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「ショートショート」中性洗剤。


「この中性洗剤で洗えば、頑固な(心の)汚れもスッキリさ」

 深夜のテレビショッピングで筋骨隆々のアメリカ人と思われる男性がデモンストレーションを行っていた。「いやー。この間ここのプロデューサーとやり合ってね。ストレスがやばいんだよ。こうして仕事だからニコニコしてるがね」男は顔に不自然な白い歯を見せながら誰に向けられているのか分からない笑顔でこちらを見ている。

「そんな時はコレよ」っとけばけばしいメイクをした金髪の女性が中性洗剤をカメラにドアップになる様に派手派手しく見せていた。
アメリカ人男性は両手をヒラヒラしながら、「バカにするなよ。そんなんでこの俺のストレスが綺麗に無くなるわけないじゃないか」っと演技じみに吹き替えられた野太い声で言っている。

 「ならその頭のハチマキを渡しなさい」金髪の女性はアメリカ人男性の頭から引き剥がすと、予め用意していた透明の桶にハチマキを入れた。そして、42度のお湯を入れて「10倍濃縮でお湯の量は500mlだから蓋に1杯ね」っとトロトロの液体をハチマキとお湯の張られた桶に入れると軽く混ぜた。そして、渦になる桶の水面が落ち着きを取り戻して波一つ立たなくなると、ハチマキを取り出し軽く絞って乾燥機に入れた。

 そして、1 hour passed(1時間経過)の画面の後切り替わり、金髪の女性は乾燥機からハチマキを取り出すと「サッ。付けてみなさいよ。きっとさっきヒラヒラさせて私をバカにしていたあなたの考えはストレスと一緒におさらばするわ」っとハチマキをアメリカ人男性に渡した。「そんな事は無いね。俺の汗染みが取れただけだぜ。洗濯してくれてサンキューな」アメリカ人男性はハチマキを巻き髪を手櫛で解くと真ん中で綺麗に整えられた。

 一時の静寂が流れ「あれ?俺はさっきまであのプロデューサーをぶん殴る事しか考えてなかったけれど、今は全然だ。許せる。気持ちがふわふわするぜ」っと両手を大きく広げ感激を表している。

 その後成分についての説明があり、要約すると人の心も酸性とアルカリ性があって酸性は本人の自信のなさから心を錆び付かせ、アルカリ性は本人以外の他者に対する不満から気持ちが溶け出してしまう。そして、対象者が身につけるものをこの中性洗剤で洗うと心の中性へと整えてくれる。OHとかphとか分からない説明だったが多分こんな感じだろうっと僕はテレビに映されるオーバーなリアクションを冷めた目で見ていた。

 深夜にも関わらず、隣の部屋ではお母さんとお父さんがいつもの様に喧嘩をしている。「あなたがあの女と」ガヤガヤ。「だから、浮気はしていない。今日も仕事だったんだ」ガヤガヤ。親の喧嘩半分。深夜に似つかわしく無いわざとらしいテンションのテレビショッピングを半分。僕は意識半ばに聞いていた。そして、もう寝る時間か。っとリモコンを握りテレビを消そうすると、「最後にこの時間に見てくれてる皆にちょっとした朗報だ‼︎通常なら19800円の所を今日だけの特別価格580円で購入可能だぜ‼︎これで君の周りからストレスはバイバイだ‼︎」ピタリとリモコンの電源に置かれた人差し指が止まった。そのまま番組が終わり、テレビと電気を消すとベットに入り両親の喧嘩を聞きながら、テレビショッピングのホームページを開くと中性洗剤をポチりと押した。

 3日後、中性洗剤が届いた。ダンボールを開けると先日テレビで見た中性洗剤が入っていた。テレビで見るより少し小さい様な。容量は800ml。白のプラスチックの丸い容器に書かれた青の下地に赤と黄色の英語。胸筋が目立ち力こぶを作る男のイラスト。いかにも胡散臭い。裏を見ると注意書きが日本語で書かれている。まずはお湯を40℃から45℃のぬるま湯を使用する事。お湯10に対して中性洗剤は1の割合。しかし、頑固な場合は少しだけ中性洗剤を多く入れると(心の)汚れは落ちやすい。洗ってしっかりと乾かせてから使用する事。(心の)アレルギーがある場合は専門の医師に相談して使用を中止する事。用法・容量はお守りください。

