見出し画像

『旅立ちの時』:1988、アメリカ

 少年野球に参加していた17歳のダニー・ポープは、試合が終わると自転車で球場を後にした。2台の車が尾行していることに気付いた彼は、自宅とは別の家の前で自転車を停めた。彼は自転車を捨てて草むらを走り、愛犬のジョモを使者にして自宅にいる弟のハリーを呼び出す。彼はハリーを連れて、その場から逃亡した。
 アーサーは核ゴミを埋める計画に反対する市民勉強会に参加し、妻のアニーが待つ車に戻る。彼はアニーに、「ロビー活動はジョンとポーラに任せる」と語った。

 車で出発しようとしたアーサーとアニーは、息子のダニーとハリーが少し離れた場所で立っているのに気付いた。2人が車で接近すると、ダニーは「車2台、FBI4名」と知らせた。アーサーとアニーは子供たちを車に乗せ、ジョモを捨てて町から逃亡した。
 アーサーとアニーは1971年にマサチューセッツ大学の軍事研究所を爆破する事件を起こし、ずっと潜伏生活を続けていた。今回の逃亡を受けて、アーサーとアニーの潜伏は新聞やテレビで大きく報じられた。

 ダニーたちは半年ごとに居住場所を変更し、その度に偽名や外見も変えていた。アーサーは図書館で死亡記事を調べ、新たに成り済ます人物の旅券を入手した。一家は次の町に到着し、支援する解放軍が用意した家に引っ越した。アーサーは連絡係と会って金を受け取り、母が1ヶ月前に癌で亡くなったことを知らされた。
 新しい学校に転校したダニーは、選択科目の1つに好きな音楽を選んだ。彼は音楽教師のフィリップスから、皆でオーケストラをやるので楽器を決めてほしいと告げられた。ダニーはピアノを選び、演奏するよう促された。彼の演奏を聴いたフィリップスは、「ソリストの腕前だ。ウチのピアノを弾いてほしい」と称賛した。

 アーサーはイタリア料理店の仕事を、アニーは病院の受付の仕事を見つけた。翌日は記念撮影の日なので、ダニーは学校を休んだ。薪割りを終えたダニーは自転車に乗り、フィリップスの家を訪問した。窓から覗くとピアノが置いてあり、彼はチャイムを鳴らした。
 しかし応答は無く、ドアが開いていたのでダニーは中に入った。彼がピアノを弾いていると、2階にいたフィリップスの娘のローナが気付いた。彼女が降りてくると、ダニーは自己紹介して事情を説明した。

 翌日、ダニーはフィリップスから「自宅にピアノは?」と問われ、「ありません」と答えた。彼は逃げ出しやすいように、家では持ち運びの出来るキーボードで練習していた。フィリップスはダニーに、「ビアノを探す」と告げた。
 ダニーは料理を学ぼうと考え、2つ目の選択科目で家庭科を取っていた。家庭科の授業でローナと一緒になった彼は、土曜日に開かれる室内楽の演奏会に誘われた。アーサーが話を聞いて「大勢の前で顔を見せる必要は無い」と言うと、ダニーは激しく反発した。

 土曜日、ダニーが演奏会に行くと、フィリップスは友人でヴァイオリン奏者のサムを紹介した。ピアノで何か弾くよう促されたダニーは、「弟を迎えに行かないと」と嘘をついて断った。アニーが勤務する病院には、大学からの仲間で元恋人のガスが訪ねて来た。
 アニーは再会を喜び、家に連れて行く。アーサーが帰宅すると、ガスは政治活動として銀行を襲うよう持ち掛けた。アーサーが激怒すると、ガスは支援を受けている見返りだと述べた。

 ガスが車に複数の銃を隠していると知ったアーサーは息子たちを呼び、「銃で物事を解決しようとするな」と説いた。彼はガスに「今夜は泊めてやる。朝には出て行け」と言い、外出した。
 アニーはガスから「俺たちは世間に忘れられてる。行動しても、その場限りの記事になるだけだ」と告げられ、「戦いは終わったのよ」と話す。ガスは「永遠に終わらない。だが、今夜のことは別だ。嫉妬心だけだ」と述べ、アニーも自分のことが好きだと決め付けてヨリを戻そうと目論んだ。

 アニーはガスを拒否し、「哀れな男ね。革命家じゃなくて46歳の子供よ。全てが思い通りにならないと駄々をこねる」と告げた。ガスは腹を立て、「俺を批判するな。中流家庭の主婦のフリしやがって。自首したらどうだ。嘘も終わる」と言う。
 アニーは「そうしたいわ」と言い、ガスを家から追い出した。一部始終を聞いていたダニーは、アニーに「大丈夫?」と声を掛けて抱き締めた。悪酔いした帰宅したアーサーは、本当の素性を大声で喚き散らした。

