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トランペット練習小噺

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短編356.『古い楽器に棲みつく悪魔が笑う』トランペット練習小噺#3

短編356.『古い楽器に棲みつく悪魔が笑う』トランペット練習小噺#3

 その日の練習が終わる頃には「音を出すだけでこんなにも大変な楽器、もう辞めだ」という気持ちに支配されている。放り投げて捨ててしまおう、なんて。楽器をハードケースにしまい、簡易的なロックを掛ける。それでも尚、バップのフレーズは口ずさみながら。

 全て忘れてしまおう。
 ーーー諦めたらそこで試合終了ですよ。
 良いんだ。だってもうすぐ三七歳になるのだから。才能も、見込みもないものに割いている時間なん

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短編355.『何故トランペットなのだろう、と日々考えても答えは出ない』トランペット練習小噺#2

短編355.『何故トランペットなのだろう、と日々考えても答えは出ない』トランペット練習小噺#2

 なんでトランペットだったのか自分でもよく分からない。去年のことなのに記憶が曖昧だ。バースデーイベントで『ハッピーバースデートゥユー』を吹きたいが為に始めた訳だけど、チャーリー・パーカーが一番好きなのだからアルトサックスでもやれば良かったのだ。でも何故かその時、頭に浮かんだのはトランペットだった。

 音色だってサックスの方が好きだ。蛇と悪魔の角笛、その合いの子のような複雑怪奇なフォルムだって。し

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短編354.『トランペット練習小噺#1』エレベーター篇

短編354.『トランペット練習小噺#1』エレベーター篇

 なんにせよ無い時間は無理矢理にでも捻出する他ない。ことにそれが、他に仕事をしながら慣れない楽器に習熟しようなんて無理難題に挑むような時には。

 三十六の歳に偶然吹き始めた管楽器。この歳になって新しい楽器を始めるには、なかなかに根気がいる。無謀とまでは言わないが、ものごとの取捨選択と自分自身に打ちのめされる絶望の毎日は覚悟しておかなければならない。

 身体の仕組みを根底から作り変える作業、覚え

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