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『ことりのロビン』('21・英)フェルトの動物たちが紡ぐ心温まる自分探しの物語ー英国屈指のスタジオ待望の新作には新たな試みがいっぱい!

アカデミー賞を数多く受賞し、『ウォレスとグルミット』シリーズや『ひつじのショーン』シリーズなど、数多くの名作を送り出してきた、イギリスが誇るストップモーション・アニメーションの最高峰スタジオ「アードマン・アニメーションズ」。彼らの待望の新作『ことりのロビン』(32分)が、11月24日からNetflixで配信開始された。


 ゴミ捨て場に転がり込んでしまった小さな卵から生まれたコマドリのロビンは、それを見つけたネズミの家族に育てられた。ネズミと同じように、人間のごちそうを「どろぼう」したり、色んな場所に忍び込んで「こそこそする」ロビンだったが、成長するにつれ、ネズミたちと自分との違いが明らかになっていく。家族に自分が良いネズミであると証明するために、ひとりで「どろぼう」しに行くのだが…という物語だ。主役のロビンの声を『プーと大人になった僕』[2018年]に出演したブロンテ・カーマイケルが務め、ロビンを支えるマグパイ(カササギ)役を『ある女流作家の罪と罰』[2018年]でオスカーにもノミネートされ飛ぶ鳥を落とす勢いのリチャード・E・グラント、さらにロビンたちを追う悪いネコ役を『X-ファイル』シリーズのスカリー捜査官役でおなじみのジリアン・アンダーソンが演じる。
コロナウイルスの影響で公開が延期され、ついにお披露目となった本作は、長い歴史を持つアードマン・アニメーションズにとって“初めて”尽くしの画期的な作品だ。初めての新進クリエイターの起用、初めてのNetflixとのコラボレーション、初めての本格羊毛フェルトを使った作品、そして初めてのミュージカル作品。彼らがあえてこうした“初めて”にチャレンジした背景には、いったい何があるのだろうか。

新進監督の起用とNetflixでの公開

 監督を務めたマイキー・プリーズとダン・オジャリは、ともにロイヤル・カレッジ・オブ・アートを卒業し、プリーズは『The Eagleman Stag』[2010年]でBAFTA(英国アカデミー賞)短編アニメ映画賞を受賞、オジャリは『スロー・デレク』[2011年]がサンダンス映画祭で上映されるなど、めざましい活躍をしてきたアニメーター。2人は2014年にアニメーション・スタジオ「Parabella Studios」を設立し、以降は一緒に作品を手がけてきた。2018年、2人がアードマンのエクゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターのサラ・コックス(BAFTAにノミネートの短編『Heavy Pockets』[2014年]を監督)に本作のコンセプトを説明したところ、賛同した彼女が会社に持ち帰って役員一同にプレゼンした。「ダンとマイキーが最初に『ことりのロビン』のコンセプトを提案してきたとき、私たちは即座に、これは私たちが一緒に作らなければならない貴重で特別なプロジェクトであると確信したの。この作品は、美しく作られたコマ撮りのミュージカルで、すぐにクラシックな雰囲気を感じられると同時に、画期的でモダンな作品よ」(アードマンのプレスリリースより)これがきっかけで、2人の新進気鋭のクリエイターは、英国の名門スタジオであるアードマンとコラボレーションすることになったのである。
長い伝統を持つアードマンとの仕事には大変なプレッシャーがあったはずだが、アードマンはあえて2人のクリエイターとしての個性を尊重したという。オジャリは、CARTOON BREWのインタビューでこう話している。「僕たちはアードマンの内情や、彼らがどのように作品を推し進めていこうとしているかを知らなかった。『彼らはアードマン独自のルックを押し付けるつもりなのかな』ってね。(中略)だけど、アードマンの精神は、情熱を持って面白くてユニークなものを作ろうとしていると分かったんだ。ここの人たちは皆、何かを試したり、新しいことに挑戦したりすることを歓迎してくれたよ」 2人の独創性を重んじながら、アードマンが長年培ってきた知見をもとにした素晴らしいアドバイスももらったそうで、『ウォレスとグルミット』シリーズの生みの親であり4度もアカデミー賞を獲得した名匠ニック・パークとは、アニメーションを見ながらの素晴らしいセッションがあり、非常に洞察に満ちたフィードバックをもらったという。
 また、こうしたクリエイターへのリスペクトに関しては、Netflixも同じ考え方を持っていた。「(アードマンとNetflixは)クリエイターに多くの信頼を寄せ、その信頼に基づき、自分自身で作品の出来栄えに責任を持つという、映画制作に対するアプローチが一致しているんだ。アードマンからはたくさんの暖かいアドバイスをもらったけれど、それに基づいて僕らもやらなければならないというプレッシャーはなかった」

