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【創作小説】会津ワイン黎明綺譚(第2話)

2 春の嵐

 新年度になり桃子は正式に「ふるさとサポーター」としての委嘱を受けた。
「役場の桃ちゃん」
 桃子の存在が村のあちこちで話題になるのは早かった。転校生が在校生から大きな興味を寄せられるように「東京から来た桃子という若い女性」の話は、村中に広まり
「おめはもう会ったが、話しだが」
という言葉が村の者の挨拶代わりに交されるようになった。そして桃子も新鶴村に大きな関心を寄せ、さながら相思相愛のような関係性を醸しだした。
 桃子をどのように村民に紹介しようかと菊地が考える暇もなく
「今度の総会、大藤さんにも来賓で参加しでもらえねが」
という話が各種団体から舞い込み、桃子は各種団体の総会やその後に開催される懇親会に参加して村人と交流を深めた。
村長に対する「総会の来賓案内」を持参しながら、
「村長とか課長は欠席でいいがら。大藤さんは参加で頼むがら」
とあからさまに言う者もいた。

 菊地が桃子に対して、
「村の爺さんたちにそんな気を使わなくてもいいよ」
と助言することもあったが桃子は
「勉強のために参加させてください」
と声がかかれば積極的に参加し、菊地は芸能人のマネージャーのように同行することが続いた。会合等を通じて知り合いになった者たちの本業や地域事情について、桃子は目を輝かせながら話を聞く姿勢を見せ、村人から好評だった。
 ウェブサイトが珍しい時代だったが、桃子は村人の仕事や村に伝わるものを取材し観光協会のウェブサイトに記事を掲載した。
 それまで「普通に仕事をしている」だけの村人、そこに昔からあるだけの神社や塚が、桃子の目でその価値を見出され瑞々しい写真や文章で表現されることになり村人に気づきと喜びと与えた。
 僅かながら自社のウェブサイトを持つ者もいたが、観光協会とはいえ「村のオフィシャル」として記事に取り上げられることを誇らしく感じる経営者も多く、村の観光協会としてもウェブサイトに特徴ある記事を掲載することに繋がりその魅力を高めた。

 「役場の桃ちゃん」に魅了されたのは村の女性たちもだった。東京から来た若い女性に対して浮かれる男性たちを横目に、初めのうちは桃子を快く思わず警戒していた女性もいたが「役場の桃ちゃん」が、事業所や家庭を取材しながら、お茶請けに出された山菜や漬物に対して目を輝かせ
「これゼンマイですか。この和え物凄く美味しいです」
「こんな大きいタケノコで筍ご飯ですか。ビックリです。後で作り方を教えてください」
「山の香りがします。こんなの初めて食べました」
 普段どおりの生活をしている女性たちの仕事にも光を浴びせ、賞賛の声をかけた。桃子の素直なリアクションは村の女性たちを喜ばせた。
「蕨は漬物にもなるんですか。これが生活の知恵ということですね。美味しくなる上に保存食にもなるとは」
 「旨い」とも「美味しい」とも言わずに黙々と食べるだけの家族とは異なり、桃子が言葉にする食の感想は女性たちを喜ばせた。心の底から食を楽しむ笑顔は一緒に居る者たちの笑顔を生んだ。
「せっがぐだから、これも食べだら」
「今度はもっど美味ぇの用意すっがら。まだ来っせ」
そんな女性たちの声が村のあちこちで聞こえた。時に村人から、
「なんで、こだ何もねぇ村に来たんだ若いのに。おもしゃぐねぇべ」
と聞かれた時の回答も村人を喜ばせた。
「お婆ちゃんが会津を好きだったので、私も子どもの頃から会津が好きでした。会津で暮らしてみたいと憧れていました」
その話を聞いた村の年寄りたちは、桃子に対して孫を愛でるような温かな心を寄せた。

 山野に咲く花も桃子を楽しませ、桃子が話題にすることで村人を喜ばせた。桜はもとよりツツジ、藤などの花木。ナズナ、ハコベ、ハハコグサなどの野草。村人が「今年も咲いた」としか思わない売り物としての価値がなく、見過ごすだけのような草花にも桃子は目を輝かせ、そこにあることの価値を見出した。
 桃子が村に来たことで地元で働き、地元で暮らす者たちの承認欲求は満たされ自己肯定感は大きく高まった。

 ただ、これまで安寧というか安定というかのんびりと過ごしてきた役場の職員にとっては、桃子の意欲とスピード感は混乱というか激しすぎる動きでもあった。
「菊地さん、斎藤さんへのアポは取っていただけましたか」
「いやまだ、これから取るつもりだった」
「いいです。安部さんの取材の後に直接寄って話をしてみます。お時間をいただけるようでしたら、そのまま話を聞いてきます」
というような会話が時々役場内で交わされ、
「菊地君はもう尻にしがっちぇんのが」
「菊地は自分の嫁が欲しがら、ふるさとサポーター制度をはじめだのか」
と冷やかされることもあった。
 また、桃子が「会津高田町での取材もいいですか」と、村外での活動を提案した際には
「新鶴役場職員という立場上、僕は行けないけど。桃ちゃんが行きたいならいいよ」
という菊地の大らかさというか、いい加減さが桃子の活動を後押しした。
「村のサポーターなんじゃがら、村のながで活動すべぎでねぇが」
という課長の意見を菊地は一蹴した。
「大藤さんは『ふるさとサポーター』です。新鶴村だけじゃなく周囲とともに盛り上がる方が面白いじゃないですか。それに一般の人は行政の区割りなんか関係ないです。この会津地域をどう盛り上げていくかという視点が大切だと思います。また」
課長にだけ耳打ちするように、小声で続けた
「もともとの財源が総務省ですから、広域で活動した方が国の受けが良いと思います」
という説明に課長も頷くしかなかった。広域連携・市町村合併を推進している国の施策を踏まえれば、菊地の考えは的を射ていた。この辺りの嗅覚・センスは村の職員としてなかなかのものである。
 桃子としても新鶴村だけではなく、会津を学びたい会津で暮らしたいという気持ちで応募した「ふるさとサポーター」である。新鶴村以外でも活動したいという気持ちについて、菊地や時流が味方したことは嬉しくありがたいことだった。
(第2話ここまで)
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