覚書:父よ母よ
あと二ヶ月で、父、奇跡の生還より丸三年経過する。
脳出血で高次脳機能障害となった父は、リハビリを続けるも未だ歩けない。
当初あった言語障害は回復。
父の入院時より、母の認知症は悪化した。
父母の三年は、私にとっても、新しい三年でありました。
尊大で倣岸不遜が服着て歩いているような、巨躯の父は
その肉体のみ半分になり。伊達男たる父は、全てのスーツ、ネクタイ、手を通すことも着ることも
不可能となった。
父の下の世話をすることの、寂しさ。私以上に、父は、無念でありませうか。
母もまた、身体が半分になった。色白で豊満な肌(←父の弁 笑)は萎れ、白髪を染めず化粧もしない母は
それでも、当初、少なからず残っていた”自我”ありて、齢70にしては、美しかった。
自我という言葉は便宜上ー 要は童女のように全てを忘れガランドウになった顔に、その瞳に
力は無く、
嬉々と輝くのは、私の選んだ母の好物を見た時のみ。
空腹を感じない頃に比べれば、幾ら食べても満腹を知らない母は、心もち顔に色みが戻り
幸せそうに見える。
いつまで続くのかと思いつつ、疲れたと嘆きつつ
私は、彼らが生きていることを喜んでいるのだ。
来月は母の誕生日。
ケーキを笑み浮かべて食べる母を思う。
父が望むようには介護出来ない不孝を知っている、が、私の最善を尽くしているのだ、
我慢してよ、父上。
母は、認知症となり、私の知らない別の人格になった。
そちらの人格をいとおしいと思うのだから・・哀しいわね。