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AI時代の教育で大事なこと。探究メディアQスペシャルトークライブイベントレポート

「ChatGPTをはじめとしたAIが急速に発達する中で、これからを担う子どもたちの教育で重要なことは何だろう?」「人より豊富な知識をAIが持つのであれば、これから教員の役割はどう変わる?」そんな声が聞かれるようになった今。現場におけるAIの活用方法や教育の見直しが、大きな論点になっています。子どもたちがより良い教育を受けられるように、私たちにできることは何でしょうか。

過渡期の今をどのように考えるべきか、ヒントを与えてくれる著書が2023年に相次いで発表されました。今回のトークライブでは『冒険の書 AI時代のアンラーニング』の著者でスタートアップ支援をする孫泰蔵さんと、『やさしい知性』の著者でAIの研究をする小塩篤史さん、『自分で考える力を鍛える 正解のない教室』の著者で子どもの探究学習に第一線で取り組んできた矢萩邦彦さんにお話を聞き、AI時代の教育で大事なことを考えました。

トークの内容を一部抜粋して、お届けします。モデレーターは、神戸情報大学院大学学長で、ラーンネット・グローバルスクール代表の炭谷俊樹です。

21世紀に必要な能力は、自ら未来を切り開くマインド

イベントは『冒険の書 AI時代のアンラーニング』の著者である孫泰蔵さんの発表から始まりました。

孫:私は30年近く連続起業家や起業支援家、投資家として、インターネット関連技術の分野で多くのスタートアップを立ち上げてきました。現在はアジア全域で活動し、スタートアップが成長できる環境づくりに取り組んでいます。この時間ではこれからの時代の変化とこれからの時代に大事なものについて、私の考えをみなさんに共有させてもらえればと思います。

まず、これからの時代の変化についてお話しします。1900年のニューヨーク五番街では馬車が主な移動手段でした。でも、たった十数年後の1913年には同じ場所の風景ががらりと変わって、自動車が道路を走るようになった。わずか10年ほどでいかに大きな変化があったかわかると思います。当時から100年経った今2023年には、サンフランシスコで自動運転車が走り始めました。

いよいよ時代が大きく変わるときが来たんですよね。みなさんもChatGPTを見て驚かれたと思います。でも、ChatGPTは始まりに過ぎなくて、目の前の風景が変わっていく時代がこれから10年で起こっていきます。そんな時代では、これまでの常識が非常識になります。だからこそ、考え方を変えるアンラーニングが大切なんです。

長距離を移動するのに必要なのは、19世紀には馬車を操作する能力でしたが、20世紀には自動車を運転する能力へと変化しました。21世紀には人工知能を操る能力が必要になってくるはずです。市民として必要な基礎能力も、時代とともに変化していきます。20世紀に必要とされていた知識の正確な習得は、これからは相対的に価値が下がっていくんですよね。

それでは、これからはどんな能力が必要になるのでしょうか。自ら世界を変えられると思うこと、つまり自ら未来を切り開くマインド。そんな力を育てるのが、21世紀の教育が担うべき役割ではないでしょうか。

今私は子どもたちの好奇心を、実社会で活きるスキルへと成長させていくコミュニティ「VIVITA」を世界7カ国でつくっています。VIVITAは子どもたちが無料で遊びに来れて、好きなものをつくれる場。社会をデザインするプロセスに子どもたちを巻き込むムーブメントとして、活動をどんどん広げているところです。

私が本を書くことにしたのは、これからの時代に必要なのは問いを立て続けていくことだと伝えたかったからです。未来をつくっていく子どもたちに届けられたらと、遺書のつもりで書きました。「君が気づけば、世界は変えられる」ということを、これからも伝えていけたらと思います。

「正しい知性」から「やさしい知性」の転換が鍵に

続いて、『やさしい知性』の著者である小塩篤史さんより発表がありました。

小塩:私は主にAIやデータサイエンスの研究をしています。研究のほかにも、この分野を一緒に育ててくれる人の教育に携わったり、医療や教育に関するAIを開発し実践にも関わったりしていますね。

私が研究しているAIやデータサイエンスは極めてロジカルな世界で、どうやって正しいものを見つけるかがいつも問われているんです。「正しさ」が正義だと思っていた自分への戒めの書として『やさしい知性』を書きました。

