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司会者登場

1997年5月5日(月)
コンビニエンスストアのレジ前が行列になっていた。
わたしの前の男が精算して店を出て行こうとしたとき、若いサラリーマンらしき男がわたしの前に割り込んだ。彼は茶色の髪で少しふくふくしていた。スーツは紺、ネクタイは落ち着いた赤だったと思う。
この人は、面白がって割り込んできた。
ひとりくらい割り込んだからって、わたしの後ろで並んでいる人はいないし、こちらは何の支障もないので争う気が起こらなかった。
しかし、店をあとにしようとしていたあの男が肩越しに見咎めて戻ってきた。
「おまえ、何すんだよ」
あ、やっぱり、とわたしは思った。とても文句の多そうな顔だな、って見ていたんだ。きっとこの割り込みを黙認しないだろうって。思ってた通りだ。
割り込んだ当の若いほうは、相手の腹立ちには頓着せず、相変わらず面白がっていた。

レジはなくなり、話し合いの場。
長方形の白い机。長方形の下、長い辺の左がわたしの席、右が戻ってきた男、彼の正面が割り込み、ふたりの間の短い辺には、聴くことに徹する賢い年配女性が着席。

「割り込むなんて、どういうつもりなんだよ。ふざけんな」
戻ってきた男が口火を切った。
割り込まれた当のわたしは、そんなことより割り込みサラリーマンに訊きたいことがあった。
「うん、そのことはいいの。
わたしが不思議なのは、あなただって、不満で〈隙間〉がなくなってるこちらの方に気づいていたんでしょ。それをなぜ?」
「司会をしたかったんです」
「司会ぃ??」
「司会をしたかったので、みんなの注目を集めたくて」
意表をつく返答だったが、なるほど、膠着状態だったと思い至った。


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