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デジタル証券/STの「アセット拡張」、ずーっと言われているけどボトルネックあるの?

こんにちは、プログラマブルな信頼を共創したい、Progmat(プログマ)の齊藤です。

5月、ベンチャーキャピタル(VC)やデジタル証券(ST)に関する話題が多く、いずれも現時点ではまだまだマニアックなトピックながら、なんとなく両トピックの認知度が上がっている感覚をもっているのは私だけでしょうか。

そんな中、2024年5月2日発信のプレスリリース「「スタートアップ投資促進WG」における「中間整理」の公表と「信託会計ルールWG」の新設について」の解説記事を、同時にnoteで公開していました。

前回記事では、「VCファンド×デジタル証券/ST化」に焦点を当てた一方、11,000字近い濃密な内容になったため、「アセット拡張全般にわたる論点」については別記事に譲ることとしていました。

今回の記事では、一例としての「VCファンドST」を題材としながら、2021年の”デジタル証券/ST元年”の頃からずーっといわれている「アセット拡張」を実現するために何が必要なのか?の一端について、紐解いていければと思います。

ということで、通算23回目の本記事のテーマは、
「デジタル証券/STの「アセット拡張」、ずーっと言われているけどボトルネックあるの?」です。



前提(題材としての「VCファンドST」)

今回解説する会計/税務論点の前提として、題材となる「VCファンドST」検討結果について端的に再掲します。(詳細は上記リンクから前回記事をご参照ください)

まず、スキーム全体像です。

「VCファンドST」スキーム(再掲)

会計/税務処理の検討において、ポイントとなる部分を抜粋します。

  • デジタル証券/ST発行のSPV(*法的な器)は、「特定受益証券発行信託(以下、特定JS)」

  • デジタル証券/ST化対象のアセット=「特定JS」のB/S借方(*バランスシート左側の「資産の部」)は、金銭+LP持分

  • LP持分を介した出資先は、「投資事業有限責任組合(以下、LPS)」

  • 「LPS」のB/S借方は、非上場株式

なかでも、後段の議論に最も重要な影響を与えるのが、SPVとして選択している「特定JS」です。

デジタル証券化/ST化に用いるSPV(*法的な器)の比較(再掲)

上記の図表でも明らかですが、現行の法律/税制下においてベストなSPVは「特定JS」一択である点は、前回記事でも詳しく解説したとおりです。
(逆に、「投資信託」を用いると極めて実現可能性が低くなることも解説しています)

よって、投資家の皆様や提供事業者にとってベストな商品と胸を張れるよう、SPV選択において妥協せず「特定JS」を利用するという点を前提に、検討を進めます。


「会計/税務論点」の全体像/思考経路(ST化対象=ファンド持分の場合)

それでは早速、本題である会計/税務の深淵な世界を紐解いていきます。

なお、本パート以降の内容は、VCファンドに限らずファンド持分のデジタル証券/ST化全般に共通して言える内容が多いです。
よくいわれる航空機等の動産や海外アセット等も、当該アセットを直接信託する場合もあれば、中間ビークルを挟んでその持分を信託することも考えらえるため、後者のパターンの場合はファンド持分に近い整理となります。

ということで、デジタル証券/ST化の対象アセットの1例であるLP持分について、処理方式と紐づく論点、それを基にした思考経路の全体像は以下のとおりです。

会計/税務論点の全体像(noteだと字がミクロ…)

…字が小さぎて読めないと思いますので、上記図表の情報配置をなんとなく念頭に置いていただきつつ、順番に見ていきます。

LP持分の会計処理は、どのような方式が考えられるか?

まず、LP持分について会計/税務処理上の取扱いを検討する必要があります。以下の2択が考えられます。

  • シンプルに”形式的な建付け”に則る=「組合等への出資」

    • LPS財産の持分相当額を、LP出資者としての「特定JS」側で「出資金」として資産計上

    • LPSの営業により獲得した純損益の持分相当額を、LP出資者としての「特定JS」側の純損益として計上

  • ”経済的実態”を勘案する=「投資信託に類似」

    • 「その他有価証券」として処理

「組合等への出資」処理時の想定課題と思考経路

では次に、実務上どちらが望ましいか?の検討です。
思考の流れに沿って説明すると、「組合等への出資」側の処理方式の場合、いくつか実務上の課題が生じそうです。(各課題の詳細は後述)
ということで、上記課題を回避して実現可能性を担保すべく、経済的実態を勘案した「その他保有目的有価証券」のパターンで処理できないか?と思考を進めます。