 「なるほど、さほど普通の洗剤と変わらないか」僕はお父さんの部屋に行き、黒の靴下をとりお母さんの部屋の箪笥を開けハンカチを取るとお風呂場へ向かった。

 メモリの付いたつけ置き用のプラスチックの桶に45℃のお湯を1リットル。そして、中性洗剤の蓋で100mlを測り、花の甘ったるいトロトロの液体を桶に入れる。靴下とハンカチを入れ手でクルクルとかき混ぜ、渦が落ち着くまで待つ。落ち着いたら取り出して固く絞ると乾燥機へ。そして、乾くと元あった場所に戻し半信半疑両親が靴下とハンカチを使う時を待った。

 数日後、お父さんは早く帰ってくるなりお母さんに謝り、そしてお母さんもどうかしていたわっと仲直りしている様子だった。それから、夜中の喧嘩も無くなり家がまた静寂さを取り戻した。たまたまなのか、それとも中性洗剤のおかげなのか、仲の良い両親を少し気持ち悪く思った。


 僕には彼女がいる。僕には勿体無いくらいのその子は僕と付き合う前は色んな男たちから告白されるくらいのモテっぷりで、なぜ僕と付き合っているのか謎なくらいだ。そんな彼女が大好きな僕は不釣り合いだと分かっていながらも彼女の慰めの言葉に救われて自信を持ち付き合っていた。

 勉強ができて、家はお金持ち。しかし、運動だけは苦手で100メートル走は20秒位かかる。走り方も内股で少し不恰好。でも、そんな欠点がまたプラスで可愛く思えた。足だけは学年で1番早い僕は彼女から見ればどんなに頑張っても得られない物を意図も簡単にやってのける所がカッコいいという事でオッケーを貰っていると思っている。

 学校の他に塾とか習い事で忙しい彼女は時間が出来れば連絡をくれるし、デートにも良く行った。隠れたお揃いが好きな僕達はブレスレットに恋愛成就のお守りに動物園に行った時のイルカのネックレスとかをペアで買って身につけていた。

「何か、ペアで持ってるって2人だけの隠し事してるみたいで恥ずかしいね」手を繋いだ彼女は僕を見るのが恥ずかしいのか顔を背けながら言った。時々チラッと僕を一瞬だけ見る彼女は頬を赤らめて学校にいる時よりより可愛く刺激的だった。学校ではしっかりしていたいから。彼女は学校では僕を彼氏だけれどしっかり者の自分を貫いているため、デートの時みたいな少しデレている表情は見せない。だから、このデレている彼女は僕だけにしか見せない、僕だけの存在だった。

 それから学年も最高学年になり、大学受験のシーズンになると、彼女はもちろん事、3年生全員勉強モードに切り替わった。頭のいい彼女は休みの日も受験勉強で会える日も無くなり、受験勉強モードに入れない僕は悶々とする日々を過ごしていた。

 そして、スポーツテストで足だけは早い僕は何故か学年2位になってしまう。1位の奴は頭も良くて顔も良くて勉強も出来てしまう。極み付けは性格も良くてクラスのいや、学年の人気者。1位以外はあり得ない。金メダル以外はあり得ない。銀メダルはいらない。僕の心は自信の無さから塞ぎ込む様になっていた。彼女は「2番でもいいじゃない。私にとっては足も早くて優しいあなたが好きなんだから」っと慰めてくれる。

 しかし、ある日僕は見てしまった。校舎から体育館まで伸びる渡り廊下で僕の彼女に告白する1位の奴の姿を。普通ならこの野郎。俺の彼女に何するんだってズカズカと止めに入るが、何故か反応で校舎の影に隠れてしまった。そして、耳を2人の会話に集中して角から顔を半分だし様子を伺った。「僕は君が好きなんだ。付き合ってくれないか」1位の奴が言う事を下を向いて聞いている彼女。もちろん断るだろうと思っていたが、彼女の顔を見ると頬が赤く、デートをしている時に僕にしか見せないあの表情になっている。目をウルウルさせ、ジロジロと顔を見る姿。僕にしか見せない彼女。

 僕はそのまま2人の最後を見る勇気もなく歯痒く自分の細い自信はポッキリと折れた。「これは酸性かな?」ふとあの中性洗剤を思い出した。

 それからは彼女からの連絡も出る気にならず、折角時間を作ってくれたデートの誘いも断っていた。実際凄く連絡くれる事もデートの誘いも嬉しいけれど、あの顔を見てしまったし、1位にはさすがに勝てないよなっと諦めと彼女に本当は構ってほしい気持ちが交差して複雑な悲しい気持ちになっていた。

