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【フィールドノート】理事会の日のこと|2023.6.29|阿部健一

阿部健一です。uniという団体で演劇をつくったり、ドラマトゥルクをしたり、まちづくりを研究したりしています。
TAPビギナーの阿部(uniメンバーの齋藤優衣さんといっしょに2023年からクロニクルプロジェクトに参画)が、いろんなことがまだよくわからないまま、取手を訪ねた日のことを書き綴ります。
この日はたいけん美じゅつ場VIVAで年に一回のTAP理事会がありました。

取手アートプロジェクト(TAP)クロニクルについてはこちら。

12:30 旧TAPハウスへ

12時30分に取手駅西口へ到着し大内さんと合流する。この日はNPO法人取手アートプロジェクトオフィスの理事会で、キーパーソンが集まる日ということでお邪魔することにした。
理事会は午後3時から。自分は別件のオンラインmtgが14時からあり、15時までには終わりそうになかったため、理事会は終わり次第オンラインで参加させていただくことになった。

合流したら、大内さんとTAPハウスの現在地を見に行く。TAPハウスは、2004年から始まった人材育成プロジェクト「TAP塾」でTAPと関わり始めた若者たちが本腰を入れて取手と関わっていくと決め、共同生活を始めた一軒家だ。西口から歩いて5分くらい、急な坂(たぶん利根川の河岸段丘がつくった坂)を登ったところにある。当時はここで深夜まで打ち合わせや議論を重ねたらしい。いまはTAPとは関係のない人が暮らしている。
当時のブログが残っていると教えてもらった。最後の更新は2017年。退去は2012年だったようだ。


ベージュの家が旧TAPハウス。

駅のほうに戻り、ウェルネスプラザを越えたところにある中華屋さんでお昼を食べる。坦々麺とチャーハンのセットを食べたと思う。麻婆麺だったかもしれない。クロニクル活動をどうやって転がしていきましょうか、ということをグニグニ話した。

13:30  別件対応

13:30頃お店を出て一旦解散、自分はVIVAでオンラインmtgにあたる。VIVA、けっこう広くて座るところもたくさんあるけれど、高校生やおじさんたちでほとんど埋まっていて、また電源がないのでリモートワークには向いていない。新聞を読んだり、試験勉強するにはうってつけだと思う。実際にそういう人が大勢いる。オンラインmtgが終わる頃にはPCのバッテリーが切れ、スマホで続けるような状態だった。
途中、下のスタバに移動し、電源を得たうえで理事会を視聴。近くて遠いTAP理事会。途中から見たのでよくわからなかったけれど、今後のあれこれを喧々諤々話している様子だった。
現在のTAPは16の事業を6名で回しているという。

17:30  懇親会に合流

理事会が終わったところで上に上がり、フィジカルに合流。懇親会にもお邪魔する。東口を出たところのお店で、一回閉めていたけれど再開したんだよ、などと。
参加者は15人以上いて、懇親会から参加する人もいた。座った場所の近くのひとへ自分が何者なのか自己紹介をしていく。クロニクル活動と伝えた時のひとびとの表情から、TAPにおいていまこの活動がどういう存在なのか、この日はよくわからなかった。でも何かがわかったつもりになるよりよっぽどいい。

末席に座って、実質ファーストコンタクトとなった事務局の方や、過去のTAPに関わりこの日も駆けつけた人たちといろいろお話しをした。後から考えると当時のTAPハウスの住人たちでもある。まだいろんなことをわかっていなくて、人物も場所もエピソードもたいてい初耳なのだけど、何も知らないときに聞いた話がそのあとの手がかりになったりする、そこからやるしかないともいえる。取手在住の美術家・平田吾郎さんのお話を(なぜか)たくさん聞いた。いろんな人が気にかけている人だということだけはわかった。どこかでお会いしたい。
熱量の高いテーブル、笑顔の多いテーブル、静かなテーブル、いろいろだった。

20時半頃に駅前で解散するが、地元メンバー4名ほどは二次会ということでご一緒する。坂を登ったところにあるリノベーション?されたバーっぽいところへ。当然かもしれないけれど、一次会とは声のトーンが変わった。
二次会に参加したお一人がたまたま大学の先輩で、共通の知人も多く、そんな話で盛り上がるなどした。
22時くらいに解散。

思い出のTAPハウスは今全然違うひとの家になっているけれど、でもまだそこにあって、当時のメンバーはTAPの中心になり継続を支え続け、こうして年に一回はいろいろな距離感のひとが集まる機会もある。TAPの25年は取手という土地に刻まれているし、それは関わったひとをつなぎとめる磁力になりえているのかもしれないな、と後からこの日を振り返り思った。

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