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【原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち】と【後世への最大遺物】 ⑤


河合弘之さん

かわいひろゆき|弁護士│脱原発弁護団連絡会共同代表│
映画監督│本作プロデューサー
1944年満州生まれ。経済弁護士としてダグラス・グラマン事件、秀和対忠実屋・いなげや事件、ロッテ対グリコ比較広告事件、スルガ銀行巨大不正融資事件などの大型事件を手がける一方、中国残留孤児とフィリピン残留孤日本人の国籍取得支援、全国の原発差止訴訟などの社会貢献活動をライフワークとしている。また、映画『日本と原発』、『日本と原発 4年後』、『日本と再生』を製作・監督し、全国の原発差止訴訟の証拠資料として提出している。(パンフレットより)

「みかけハこハゐがとんだいいひとだ」

別におこられてるわけでもないのに──こわい、おこられそう──そんな気持ちで河合さんを見ていたようです。この眼差しがもし自分に向いたら、たじろいでしまうだろう、そんなことを思っていたようです。厳しい世界に身を置く人の眼光の鋭さに恐れをなしたんです。
ところがあるシーンでわたしは驚きました。なんてやさしい、あたたかい目!
慈愛があふれていました。
そうか!こんなにあたたかいこころだから、つづけられるのか、と思いました。

連帯

満州でお生まれになった──日本が敗戦したときはまだ赤ちゃん。引き揚げの記憶はないでしょうが、ご家族から聞いて育ったのかもしれません。
帰ろうとしていのち果てた人たち、帰ろうとして帰る道がなかった人たち、彼の地で生まれ育ち残された幼子たち──無事日本にたどり着いた河合さん──赤ちゃんだった、それでも、ひとごとではないと感じて生きてこられたのかもしれない──賢治さんのことばが思い出されます。

《みんなむかしからのきょうだいなのだから》



昭和人物史 猿橋勝子

ひとりの力は小さいけど


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