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顎が上がると空が見える

先週から週に1回ランニングを続けている。

足はこんなに重たかったのか。
全く上がる事のない腿に苦笑いしながら
脹脛をスライドさせながらゆっくり走った。

割と長く伸びた髪がワサワサと目に入り
髪の毛をかき分ける作業がまた疲労を加速する。

無理です。嫌いになる前に辞めましょう。

10分間。僕がゆっくり走った時間だ。

ほぼ1年振りのランニングである。
ツケが回ってきた事を甘んじて受け止めた。

しかし、走るのを辞めて家路まで歩いている時
久しぶりに熱くなった身体に心地よさを感じた。

今週も懲りずに僕は走った。

先週はコースの往復を目指したが
片道程度でリタイアしていた。目標は往復だ。

先週より足が動いているような気がする。

だが、現実はそんなに甘くない。
直ぐに足は鉛のように重くなっていた。

肺も苦しい。

あれ?先週は感じなかった懐かしい感触。

息を吸い吐きながら走り
肺が苦しくなっていく事で
澄んだ空気が体内に巡っているのが分かる。

散歩の時には感じない
重みを持った空気。

苦しい、しんどい。

だが、肺は一生懸命に空気を循環させる。

歩いている時には考えなかった言葉が浮かんでくる。

これは僕の身体だ。生きているのだ。

ゼーゼーしながら重たい空気を噛み締めた。

ランニングは続いていた。

走ると初めは足が重くなるが峠を越えると
足が慣れてきて意外とペースをキープ出来る。

調子に乗って僕は加速した。

走っている最中、人は疲労が限界に近づくと
顎が上がる習性があるらしい。

無理は禁物。

加速すると、直ぐに僕の顎は上がっていた。

視線が上に移ると雲一つない青空。

足は相変わらず今にも止まりそうだったが
とにかく空を見つめながら僕は走り続けた。

そして、性懲りも無く、僕はまた加速した。

折り返し地点の半ばに序盤に通ったバーが見えた。

往復はできなかったが勝手にそこをゴールにして足を止めた。

無理です、限界。

僕のランニングは常に自分を甘やかす事以外、考えていない。

ただ、前より少し長く走れた。

帰宅途中、Chin Up (直訳は顎を上げる)という言葉があるのを思い出した。

英語の口語で「元気出して」や「頑張って」という意味だ。

顎を空に向けただけではあるが、僕はホクホクした。空が僕を応援しているのか。こういう意味の分からない考えの巡りを独自解釈して勝手に喜んでしまうのは割と癖だ。

実は、僕は長く走ることが大嫌いだった。

短距離走は他の人よりそこそこ速く、直ぐ終わるので嫌いではない。
が、長距離走は我慢が必要なので根性無しの僕には相性が悪かった。

マラソン大会はドベから数えた方が早い。

部活でペナルティを与えられたとしても
僕は決して速く走ろうとはしなかった。
ペナルティもゆっくり走る方が楽なのだ。

そんな長距離走に向かない僕。

つい1年前までに定期的にランニングをしていたのだ。

理由は想像しやすいだろう。

自分のペースで走れるからだ!

身体を動かすのは嫌いじゃない。
汗を流す事も充実感を与えてくれる。

ただ、周りと足の遅さを比較されたり、
身体が完全に限界を越えてしまう事が嫌だったのだ。

嫌だなと思っていた事も自分のペースを
守りさえすれば好きになれるものだ。

案外、生きる事もそんなレベルの話なんじゃなかろうか。

顎が下がり視界に広がるのは地面だけ。

そんな時もあるだろう。

それは今の自分のペースを見つけている最中なのだ。

ペースさえ見つかれば人は前を向いて歩く事が出来るはずだ。

そして偶には肺に入り込む重たい空気を
味わう事もまた*生きる*なのだろう。

自分が決めたリミットを少し越えていけば
自ずと顎は上を向いていくものだ。

顎が上がると空が見える。

少しの苦しさを抱えながら
見る空もそれはまた美しいもの。

僕たちを応援してくれるのだ。

そして空を追い求めるように僕は前より
少しだけ長く走れるようになるのだ。Chin Up!


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