 「ちゃんと話てよ。じゃないと分からない」
僕が下駄箱で靴を履き替えていると後ろから彼女が涙目で僕を呼び止めた。周りには他の生徒も沢山いて、ザワザワと僕達2人の事を嘲笑っているのか、話のネタになるのか聞き耳を立てている。

 僕は彼女を人気のない視聴覚室まで連れて行くと、1位から告白されてるところを見た事を伝えた。

「あんなの断ったに決まってるじゃん」

「でも、あいつと付き合った方がお似合いなんじゃないの?俺なんかより」

 こう言う時は言いたい事の逆を言ってしまう。悪い癖なのかもしれない。涙目の彼女は「分かった。なら別れる。そこまで意気地なしとは思わなかった」わーわー泣く彼女は首からイルカのネックレスを外すと僕に投げつけ、視聴覚室を出て行った。廊下に響く鳴き声は一時続いていた。

 僕はそして、家に帰る。ポケットを探ると彼女のイルカのネックレス。そして、余りにも自分勝手で余りにも幼稚な考えで彼女を傷つけた僕はザッと罪悪感とこれからは彼女ではなく元彼女になる「元」っと言う発音に焦りと離したくない気持ちが現実となり気付き襲って来た。

 スマホを手に取り、精一杯の謝罪と本当は大好きだと言う事を伝えた。しかし、既読はつくが返事がない。焦りは大きくなり胸を締め付けた。

 ふと、テレビの横にある真新しい中性洗剤に目をやる。そして、乱暴に蓋を開けお風呂場に向かうとトロトロの液体の残りを桶に入れ、僕のネックレスと(元)彼女のイルカのネックレスを投げ込むとグルグルとかき混ぜた。「僕の悲しい気持ちとか怒りとかきっと頑固な(心の)汚れだ。彼女もきっと僕のこんな所に怒りとかの(心の)汚れがあるに違いない」僕は(心の)汚れが落ちる様グルグルとトロトロの中性洗剤をかき混ぜ続けた。手を止め渦が無くなり、2人分のイルカのネックレスを取り出すと、シルバーのイルカのネックレスは色が剥げドス黒い色に変わっている。それを部屋に持って行き僕は早く乾く様に団扇で仰ぎ続けた。

 次の日の放課後、彼女を呼び止め、昨日同様視聴覚室に向かった。何も話さない彼女。僕は謝った後に気持ちをぶつけた。「僕はブサイクだし、君に相応しくないと思ってた。でも君はそんな僕を大好きだと言ってくれた。昨日一生懸命考えたよ。夜も眠れないくらい。それで、分かったんだ。ずっと好きだし、今でも好きだし…これから足だけじゃなくて勉強も頑張るし、君に負けないくらい大きい人間になるから、もう一度チャンスが欲しい」

 僕はありったけの気持ちを彼女に伝えた。彼女は黙ってそれを聞いていた。そして、僕を見ると涙を堪えながら話始めた。

 「分かってないよ。自分がどんなに素晴らしい人か。足が早いだけなら私は好きにはならないよ。支えて貰ってるって言ってふけれど、私はその何千倍も支えてもらってるんだからね。私も好きだし、今でも好きだし…これからも好きなんだからね。勉強は私が教えるから、走り方を教えてよ。だからずっと一緒なんだからね」

 彼女は腫らした目を擦るとまたわーわーっと泣き出した。僕は彼女に近づくと抱きしめ胸に伝わる湿っぽい熱気が無くなるまで抱きしめた。

 そして一時立ち彼女が「大丈夫。これからも宜しくね」っと顔を赤くし目をキラキラさせていた。そして、僕は彼女の首に手を回し中性洗剤で洗ったイルカのネックレスをつけた。

 「それじゃ、帰ろうか。顔洗っておいでよ。可愛い顔が台無しだよ。まっ僕のせいだけどもうこんな事にはしないからさ」

「………。」

彼女の目は僕の方を見ているけれど、視点は僕に合っていない。

「ほらほらボーッとしてないで、行くよ」

「……。」

 彼女は扉の方へ振り返りスタスタと歩いて行った。
今まで泣いたり笑ったりしていた彼女は粘土細工の様に表情がなくなり、中性になった様な感情が無い作り物になってしまった様子だった。

 そのまま彼女はクラスに戻ると仲の良い友達の心配の声も聞こえていないかの様に通り過ぎ、バックを持つとロボットの様に帰って行った。

 その後彼女は卒業まで誰とも話す事なく粘土細工の様に冷たく感情を出すことはなかった。首に花の甘ったるい香りのドス黒いイルカのネックレスを付けて……。

※中性洗剤の用法・容量はお守り下さい。


おしまい。

tano

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