「読む」とはどういうことか。(エピソード編)
お疲れ様です。
今日は勉強の話です。
勉強といっても、社会にでてからもめちゃくちゃ重要なことです。
むしろ、社会に出てからの方が重要か。
実際、本当の意味で読めてる人はほとんどいないと思います。
ぜひ、一緒に考えてみてください。
これを考えるきっかけとなったのは
ある生徒の国語が伸び悩んでいる中で
保護者の方から、要望をいただきました。
その要望とは、
要望①「もう少し具体的に説明してあげてほしい」
要望②「なにがどうわからないかを本人に聞いてほしい」
です。
ま、よくあることです。
ちなみに、保護者の方は僕の授業を一度も見たことがありません。
でも、この要望があるってことは
家で見ていて、全然文章を読み取れていない、と実感したからだと思います。
要は、ちゃんと国語力伸ばしてくれ
ってことです。
これを受けて、まあ確かにそうだと。ちゃんと改善せねば、ということで改めて国語について考えてみた。
まず、保護者の方の要望通りにやっても答えられるようにはなりません。
要望①「もう少し具体的に説明してほしい」に対してですが、説明はなるべくしないようにしています。
当然ながら
自分で答えを導けるようにならないと意味ないありません。
もし、説明を食い入るように聞けるなら先生の話より、解説読んだ方が早いです。
だから、答えを導くように促すように指導するのが自分のスタイルです。
要望②の「なにがどうわからないかを本人に聞く」
これは完全に的外れです。
なにがどうわからないか、を本人がわかっていたら
もう解決しています。
なにがどうわかっていないのか、を見極めるのは講師の仕事で、
それに対して問いを投げかけるのが講師のスキルの問われるところです。
生徒と会話してる中で
「誰がこのセリフを言ってるかわかってないな」と見極めるのは講師の仕事なんですよね。
で、「このセリフ言ってるのって誰だっけ?」と問いを投げて、促します。
こんな理想論を語っておきながら、
これをやるのは「そもそも勉強に熱がある生徒」に対してでした。
でも、最近それを変えたくて教育について考えることが多いです。
すみません、エピソードが長くなったので
次回、「読む」について深掘りしてみます。
では!
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