 ダニーはローナを呼び出し、散歩に出掛けた。ローナは両親について、「善人だけど、見たい物しか見ない」と不満を吐露した。ダニーが「君の望みは?」と尋ねると、彼女はニューヨークて勉強して物書きになること」と答えた。
 ローナが「貴方の両親は?」会ってみたい」と言うと、ダニーは話題を逸らした。彼は浜辺へ行って母の誕生日プレゼントを探し、「自作か拾い物という規則だ」とローナに説明する。ローナが綺麗な貝殻を見つけると、ダニーは「自分で渡して」と誕生日パーティーに招待した。

 ローナが誕生日パーティーに来ると、ダニーの家族は歓迎した。ローナが貝殻を渡すと、アニーは喜んだ。ダニーはローナを送り届ける途中、キスを交わした。「したい?いいよ」とローナが体を許そうとすると、彼は途端に腰が引けた態度を取る。ローナは不機嫌になり、そのまま家に戻った。
 次の日、ダニーが学校で声を掛けると、ローナは冷たく拒絶した。フィリップスはダニーにジュリアード音楽院への進学を勧め、「推薦状を書く」と資料を渡した。

 ダニーは夜中に家を抜け出し、ローナの部屋に忍び込んで外に連れ出した。彼は両親が逃亡犯だと打ち明け、「君に謝りたかった。なぜ逃げたのか分かってほしかった」と苦しい思いを吐露した。「本当は話すべきじゃないけど、言いたかった」と彼が告げると、ローナは泣きながらキスをした。「やっぱり大学は無理?」と彼女が訊くと、ダニーは「親を捨てることになる。出来ない」と答えた。
 ローナはダニーに、「子供の夢を叶えたいと思うのが親でしょ。話せば分かってくれるはず」と語った。ダニーは両親に内緒で、ジュリアードの早期選考試験に赴いた。資料を見た彼は、コンサート協賛者が母方の祖母であるアビゲイル・パターソンだと知った…。

 監督はシドニー・ルメット、脚本はナオミ・フォナー、製作はエイミー・ロビンソン&グリフィン・ダン、製作総指揮はナオミ・フォナー&バート・ハリス、撮影はジェリー・フィッシャー、美術はフィリップ・ローゼンバーグ、編集はアンドリュー・モンドシェイン、衣装はアンナ・ヒル・ジョンストン、音楽はトニー・モットーラ。

 出演はクリスティーン・ラーティー、リヴァー・フェニックス、ジャド・ハーシュ、マーサ・プリンプトン、ジョナス・アブリー、L・M・キット・カーソン、エド・クロウリー、スティーヴン・ヒル、オーガスタ・ダブニー、デヴィッド・マーグリーズ、リン・シグペン、マーシア・ジーン・カーツ、スローン・シェルトン、ジャスティン・ジョンストン、ハーブ・ラヴェル、ボボ・ルイス、ロニー・ギルバート、レイラ・ダネット、マイケル・ボートマン、ジェニー・ルメット、ウィリアム・フォーラー、キャロル・カヴァロ、アリス・ドラモンド、ジョーイ・スロワー他。

―――――――――

 『キングの報酬』『モーニングアフター』のシドニー・ルメットが監督を務めた作品。脚本は『すみれは、ブルー』のナオミ・フォナー。アカデミー賞脚本賞&助演男優賞(リヴァー・フェニックス)、ゴールデン・グローブ賞作品賞&監督賞&主演女優賞(クリスティーン・ラーティー)&助演男優賞(リヴァー・フェニックス)にノミネートされた。
 アニーをクリスティーン・ラーティー、ダニーをリヴァー・フェニックス、アーサーをジャド・ハーシュ、ローナをマーサ・プリンプトン、ハリーをジョナス・アブリー、ガスをL・M・キット・カーソン、フィリップスをエド・クロウリー、ドナルドをスティーヴン・ヒルが演じている。

 役者や芸術家が若くして死去すると、その評価に下駄を履かされることが少なくない。そのまま年を重ねたら才能が枯れたり、若い頃とは大きく変貌してダメになったりすることもあるだろう。しかし、こっちは最も輝いていた若き時代しか見ていないので、幻想が膨らむのだ。
 リヴァー・フェニックスにしても、ひょっとすると早熟の天才で終わったかもしれない。エドワード・ファーロングみたいになっちゃう可能性だって、ゼロとは言えなかっただろう。とは言え、この頃のリヴァー・フェニックスが素晴らしく輝いていたのは、紛れも無い事実である。この映画も、彼の魅力で牽引している部分がものすごく大きい。

 ここ最近になって、「親ガチャ」という言葉が一気に広く知られるようになった。そこに込められた意味はともかくとして、子供が親を選べないというのは紛れも無い事実だ。もちろん親が金持ちだったり大物実業家だったりすれば、基本的にはラッキーと言っていいだろう。
 一方で、親が貧乏であれば、子供も貧しい生活を余儀なくされる。例えば親が犯罪者であっても、親が国家の敵であっても、その子供であるという事実を変えることは出来ない。この映画は、両親が過去に犯した罪のせいで人生を左右される少年を描いた作品だ。

