう?」
「そう…ですね」
「君は作家だから。持っていても、小説のネタにするためだと思われるだろう?」Qは言った。
「そうですかね?」
「まぁ、君のことだ。これを誰かに見られるようなことはしないさ」
僕はQの話を聞きながら手帳のページを捲った。
最初に殺した相手が一番最初に出てきた。
生年月日と共に死亡日も記されている。
僕はあの時聞いた5人目のターゲット。Qの元同僚を思い出した。
だけど、ここでそれを見るのほど僕は野暮ではない。
「わかりました。責任を持ってお預かりいたします」
「ありがとう。これで安心できる」
Qは言った。
それから10日もせずにQは亡くなった。
容体が急変したのだという。
新聞に死亡広告が掲載されたので、僕は葬儀に参列した。
神父である統括者がQを神の下へと送り出した。
僕はそれを奇妙な気持ちで眺めていた。
家に帰り、Qの手帳を開いた。
手帳には25人の記録があった。
「多いな」
1年に4人という年もあった。
5人目の元同僚の情報が一番少なかった。
僕は時間をかけて25人の情報を読んだ。
僕とは一度も会わなかった人たちだ。
讃えることも惜しむこともない相手。
25人目の情報のあと何も書かれていないページが2枚あった。
僕はいつも使う万年筆を取り出した。
Qの名前と、知ったばかりの彼の誕生日と新聞に載っていた死亡日を書いた。
そして少し考えてこう書き加えた。
「永久欠番のあなたへ」
感傷的だと思った。
だけど僕にとっては彼こそが永久欠番の存在だった。