この本を書いた一番根底には、私の問題意識があります。今の社会には優しさが足りないと思っているんですね。例えば、学校に行けなくなった子どもたちが、本当は一人ひとりが素晴らしい存在なのに、悲しそうに過ごしている現状があります。私が不安に感じているのは、私のつくっているAIが優しさの足りない今の社会構造を強化してしまうのではないかということ。私は人に優しく触れ合う「やさしい知性」をベースにした社会システムをつくっていかないといけないと思っています。

ChatGPTは正しそうな答えをつくることに関しては、非常に高い能力を持っていますよね。その能力はこれからもどんどん成長していくと思います。だからこそ、私たちは正解探しみたいなことはもうやらなくて良いんじゃないか、と。我々人間には正しいことを追求するような「正しい知性」ではなくて、人と自分を幸せにすることを考える「やさしい知性」が必要なのではないかと思っています。

病院での一場面を例に「やさしい知性」について考えてみましょう。「正しい知性」では、症状や検査結果から正しい病名を伝えることができる。病名は正しいかもしれませんが、本人が抱えている不安はなくならないですよね。「やさしい知性」では、今抱えている不安や不調を聞き出して、分かりやすい説明でこれからの選択肢を提示します。これからはこういう「やさしい知性」をみんなで育んでいかないといけないと思っています。

今あるAIは誰かがつくった過去のデータ、つまり三人称の情報の寄せ集まりでできています。だからこそ、AIは一人称の未来のことは語ってくれません。でも、これからは一人称の未来を考え、一人ひとりの可能性を広げられるようなAIを開発していかなくてはいけないと思っています。本人が持っている願望を大事にする。そんな原理を大事にしながら、私はAIの研究を続けています。

教育の観点で言うと、単に難易度の調整ということではなく、どういうやり方をすれば本人が楽しく学べるのかをサポートするような、本人の願望を大事にする教育をつくっていけるといいなと思っていますね。

リベラルアーツを実践し、自分にとっての正解を探す

続いて、『自分で考える力を鍛える 正解のない教室』の著者である矢萩邦彦さんより発表がありました。

矢萩:僕は「アルスコンビネーター」という働き方をしています。アルスコンビネーターとは、いろんな分野の専門性と現場経験を持って、それぞれの方法を他の分野に活かす活動家のことです。複数の分野で活動していると、世の中に無駄なことって何もないんだなと思うようになったんですよね。

でも、小学生のときに中学受験に飛び込んだ僕は「それは無駄だ」とよく言われてきました。僕が興味を持ってやってきたことも好きなことも「無駄」という言葉で切り捨てられてしまうことがたくさんあったんです。当時の僕は、その言葉に違和感を覚えてモヤモヤしていました。「価値って一体何だろう?」という問いが、当時の僕にとっては一大問題だったんです。

この本は「当時の僕が欲しかった言葉って何だろう?」「周りの大人にどんな視点をもらったら、もう少し生きやすかったかな」と考えながら書きました。「そんなことは考える意味がない」と言われるようなことを、ずっと考えてきた人がいるんだなと思って読んでもらえると嬉しいです。

本を読む中で、共感できる部分と共感できない部分があると思います。ここが大事なポイントで、どう感じたかが「自分軸」になっていくと思うんですよね。自分軸を確認するためのサンプルとして、使ってもらえたらと思います。

僕には不登校になった時期もあります。そのとき、どういうふうに自分の足場をつくっていったら良いかわからなくてすごく悩んだんです。この目まぐるしい社会の中でも、学校や家庭でうまくバランスが取れずに、溺れそうになっている子どもたちがたくさんいます。そんなとき、必要になってくるのが自分軸じゃないかと思うんです。

世の中に正解の道はありません。でも、あなたにとっての正解はきっとあるんですよね。自分にとっての正解を選んでいくためには「自分軸」のほかに、古典的なリベラルアーツの知識と技術である「世界の基本構造」と今の社会の現状である「最新の世界観」をメタ認知することが必要です。この3つを活用して判断し、自己決定することを僕は「実践リベラルアーツ」と呼んでいます。この3つの視点を持つことで、はじめて自分の正解を選んでいけるんですよね。

