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虹が象徴する物語3

リズはヘイゼルと出かけることになって楽しみだった。大学でデザインを専攻するリズと違い、ヘイゼルは自らキャンピングカー風に改造した虹色のバンに一人で住み、絵をかいたり作品を作ったり(ODしたり)して過ごしている。収入はネットショップで売るスティッカーやスライムや雑貨、作品の売上金だが、決して多くはない。そんな自由な生活を送るヘイゼルはとてもユニークで、リズはヘイゼルのことが大好きだ。

精神科に行く日、二人は近所の図書館で集合し、ヘイゼルのバンで病院に行くことになった。少し早めに図書館についたリズは医学の棚に直行し、皮膚がんに関する本を見つけて手に取った。足の裏に見つけたほくろがメラノーマや有棘細胞癌なのではないかと恐れているからだ。リズは中学生のころから時々、自分ががんや致死率の高い感染症にかかっているのではないかと不安になる。ネットで症状を調べて、少しでも症状が当てはまるといてもたってもいられなくなり、検索する手が止まらなくなる。一日中そのことばかり考えて何も手につかない。病気じゃないとはっきり確信するために、検査をしに病院にいったのは一度や二度ではない。本をめくりながら、ほくろと皮膚がんの違いについての項目を読んでいると、後ろから聞き覚えのある声がした。「リズ、おはよ!今度はなんのウイルス?そんなに心配いらないって!毎回大丈夫じゃん。」空の模様のオーバーオールに身を包んだヘイゼルが明るく言う。「ウイルスじゃなくて悪性新生物のほう。あとでトイレにいってもいい?ほくろががんじゃないかどうかもう一回見てみる。」「いいよ。ここで待ってるね。」ヘイゼルは子供向けの聖書をバッグから取り出すと、近くの椅子に座って読み始めた。リズは自分に言い聞かせる。ヘイゼルの言う通り、毎回病気じゃないんだから大丈夫。そもそも確率がすごく低いまれな病気なんだから。リズにだってこれが、本当にその疾患にかかっている人に失礼な、馬鹿げたことなんだってわかっている。このことも精神科で話してみようかな、と考えてきたけど、話したからって何か変わるんだろうか。この世からウイルスや細胞のがん化がなくなるわけじゃないし、自分の細胞が感染したり発がんしたりするのを自分がコントロールできるわけじゃないのだから。

図書館からヘイゼルの車で5分くらいのところにその精神科クリニックはあった。二人で中に入り受付を済ませる。受付の女性は優しく静かな口調で、ヘイゼルは久しぶりの受診、リズは初診ということで問診票を記入するように言った。椅子に座って問診票を書きながら、リズはヘイゼルにいう。「なんか不安なんだけど。どんな感じなの、精神科医って。」「自分が困っていることを話せばいいだけ。そしたらなんかの薬はくれるはず。他の病院ならそうはいかないかもしれないけど、ここは出してくれるから。」リズはカウンセリングとかをしてくれるほかのクリニックに行ったほうが良かったのではないかと思ったが、嫌なら薬を飲まなければいい話なのだ、と自分を納得させた。人生は防衛機制だっていつかヘイゼルが言っていた。こう考えるのも、馬鹿げた思考も発狂も防衛機制なのだろうなとリズが考えていると、診察室のドアが開いた。

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