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特殊機関-【帰りたい場所】#青ブラ文学部

旅鼠レミングに関する情報が入って来た。
テロ組織レミング。
テロと言っても彼ら自体には主張する主義主張はない。
あえていうなら常に戦いを求めている。戦いの匂いを嗅ぐと外へ移動する。
傭兵部隊と思われがちだが、そこの組織に属することはない。あくまでも旅鼠は旅鼠として活動する。手段を選ばずではなく、選んだ末の破壊活動。
ゆえに清掃局には「旅鼠は無条件で排除せよ」という指示が出ている。
旅鼠に属する者たちは、生まれ故郷である国を捨て、自分の名前すら捨てている。
死後、身元を確かめると、祖国ではすでに死亡扱いになっていることは多い。
「まぁ。俺たちもたいして変わらないがな」
横たわる死体から髪の毛を採取しながらFが言う。
戦闘時の様子はジャケットに縫い込まれているカメラで本部に送られている。
それらで相手が誰であるか?
行方不明の捜索願の写真データなどで照合もされている。
その上、このように形が残った状態で始末した場合は、髪の毛などからDNAでの身元確認をする。
それは旅鼠の組織を知る上で重要なことだった。
旅鼠の全容はほとんど知られていない。
「こうして現場に出てくる構成員の身元を確認したところで、組織の何がわかるんです?」
新人のCが訊ねる。
「現場に出ているから下っ端とは限らない」
Fが言う。
「Fさんのように?」
Fはそれには何も応えない。
別室に向かっていたKが戻って来た。
「向こうは自爆しました」
「さっきの音がそれか?」Fが言う。
Kは「すみません」と頭を下げた。
が、すでに旅鼠たちの性質・・に慣れたのか以前のようにショックを受けている様子もなくFは密かに安堵した。
レミングのメンバーは自らの死を全く厭うことはない。手段のひとつとしか思っていない。それをKは嫌っていた。いつだったか追い詰められた鼠が自分たちに向かってくることなく、自ら頭を撃ち抜いて死んだ。あの頃は清掃局ではその脳から記憶を抜き取るという奇妙な噂が流れていた。
組織の深い部分に携わっている者からは組織の情報を得たいというのは確かだ。
しかし、流石に脳から記憶を抜き取ることはできない。
指紋や網膜など情報セキュリティと関係する部分の情報は、死体からでも採取はする。それをFは「処理後の再利用」と言ってKに睨まれたのも今は懐かしい。
レミングは一定の数を維持している。
末端の工作員をいくら捕まえても(その多くは死を選んでいるが)同じくらいの人数がまた増えている。
「頭を潰さない限りキリがない」と言われているが、レミングの幹部には到達できても、真の指導者・首謀者が誰なのかも未だ曖昧である。
作戦の打ち合わせの際「そういう組織に属したい、と思う気持ちは理解できません」Cが言った。それにはFもKも同意した。
捕えられたメンバーも、自分のひとつ上の人間しか知らない。
清掃局の諜報部が掴んだ情報が頼りの状況だった。
Kはいつか見た動物のレミングの映像を思い出す。
前を行く仲間の後ろをついて行くだけで、自分たちはどこを目指して移動しているのかもわからないまま前に進むレミング。まさにそのままだと思った。
「行く先も知らずに帰れる場所を捨てるって、どうなんでしょう?」
Cは同じくらいの年齢と思われるメンバーの髪を切り取り言う。
現場を離れるまで、映像は本部に送られている。
FもKも反応がないのを見てCは察した。
現場を切り上げ三人は乗って来た車を隠してある場所まで徒歩で移動した。
Kが運転席、FとCが後部座席に乗り込んだ。
Kが作戦終了を本部に告げる。
「お前はさ。ここにいてこの先のどこに向かうか?とか考えるわけ?」
車が動き出した途端、FがCに言った。
「この先、ですか?まぁ、体が動くうちは現場で頑張って、無事に定年迎えて報奨金生活ですかね?」
Cの言葉にFはため息をつき、Kはクスクス笑った。
「何かおかしいですか?お二方だってそうでしょう?」
「報奨金生活までは想定してなかった」
Kが言った。
「報奨金生活の頃は国に帰ってもいいんですよね」
「そうだな」とF。
「今は?休暇の時とか戻らないの?」とK。
「え?戻れるんですか?」
「Kは時々日本に行くよな」
「仕事でですけどね。すぐに戻らなくていい時は日本語に浸って帰って来ます」
Cは「ほえぇ」とわけのわからない声を上げた。
「おまえのところだったら、休暇で帰ることも簡単だろう?日本に比べたらだいぶ近い」とFは言う。
「任務で国に行くこともあるんですよねぇ。そっかぁ」
Cは東欧の小国の出身だった。
「あぁ、でも、自分は仕事では行きたくないなぁ。あそこはやっぱり帰りたい場所だからなぁ」
Kはミラー越しにCを見た。
「自分たちが行かなくちゃいけないようなことが起きないことを祈るしかないね」
「そうですねぇ」
Cは頷くと窓の外を見る。
旅鼠たちの死体を置いて来た建物が、ドーンと音を立てて崩れていく。
3人の仕掛けた爆弾が爆発したのだ。
「帰りたい場所を守るのが、自分のこれからなんですね」
「頼もしいな」Fが言う。
「本気で思ってます?」CがFを見る。
「思ってるさぁ」Fが言う。
「心にないことをFが言う時は繰り返すからすぐわかるよ」Kが言う。
「なるほどですね」
Cはそう言うと背もたれに体重を預けた。
Fも背もたれに寄りかかると、おそらくミラーでこちらを見ているKを見てニヤリと笑った。