木霊になったエコー~ギリシャ神話美少女シリーズ~
ということで、最初の記事でも取り上げたエコー。
その名前が示すように、木霊として、声だけの存在になってしまった悲しいニンフです。
エコーは、女神ヘラの怒りに触れて、相手の発言の末尾を繰り返す以外に、言葉を発することができないようにされてしまいました。
エコーの話は私が中学生の時に英語のリーダーでも取り上げられていたのを覚えています。そこではストーリーは単純化されて「おしゃべり好きであまりにもやかましいから女神に咎められた」せいになっていましたが、本来の話ではもっと事情は複雑。
オウィディウス『変身物語』からです。
ゼウスが浮気に興じている間、嫉妬深い妻のヘラに邪魔されないようにするため、エコーに命じて、おしゃべりに巻き込んで妻を引き留めさせました。これでゼウスは目論見通り、まんまと妻の目を盗んで思いを遂げました。結果的に、その浮気相手が誰であったのか全く伝わっておらず、具体的な物語として語られていません。
その一方、浮気の現場を押さえ損なったヘラは怒り心頭。いつものように夫の愛人を追及できないので、その代わりに「共犯者」ともいうべきエコーに怒りを向けて、「その減らず口をこうしてくれます!」と言わんばかりに、相手の発言の末尾を繰り返す以外に物を言えなくしてしまった、というのです。
ゼウスから命令されれば拒否できるはずもないのに、不貞行為の協力者にされた上にこんな仕打ちを受けるのですから、さすがに可哀想です。
こんな身でありながらもエコーは美少年・ナルキッソスに恋しますが(彼女はニンフでも、「恋愛禁止」が鉄の掟とされるアルテミスのお供ではないようです)、自分からは何も話せない彼女は思いをうまく伝えられません。
ナルキッソスの言ったことの最後を鸚鵡返しにするばかりで、さすがに呆れられてしまいます。
2人のやり取りですが、語順の違う原語のラテン語と日本語とではそのまま再現できないでしょうが、
ナルキッソス「誰かいないのかい、この近くに?」
エコー「この近くに」
ナルキッソス「ここで会おうよ」
エコー「会おうよ」(彼女はこれを言えて嬉しかった)
ナルキッソス「いっそ死んでから、きみの自由にされたいよ!」
エコー「きみの自由にされたいよ!」(意味が通ってしまうのが何とも)
と、岩波文庫版では実に上手く訳したものと感心してしまいます。
たとえエコーが普通に喋れたとしても、ナルキッソスの傲慢な性格上恋を実らせることは不可能だったでしょう。けれども思いをちゃんと伝えることも叶わないまま恋に破れた無念さは察するに余りあります。
そのショックでやつれ果て、やがて肉体そのものが失われて、人の発した言葉をそのまま返す声だけの存在―木霊―になってしまった、というわけです。
もともとエコー=こだまという言葉が先にあって、そこから作られた起源譚なのでしょう。
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