 ダニーは生まれた時から両親が逃亡犯という状態なので、当然のことながら付き合うしか無い。とは言っても、物心が付いた時から逃げ続ける生活なので、ダニーからしてみれば、それは当たり前の日常だ。だから幼い頃は、何の疑問も抱かず、不満も無かっただろう。
 だが、成長する中で、次第に「周囲の同世代の面々とは異なる」ということに気付き始める。そして、それはおのずと感情の変化に繋がっていく。「隣の芝生は青い」という言葉があるが、そんなレベルではない。

 何しろダニーの場合、常にFBIの監視を警戒し、半年ごとに偽名も見た目も変えながら逃亡生活を続けなきゃいけないのだから、自由は大きく制限されている。将来の目標なんて、とてもじゃないが立てられる状況ではない。
 今を無事に生きること、明日を安全に迎えることだけで精一杯だ。人生の目標なんて、そんな短い視野だけで埋め尽くされてしまう。夢を持つことなど許されない青春時代を余儀なくされ、ダニーの不安や焦燥は募っていく。

 とは言え、ダニーは聞き分けの良い子なので、両親に対して反抗的な態度を取ったり、苛立って暴力的な行動に出たりすることは無い。音楽が好きなのでジュリアードに進学したい気持ちはあるが、そのために強引な方法を取ろうとはしない。そもそ実技審査を受けたことも内緒にしているし、家族のためなら自分の夢は二の次に考えている。
 アーサーが引っ越しを決めた時、初めて「ここに残りたい」と言うが、却下されると腹を立てたりせず、おとなしく従う。彼はジェームズ・ディーンが演じていたような反抗的な若者ではなく、親のためなら自分を犠牲にしようとする。だからこそ、余計に「幸せになってほしい」と応援したい気持ちが強くなる。

 ダニーは両親のことがあるので、目立たないように暮らすことを求められている。しかし皮肉なことに、彼には類まれなる音楽の才能があった。ピアノを弾くだけで、おのずと目立ってしまう。そして思春期なので、恋もする。
 むしろダニーが今の暮らしに対して苦悩や葛藤を抱える原因としては、こっちの方が大きいかもしれない。大好きな相手に対して、嘘を貫かなきゃいけない。近い内に逃亡することを考えると、今後の約束を交わしたり深い仲になったれすることにも躊躇してしまう。そこで、気持ちが苦しくなってしまう。

 ダニーはローナに、自身の逃亡生活について詳しく打ち明ける。関係が悪化した段階で、そういう行動を取ることは容易に想像できる。なので、ものすごく分かりやすい予定調和ではあるのだが、それでも心を揺さぶるし、涙腺は刺激される。
 とてもベタな展開ではあるが、ピュアで瑞々しくて美しい青春の恋模様として、優れたシーンになっている。ここはリヴァー・フェニックスだけでなく、受け手側であるマーサ・プリンプトンの演技も魅力的だ。

 かつて「子供を愛さない親はいない」と言った著名人がいたが、残念ながら子供を愛さない親なんて世の中には幾らでもいる。しかし、アーサーとアニーは違う。ちゃんと子供を愛しているし、その愛は歪んでも狂ってもいない。罪の無い子供たちに逃亡生活を強いていることに対して、酷い親だという感情を抱いている。
 そもそも、事件を起こした頃の2人は過激な思想犯だったが、現在も闘争を続けようとしているわけではない。清掃員が巻き添えで重傷を負ったことへの罪悪感は持っているし、そのことを悔いている。

 特にアニーは、「子供に辛い思いをさせている」という気持ちも、過去の犯行に対する罪悪感も、かなり強く抱いている。だから彼女はダニーがジュリアードの実技審査を受けたことをフィリップスから知らされ、息子のために自首まで考える。そして彼女は、ずっと会っていなかった父のドナルドを訪ね、ダニーの世話を頼む。ドナルドもアニーと同じように、子供を愛している。だから彼は娘の思いを汲んで、ダニーを引き取ることを承諾する。
 ドナルドはアニーの過去の罪について「人生を台無しにした」と指摘するが、それは娘を否定したり拒絶したりする言葉ではない。愛しているからこそ、「もっと幸せになれたはずなのに」と痛切な思いを吐露するのだ。ここはダニーが全く関与していないが、この映画で最も親子愛を強く感じさせる感涙のシーンかもしれない。

 アーサーはアニーからダニーがジュリアードを受けたと知らされても、家族全員での逃亡生活を終わらせようとはない。アニーがドナルドにダニーの世話を頼んだことを知ると、ガスが逮捕されたこともあり、タレ込みを恐れて引っ越すことを決める。彼にとっては、「家族の結束は絶対」という行動理念が何よりも優先なのだ。
 しかし脱走を図ったガスが射殺されたことを知ると、ダニーに「ここに残れ」と言う。自由にしてやることが親の務めだと感じ、彼を解放して子離れするのだ。ラストは家族の別れだから、切なさや寂しさは少なからず漂っている。しかし、それよりも愛と希望を感じさせる、とても爽やかで清々しいエンディングになっている。

(観賞日:2022年11月29日)


この記事が参加している募集

おすすめ名作映画

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?