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大人の両思い①

最近友人のNちゃんが結婚した。
美人で気さくな彼女はどこに行っても好感を持たれる子だった。
初めて会った時は芸能関係の仕事をしているのかと思ったくらいキラキラしたオーラを放っていて、笑顔を向けられた時はちょっとドキドキした。

私が彼女と知り合ったときは一緒に住んでいた彼と別れたばかりで、
引っ越しなどを済ませて心機一転、新しい出会いも探しつつ仕事も気合を入れ直して忙しく過ごしていた頃だった。

そんな素敵な彼女を周りが放っておくわけがなく、
フリーだと言えば何人もの男性陣がアプローチを仕掛けたし、
友人からの紹介話が何件も来る引く手あまた状態だった。

そんな中、Nちゃんは家の近所のバーでとある男性と知り合った。
その男性はバーの常連客でマスターともかなり親しげな雰囲気だった。
Nちゃんが初めてそのバーを訪れた日、お互いに一人で来ていたこともあり、マスターに促され隣の席に座りなんてことのない会話をした。

Nちゃんはその美貌が故に下心を抱かれやすい。
初めて会ったのにぐいぐい来られたり、二軒目に誘われたりと、そんなつもりはないのだが相手が舞い上がってしまうことがこれまでの経験上多く、勘違いさせないように出会ったばかりの男性に不用意に優しくしたり愛想よくしないようにしているうちに気づけば人見知りになっていた。
この男性はNちゃんに下心の欠片も見せず、ただただその場を楽しませてくれた。お酒が入っていても砕けすぎず、きさくに話題を振ってくれるとても会話上手な人だった。これまで出会った人とはなんだか違う感じがした。

その後、何度もお店で顔をあわせるうちに純粋にお酒と人と話すのが好きなところや、
酔って寝てしまうことはあっても悪態をついたり酔った勢いで触ったり口説いてくることもない適度な距離感を保ったスマートな飲み方、他のお客さんともすぐ仲良くなるコミュ力の高さ、トラブルが起こりそうなグループのところに仲裁に入ったりする面倒見の良さ、かと思えば子供っぽいイタズラをしてこちらが怒るとケラケラ笑う無邪気な姿とのギャップにだんだん心惹かれていった。

2,3ヶ月経ちNちゃんもすっかりそのお店に馴染み、他の常連さんたちやマスターを交えてご飯や買い物に出かけたりするようになった。
そしていつの間にか二人でどこかでご飯を食べてから一緒にバーに行く、という流れが恒例になっていった。
連絡もまるで昔からのツレのような感じでどちらからともなく
「今日バー行く?」
「行くつもり!何時終わり?」
「19時。そっちは?」
「私も19時くらい。」
「どっかで飯食う?」
「食う!笑」
「じゃあ終わったら連絡して」
「り!」
とサッパリしたものだったがこれもまた心地よかった。

下心を感じさせず誰にでもフラットに接する彼を他の女性も放っておくわけがなく、彼は彼で色々アプローチを受けていた。女性から飲みに誘われている現場を何回も目撃したし、誰々が彼を狙っているらしいという噂も何度となく耳に入ってきた。

ただ、周りの人から話を聞くと、他のシングル女性とは他の人も交えて集団で飲むことはあっても、1対1で会う女性はNちゃんだけだったようだ。
なので彼はNちゃんが好きなのでは?と噂されていた。
あまり自分の話、こと恋愛については過去のことすらほとんど話さない彼は、Nちゃんに対する思いについて当然誰にも話していなかったし、二人でご飯に行っても本当に色気のない他愛もない話ばかりしていたのでNちゃんも確信は持てずにいた。

帰り道にコンビニでアイスを買って食べ歩いたり、酔って夜の街をスキップしながら闊歩したり、まるで青春が再来したような楽しい時間ではあったが、ふたりとも彼氏彼女がいないフリー同士でいい大人である。
Nちゃんからするとなかなかもどかしい時間でもあった。
好意を寄せてくれてるよね?と思いつつも言葉にしてハッキリと言ってくるわけでもなく、Nちゃんも確信がつかめなかったので気持ちを伝える勇気が出ず、友達以上恋人未満な関係が1年近く続いた。

そんな二人に転機が訪れた。

ある日、男性がついにNちゃんを自宅に招いた。
ふるさと納税のお肉が届いたからうちで食べない?という名目で誘われたが、それもなんだかその人らしいというか、シャイだからなのか何なのかわからないけど自宅に呼ばれるということは、、、
Nちゃんは念のため期待を服の内側にまとい彼の部屋を訪ねた。

きちんと整頓され、モノトーンの配色でまとめられたこだわりがつまっている部屋だった。座り心地の良いソファにアクセントになる観葉植物、おしゃれな食器やグラスなどもちゃんと好きなものを選んでいる感じだった。

自分ひとりのワールドが完全に出来上がっていて、入り込む隙がなさそうな雰囲気を感じた。モテるのに彼女がいない理由はここにあるのかな、自分のペースを崩すのが嫌なのかな、、などちょっとネガティブな思いが湧いてきた。

しかし完全におもてなしをしてくれる準備ができていて、Nちゃんが来る前に料理は完成されており、お気に入りのお酒も用意してくれていた。
一緒にソファに腰掛け、彼お手製の料理を食べてお酒を飲みながら映画を見てあーでもないこーでもないと会話する時間は最高に楽しかった。

マーベル系の映画が好きなことや今まで聞いたことのない昔の話、仕事に対する考えや家族との関係性など、今まで知らなかった彼が見えて、これまでなんとなく平面だった彼に奥行きができ、違う角度から見える彼のことがますます愛おしくなった。

「このまま帰りたくないな…」
「このまま帰ってほしくないな…」
言葉に出してはいないけどお互いの表情や無言の時間に二人の思いが重なっていることは明白だった。
ただ言葉にするとこれまでの関係性も変わってしまう。先に進みたい気持ちと、先に進む怖さがせめぎ合っていた。
いつからか互いが大切になりすぎて失いたくない恐怖が長い沈黙を生んだ。


静かな時間を終わらせたのは彼だった。


「……今日、泊まってく?」















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