「その他有価証券」処理時の想定課題

「その他有価証券」は、時価評価の要否/可否により、実務上の課題の有無が変わってきます。

「その他有価証券」処理時の想定課題と思考経路

時価評価を行う場合、実務上ワークするかどうかの検討を要します。
ということで、当該検討を要さず実現可能性を最も高めるパターンは、「その他有価証券×時価評価無し」です。
このパターンをとり得るか否かについて、会計基準や既存類似商品等との平仄の観点から確認をし、各分水嶺となるポイントについて”NG”となる都度、処理方式としては遡っていく、という考え方になります。
(「その他有価証券×時価評価無」NGなら→「その他有価証券×時価評価有」NGなら→「組合等出資」)

ここで、各処理方式選択時に検討を要する「実務上の問題」について、それぞれ解説します。

「組合等出資」処理の課題①:決算スケジュール問題

「組合等出資」の処理パターンの場合に生じる課題の1つが「決算スケジュール問題」です。

端的に言えば、「特定JS」の信託決算日に決算内容を確定できない、という問題です。

決算スケジュール問題|特定JS決算=1月のケース

これには、いくつか前提条件が隠れているので、明確にします。

  • (1)「特定JS」全般の前提(二重課税を回避するための要件)

    • ①税務署の承認を受けた法人(典型的には、信託銀行)による信託の引受であること

    • ②各計算期間終了時の未分配利益の元本の総額に対する割合(利益留保割合)が25/1000(法人税法施行令14条の4⑪)を超えない旨の信託行為の定めがあること

      • =毎期の利益留保額が元本の2.5%を超えると、「特定JS」ではなくなってしまう(以下、2.5%ルール)

    • ③各計算期間開始時に、利益留保割合が25/1000を超えていないこと

      • =「特定JS」の損益は、信託決算時点で確定している必要あり

      • =少なくとも、決算日の時点で収益分配・利益留保の方針があらかじめ決定されているという事実が必要

    • ④計算期間が1年を超えないこと

    • ⑤受益者が存しない信託に該当したことがないこと

  • (2)「特定JS」の信託引受を行う信託銀行によって異なる前提

    • ①信託銀行本体の決算までに、信託財務諸表を固める必要あり(信託銀行には「銀行勘定」と「信託勘定」があり、前者決算時に後者は確定していないといけない)

    • ②信託銀行が3月決算の場合、上記決算締めの時期を勘案し、信託決算の時期は以下の2択(が多い)

      • A:「1月&7月」パターン

      • B:「4月&10月」パターン

  • (3)対象アセットとなるファンドによって異なる前提

    • ①LPS年度決算は、12月(が多い)

    • ②LPS年度決算のLP出資者向け報告は、決算日から90日程度要する

ということで、上記前提条件のうち「(2)②A」と「(3)」がそのまま組み合わさると、信託決算日(1月)にLPS損益取込を行うべきところ、その時点ではLPS年度決算情報を得られないため、決算内容を確定できない、という問題が生じます。

では、信託決算を「4月&10月」前提とするとどうでしょうか?

決算スケジュール問題|特定JS決算=4月のケース

ここで、もう1つ前提条件を加える必要があります。

  • (1)「特定JS」全般の前提

    • ⑥他の事業体の決算情報を取り込むにあたっては、3か月を超える決算日差異は認められないと考えられる(連結会計基準を参考に考えると)

信託決算が4月の場合は、決算日までにLPS決算報告を受領することは可能ですが、決算日の差異が3ヵ月を超過するため、取り込むことは不適切と考えられます。

ということで、「組合等出資」パターンでは、前提として記載されている「信託銀行側の決算スケジュール」か「LPS側の決算スケジュール」のいずれかを調整する必要があり、制約/負担が生じることになります。

「組合等出資」処理の課題②:非現金収入の収益問題

「組合等出資」の処理パターンの場合に生じる課題の2つ目が「非現金収入の収益問題」です。

端的に言えば、LPS側で内部留保(分配しない利益)が多いと「特定JS」の要件を満たさなくなる、という問題です。
(この問題、テストに出るレベルの頻出問題です)

非現金収入の収益問題

こちらは、前述の前提条件「(1)②③」、いわゆる2.5%ルールに起因しています。

というのも、「特定JS」側におけるLP持分の処理方式が「組合等出資」の場合、”LPS側で発生した利益全額"に対して、持分割合を乗じた金額をそのまま「特定JS」の利益として認識することになります。

”LPS側で発生した利益全額”
=「①LPSから分配される利益額(実際に現金で支払われる)」
+「②LPSの内部に留保される利益額(現金では支払われない)」
です。