フェルトを使った画期的なプロダクション

 アードマンの醍醐味といえば、前述のニック・パークや、創設者のピーター・ロード(『チキンラン』[2000年]の監督)といった偉人たちが創り上げてきた、プラスティシンと呼ばれるクレイ(粘土)を使った、表情豊かなキャラクター造形である。しかし、本作はあえてクレイではなく、ふわふわのフェルトを使っている。これに関してプリーズは、こう述べている。「フェルトが光を吸収する様子は、とても美しい。(中略)フェルトから光り出すある種の無機質さがあり、美しいリムライトを得ることができるんだ」。フェルトのキャラクターたちのあたたかい質感と光の当たり方、そしてシンプルながら愛くるしい顔立ちは、CGアニメーションでは決して再現できない緻密さだ。


 アニメーター監督のイアン・ウィットロック曰く、シーンごとにパペットの表情を彫り込む必要があるクレイよりも、羊毛のように柔らかく絞りやすいフェルトのほうが簡単に表情を再現できるため、撮影ペースも少し早く進められるのだという。しかし、このフェルトでできたパペットに命を吹き込むためにも多大なる労力と時間がかけられており、ただの丸い毛糸玉から表情豊かな愛くるしいキャラクターを形作るために、スタッフは小さな針を使って丹念に作業を繰り返してきた。スタッフの中には、他のスタジオでフェルトのストップモーション・アニメーションに関わってきた精鋭たちもいたという。なお、キャラクターのコンセプトを膨らませるにあたって、イギリスの南東部バークシャー出身で絵本『みんな、星のかけらから』などで知られるブライオニー・メイ・スミスもクレジットに名を連ねている。
 こうして苦労の末にできあがったパペットたちが立つセットにも、クリエイターのこだわりが光る。VFXスーパーバイザーのジョン・ビギンズは、3D撮影を使ってセットに奥行きを持たせ、粉雪やフェルトでできた雪玉、水の効果までまるで本物のような質感を再現することに成功した。これに関してもプリーズは、「これには非常に助かったよ。(中略)そうしないと、平面的で、上から貼り付けたようなコラージュになってしまうからね」とビギンズの努力に感謝している。
こうした多くのスタッフの惜しみない努力の末に映像は完成し、その後もプリーズとオジャリは改善されるべきポイントがないかアードマンのスタッフとディスカッションを重ねながら、わずか32分ながらも多くの人の心に残る作品にするべく試行錯誤してきた。デジタル化が進み、3Dアニメーションが台頭する時代に、あえて時間をかけてこのリアリティと手作り感に重きを置くところもまた、彼らならではのこだわりだ。

