靴がちょんまげになって あわや大惨事
靴がおいてあった。
線路をくぐる歩道の、
階段を上がった先。
うすいブルーの、小さな子ども用だ。
手すりの下、ちょっと段になったところに載っている。
持ち主が見つけやすいように、通行の邪魔にはならないようにと、誰かがそこに置いたのだろう。
時おり見かけるちょっとした善意だ。
うちの子が自転車のカギを失くしたときも、これに助けられたことがある。
早く見つかるといいな、と通りすぎた。しかし、この日からしばらく、何度もこの靴を見かけることになる。
しばしば、靴は居場所をかえた。
時に手すりの中段に、時に手すりの上に、そしてまた最初の場所に。人の善意は乱高下するようだ。
それを横目に見続ける私は、なんだか靴に意思があるように思えてきた。
時に風に落とされ、時にネコに手を出されながらも、一途に持ち主を待ち続けている。
汚れが目立つようになってしまった彼に、今日もおつかれ、と声をかけた。
そういえば、自分の靴をねぎらったことがない。
何だかんだで10年以上はいている靴がある。そんなに長いこと踏まれに踏まれて、おつかれなことこの上ない。
しばし考えた私は、靴を神棚にあげて拝んでみることにした。たまには自分より上に行ってもらってもバチはあたるまい。
手を合わせることしばし……
突然の衝撃が頭をおそった。
なんと、落ちてきた靴が頭にのっている。
コントのような偶然にうろたえるも、これってウルト〇マン? いやちょんまげかな? 面白くないこれ? と思考はめぐる。
ともかく、この姿を誰かに見せない訳にはいかない。それがこの靴の意思だと感じた。意を決した私は、すり足でリビングへ向かう。目指すは子ども達である。
「ウル〇ラマン、参上!!」
満を持して登場したが、スーパーヒーローへの声援は欠片もない。どちらかと言うと反応に困っている顔だ。ヒーローへの憧れを苦汁とあわせて飲み込み、言いなおすことにした。
「ちょんまげ仮面、参上!!」
もはや参上というより惨状である。
落ちてきた靴が頭にのった姿を見せたい。最初はその一心だった。しかしそんな思いは、言葉を発せられない子ども達を見るうちに消えていった。
いまや私は、一振りのちょんまげになろうとしていた。ちょんまげにスポットライトを。見てくれこのちょんまげを。
残念ながら、ちょんまげが語るべき言葉を私は知らない。ここは行動で示すのだ。ちょんまげを。
頭の上のちょんまげを落とさないよう、しかしちょんまげがよく見えるように最大限あごを引き、慎重に迫る私。
いきなり靴を頭にのせて登場し、ウ〇トラマンだ ちょんまげだと叫んだあげく、上目遣いにこちらを見ながらじりじりと迫ってくる父。
「父さん、何してるの?」
完全に引いた笑いを見せながらも、話しかけた長男こそヒーローであっただろう。
しかしちょんまげが落ちないよう、ぎりぎりのバランスを保っていた私は、満足に話すことができない。
「ちょ、ちょんまげっ」
苦しまぎれにひとこと発するも、子ども達の引き具合はかつてないレベルに達してしまう。
つたう汗
追い込まれた私
神棚の前でそうしたのと同じように、もう一度手を合わせる
「ちょんまげ……」
妹のつぶやきが、かろうじて場に響いた。
そう、ちょんまげだよ。
うなずくこともままならない私だったが、そのまま手を合わせ続けて感謝の気持ちを表明する。目的は果たされた。
ちょんまげを神棚に戻した私は、コーヒーを飲みながら思いにふけりました。なぜ人の心はかくも弱く、ちょんまげの意思に心を奪われてしまうのかと。
他にも長く使ったちょんまげ 靴がいくつかあるので心配です。そして最後にもう一度、持ち主を待つ靴に思いをはせるのでした。
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