そのため、「特定JS」側で認識する利益のうち②の割合が一定以上になると、「特定JS」側では全額分配したくても現金が足りず、意図せず利益留保が発生してしまうことになり、他律的な形で「特定JS」ではなくなってしまう=二重課税が発生してしまう、という問題が生じてしまうのです。

受益証券発行信託を用いたデジタル証券/ST化スキーム(通称、Progmatスキーム)の会計/税務上の取扱いの詳細は、過去にDCCとしてまとめた解説記事を公開していますので、適宜ご参照ください。

「その他有価証券」処理の課題:時価情報取得問題

「その他有価証券」かつ「時価評価要」のパターンの場合に発生する課題が「時価情報取得問題」です。

端的に言えば、「特定JS」の決算開示(有価証券報告書)に適したLPS時価情報(Net Asset Value:以下、NAV)を取得することができるのか?という問題(というか論点)です。

時価情報取得問題

「特定JS」で保有するアセットについて、信託決算日当日のNAVを取得/反映するのがベストプラスクティスですが、上場株式等の日々値洗いされるアセットでもない限り、ドンピシャその日のNAVを取得するのは困難なことが多いです。

LP持分についても、信託決算日当日のNAVをLPS側に求めるのは困難と想定されます。

では既存の類似商品ではどうか?というと、皆さんご存知のREIT(*不動産投資信託)について、時価算定日における基準価額がない場合、入手し得る直近の基準価額を使用する、とされています。

LP持分は不動産ではないためそのまま当てはまるものではないものの、LPS側の資産である非上場株式は"時価の把握が困難"という意味では共通しているため、REITに対する処理方式を援用することで、入手し得る直近のNAVを用いる、と整理できないか?と考えることもできそうです。

この場合、
LPS決算が12月=LPS決算日のNAV("入手し得る直近のNAV")情報取得が45〜90日後(2月〜3月)、
信託決算が1月=有報提出が4月、
というスケジュールで、実務的に回るのか?
という精査が必要になります。


WG見解と新たな課題

以上が思考経路と各問題の所在でしたが、題材としての「VCファンドST」の場合は以下のような見解になりました。

「VCファンドST」における見解
  • LP持分=「組合等出資」処理(原則的な会計処理)

  • VCファンド(LPS)保有の非上場株式について、(取得原価ではなく)時価評価の対象とする議論が進展しており、(時価評価対象とする場合)「非現金収入の収益問題」(「組合等出資」処理の課題②)を避けられない

どういうことか、詳しく見ていきます。

「組合等出資×時価評価益」処理の課題:非現金収入の収益問題(不可避…!)

まず前提として、これまでのVCファンドにおける非上場株式の会計処理についておさらいすべく、以下のスライド(金融庁資料より転載)をご覧ください。

出典:金融庁「スタートアップ創出調整連絡会議 説明資料」P4(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/wgkaisai/startup_dai3/siryou4.pdf)

端的にいうと以下のとおりです。

  • VCファンドに出資するLP出資者側の会計処理(金融商品会計基準)上、VCファンドへの投資額を「VCファンドから非上場企業への出資について取得原価(+減損)で評価したもの」に持分割合を乗じた金額で計上している

  • 他方で海外機関投資家は、VCファンドへの投資額を時価評価しており、VCファンドからの時価評価情報を取得している

  • VCファンドにおいて、投資先の非上場株式を時価評価している先は限定的

こうした現状に対し、スタートアップ育成の御旗の下、主に機関投資家マネーをVCファンドへ呼び込むことを企図したものとして、LP出資者側のVCファンド評価やVCファンド側の非上場株式評価について時価評価を導入すべきか否か、議論が進んでいます。

前回記事でも解説したとおり、「VCファンドST」としての「特定JS」は、その背後に多数の受益者(一般投資家)を抱えている1機関投資家としてLP出資する立場です。
そのような「特定JS」にあって、今後のトレンドを見据えると、時価評価を前提に実務を構築するべき、というのがWGとしての見解でした。

上記を前提とすると、影響が避けられないのが前述の2.5%ルールです。

VCファンドにおける非上場株式の時価評価=「非現金収入の収益問題」顕在化

「組合等出資」パターンにおいては、LPS側損益に持分割合を乗じた金額を、そのまま「特定JS」側の収益としても認識する(現金として分配を受けているか否かは無関係)、でした。

これまでのVCファンドやLP出資者の実務慣行のとおり、取得原価ベースの会計処理方法のままであれば、期中において「非上場株式の評価益」は発生しません。そのため、LPS側で内部留保をコントロールすることで、「特定JS」側の2.5%ルールに抵触しない運用も一定可能だったかもしれません。

