洋間
昭和30年代、いえ、もっと前かも知れない。
物心ついた時から、我が家には「洋間」と大人が呼ぶ部屋があった。
其処には父の集めたブランデーやウイスキー、瓶を見るだけでワクワクするような
異国の絵柄、お土産の、胡桃割り用の変な顔の人形、使ったことを観たことはナイ。
書棚には、読みもしないのにインテリア代わりなのか見栄なのか不明ながら、
分厚い文学全集が並んでいた。
その中で、大人が居ない日ひとりきり、グリム童話やアンデルセン童話を読んだときの高揚。
タイトルも思い出せないが、鮮烈に残った童話、
村人たちから恐れられ忌み嫌われる大男の(多分)鬼と洞穴の小さな老母のお話。
彼は洞穴に戻ると、大きな身体を縮めて、その母の小さな膝に頭を埋めて泣くのであった。
何故かとても切なく哀しくて、涙したことを覚えている。
人形姫は、何故、ハッピーエンドじゃないのか。シンデレラや白雪姫よりも
わたしが一番好きだった姫様の物語。
美しい声を失って、最後は泡となり消えた少女。
悔しかった。違う結末を夢想した。
わたしらしいとは、如何なる様相なのか。
長年の友が感じた”わたし”と異なる不穏な絵、
「抑圧を感じたの」、と彼女は言った。
抑圧すらも、現在のわたしではないか。
と、胸の奥で声がする。
不意に遠い昔の「洋間」が、
其処で無限の想像に胸ときめかしたわたしが
甦った。
その家はもう無いというのに。
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