アードマン史上初めてのミュージカル作品

 オジャリは、この映画をかなり早い段階でミュージカルとして作るとイメージしていたという。「うるさい鳥が静かなネズミと暮らすというストーリーだから、大声を出すのではなく、音楽で表現するのが理にかなっていると思ったんだ。幸運なことに、本作の作曲者であるブックショップ・バンドとは長年パートナーシップを組んでいたから、最初から音楽とストーリーを同時進行で進めていくことができたよ」とFlickering Mythのインタビューで話している。ブックショップ・バンドは、ベン・プリーズ(マイキー・プリーズとは実の兄弟!)とベス・ポーターの夫婦から成るイギリス出身のフォークシンガーソングライターで、シェイクスピアからフィリップ・プルマンまで、何百人もの英国の作家や本からインスピレーションを得て、曲を書いているというユニークなデュオだ。アードマン・アニメーションズ初のミュージカルの作曲を担当するというのは彼らにとっても大きな出来事だったようで、ベンは「マイキーとダンから『ことりのロビン』の音楽を依頼されたときは、その旅の夢のような集大成だと感じた。アードマンの素晴らしいチームの力と熱意に支えられながら、キャラクターが織り成す音楽のテーマを、これまでよりも長い時間をかけてきちんと探求し、発展させていくことができる貴重な機会だったよ」と喜びを語っている。兄のマイキーも認める、彼らの温かい土の香りのするメロディーとフォーク風の楽器、そしてオーケストラのバックは、『ことりのロビン』の世界にぴったりの音色。そこに前述のジリアンや、リチャード・E・グラントがまるで観客に話しかけるように歌う楽曲も加わり、心癒されるサウンドトラックになっている。中でもジリアン扮する悪いネコが歌う”Cat Says Hello / The Purr-Fect Place”は、ベンも「文字通り、この2年間のほとんどを、ジリアン(・アンダーソン)が邪悪なネコのふりをして僕の耳元でささやく中で過ごしたんだから、僕はラッキーだったよ(笑)」と語っているように、普段悪役を演じない彼女の邪悪なささやきが印象的なヴィラン・ソングだ。ジリアン自身も、長年『ウォレスとグルミット』シリーズの大ファンで、アードマンと仕事をするのは夢だったと公言している。

アードマンのクラフトマンシップ溢れる“自分探し”の物語

 本作で描かれるのは、コマドリの女の子ロビンの、誰もが共感しうる“自分探し”の物語。ロビンは、ネズミと同じように自分も上手に「どろぼう」したり「こそこそ」したいが、実際はコマドリなのでどうもうまくいかない。頭の毛を逆立てて、彼女なりにネズミの耳を再現しているところもまたいじらしいのだが(製作総指揮を務めたサラ・コックスのアイデアだそう)、自分が家族とは違うということに悩んでいる。本作のキーパーソン(バード?)となるマグパイは、光り輝く「もの」を集めることに執着する風変わりな老カササギで、彼はロビンには翼があることを教えてくれる。今まで飛び方を知らなかったロビンも、そのおかげで「コマドリとしての自分」があることに気づかされ、冒険を通して自分らしくあることの大切さを知っていく。最後にロビンの“お父さん”であるネズミが、「おまえはネズミじゃない。でももちろんネズミだ」という印象的なセリフを残すが、このセリフには、自分のあり方や家族のあり方を決めつける必要はなく、それぞれが多様で魅力にあふれているという普遍的なメッセージが込められている。
 アードマン・アニメーションズは、来年で創立50周年を迎える。本作で多くの革新的な取り組みをし、新たなフェーズを迎えたわけだが、彼らがずっと大切にしてきたのは、緻密でユーモアにあふれる、誰にとっても心温まるアニメーションを届けること。表現方法やアプローチを時代ごとに変えながらも、先人たちが紡いできたアードマンならではの熱いクラフトマンシップは本作にもしっかり受け継がれている。

Flickering Mythのインタビューアーからこれらのキャラクターが長編アニメーションやシリーズで登場する可能性を尋ねられたとき、プリーズは「もちろん。僕たちはこの世界を愛しているし、この世界でもっと多くの物語を作るためのアイデアがたくさんあるよ。だけど、それには少し時間がかかるかな…」と答えている。またロビンたちに会える日を楽しみに待とう。

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