ここで、時価評価ベースの会計処理となった場合、期中においてLPS側に「非上場株式の評価益」が発生し得ます。当然、これは会計上の収益であって現金の増加を伴うものではないため、LPS側から「特定JS」側へは何ら現金の分配を発生させるものではありません。

ところが、前述のとおり「特定JS」側では当該評価益(に持分割合を乗じたもの)を含めて特定JS側での収益として認識することが必要で、利益分配をしようにも現金の元手がないため、否が応でも”利益留保”する形式となります。これが元本の2.5%を超えてしまうと「特定JS」のままではいられなくなる(二重課税されるビークルになる)ということです。


解決の方向性と具体的なアクション

では、どのような解決の方向性が考えられるのでしょうか?
時価評価を行わないVCファンドのみをST化の対象とする、という短絡的な解決は可能かもしれませんが、それでは商品としての拡がりは生まれず、一過性/単発的なPoC案件で終わってしまうでしょう。

問題の所在は2.5%ルールでした。
このルールの趣旨は、信託内に意図的に利益を残すことで、(受益者としては利益として認識されず)課税繰り延べが行われるのを防ぐことにあるものと考えられます。(そのため、一定割合以上の利益を残すと「特定JS」の要件が外れて信託段階で課税される)

ところが、本件で発生する”未分配利益”はスキーム関係者が意図的に留保したものではなく、分配したくても分配できない利益です。現金収支を伴うものでもないため、担税力も低いといえます。

「非現金収入の収益問題」の解決の方向性

そこで、2.5%ルール抵触有無を判断するための利益留保割合計算において、以下のような計算式とする改正をするのが望ましい、と考えています。

  • 変更前:

    • 分子)「利益分配後の留保金」

    • 分母)「期末時点の元本金額」

  • 変更後

    • 分子)「利益分配後の留保金」-「現金収支を伴わない損益」

    • 分母)「期末時点の元本金額」

ルール改正の具体的な対象は、受益証券発行信託における会計処理の具体を信託協会として取りまとめた「受益証券発行信託計算規則」等となり、その影響範囲は必ずしも「VCファンドST」に留まらず、受益証券発行信託を利用した既存商品や、VCファンド以外の「現金収支を伴い損益」が生じ得るファンドを介した今後のST新商品等、広範なものとなりえます。

出典:信託協会「受益証券発行信託計算規則」(https://www.shintaku-kyokai.or.jp/archives/002/201712/trust03_15.pdf)

そして、今回検討対象とした「VCファンドST」以外の各種新アセット×STにおいても、実は「受益証券発行信託計算規則」の解釈明確化等の必要性が議論されており、個別/散発的ではなく、業界として網羅的な検討や標準化が不可欠、と判断しました。

こうした流れで新たにDCC(*デジタルアセット共創コンソーシアム)として設置を決定したのが、「信託会計ルールWG」というわけです。

「信託会計ルールWG」のスコープと位置付け
「信託会計ルールWG」の参加組織(開始時点)|事務局:Progmat

「信託会計ルールWG」では、今回の「VCファンドST」で検出した課題のほか、並走している他のWG(「アセット拡張WG」等)や個別プロジェクトにおいて検出している課題もまとめて継承し、想定しえる全ST化アセットに対して会計処理方式・課題・改正案を網羅的に検討します。

上記のとおり、開始時点での参加組織の皆様を公表済みですが、開始後もご興味があれば参画(※)いただくことは可能ですので、適宜DCC事務局までご相談ください。
※DCC会員組織限定(「銀行・信託銀行」「法律事務所」「会計事務所/監査法人等」以外の皆様は”オブザーバー(Listen Only)”として)


最後に

デジタル証券/STの「アセット拡張」に関する解説記事でしたが、ブロックチェーンのブの字も、Web3のウェの字も出てこない事実にお気づきでしょうか。笑

ポジティブにいえば、「アセット拡張」のボトルネックは技術要因ではありません。したがって、関連技術の進化を待たずとも、トークン化アセットのラインナップ拡張自体は可能です。

他方で、その実現のためには、「信託会計/信託税務」に精通し、かつ業界として既存の整理と平仄を取りながら、今後の潮流に関する情報も感度高く把握/反映できるポジショニングが不可欠です。

幸い、元々信託銀行の中から生まれ、主要な信託銀行の皆様を株主/パートナーとして迎えつつ、現時点で270近い専門家の皆様に会員となっていただいているコンソーシアムを運営しているProgmatは、こうした検討を前に進めやすい状態にあります。

そして、今回はデジタル証券/ST×ビジネス的なトピックでしたが、
5月~6月にかけて、ステーブルコイン側や技術面においても複数の面白い(そして期待値を大幅に超えるような)取り組みを発表できる見込みです。

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