炭谷:孫さん、小塩さん、矢萩さんありがとうございました。みなさんの著書は答えが書かれているわけではなくて、読者にいろんな問いを投げかけてくれるという点で、非常にユニークでした。これからどう生きていけば良いかを問いかけてくれる本で、すごく心が揺さぶられましたね。

AI時代の教育で大事なこと、やめるべきこと

それぞれの自己紹介の後は、クロストークの時間に。

炭谷:AI時代の教育で大事なこと、やめるべきことは何だと思いますか。

孫:よく「私が子どもを育てた」という言い方がされますが、厳密には子どもが自分で育っているんですよね。イギリスの能力開発・教育アドバイザーのケン・ロビンソンさんがおっしゃっていたのは「庭師は植物を育てていない」ということ。庭師は植物が育つ環境を整えているだけなんだそうです。

今はAIが人間の頭脳ではできないような情報処理をする時代。AIが人間を凌駕することが当たり前になってくる社会では、教育もアップデートしていく必要があります。教育者の役割も変わっていくのではないでしょうか。これまでは知識を伝達することが教育者の役割でした。でも、これからは子どもたちがのびのび育つように環境を整えていく「環境デザイナー」のような立ち回りが求められると思うんですよね。

小塩:私がAI時代の教育でやめた方が良いなと思っているのは、個人戦です。社会に出て仕事をするときには、何も調べないでテストをするような個人戦はほとんどないですよね。チーム戦で仕事をすることの方が圧倒的に多いのに、まだ教育現場で子どもたちは個人戦を強いられています。

AIを使ってもいいし、人に頼ってもいい。自立するうえで頼るというのはすごく大事なスキルです。個人で目の前の課題を乗り越えていかなければならない今の教育システムを変えていく必要があると思います。

それと、これからは「人類総研究者化」みたいな時代になってくると面白いな、と。今は「正解がなくなる」と言われることが多いですが、我々研究者の世界はずっと答えがないことを問うという営みを行ってきました。人類総研究者化の中で、教員と学生という固定関係が入れ替わったり、人間がAIに教えたりするような関係が生まれたら良いなと思っています。

一方的に子どもたちが学ぶのではなくて、研究したり人に教えたりと、子どもたちが主体になれるような環境をつくっていくのが大事ですよね。これからはただ知識を問うような質問は、どんどんナンセンスになっていくと思います。

矢萩:これからの社会はよりいっそう目まぐるしく変化していきます。そんな中、過渡期にいるからこそ変わりきらない学校で、もがいている子どもたちがいます。まずは、その子たちに「違和感を覚えて良いんだよ」「その違和感はあなたにとって正しいから」と言ってあげられることが大事。それは、今僕が一番やらなければいけないことだと思っています。子どもたちには感じた違和感を大切にして欲しいんですよね。

それと、子どもたちが今の教育に違和感を覚えたときに、どういう選択肢を出してあげられるかも考えなければいけないことです。僕は子どもの頃読書に救われた経験がありますが、そういう自分が変容するきっかけとなるような場や人が、子どもたちには必要だと思いますね。

AI時代に、子どものまわりの大人ができることは?

炭谷:AI時代に教育関係者や保護者ができることは何だと思いますか。

孫:子どもたちの学ぶ環境を整えることが大切なのではないでしょうか。私もそんな環境をつくっていきたいと思っています。私は投資家として世界中のスタートアップを応援しているのですが、ここ数年で全く新しいタイプのスタートアップが出てきているんですね。魔法としか思えようなものを生み出そうとしているスタートアップが現れてきているんです。

例えば、ミランダ・ワンさんは長年の研究開発の末に、劇的に安いコストでプラスチックゴミを環境に負荷がない物質に変える技術を生み出しました。自然には分解されることのないプラスチックゴミを再利用できるようにしたんです。彼女のように本気で社会課題を解決したいと思っている人たちが世界中にいます。まさに探究者なんですよね。

こういったスタートアップのイノベーターたちと、子どもたちが日常的に触れ合える場をつくりたいです。彼らは大学の研究室などにいることが多いので、一般の子どもたちがアクセスできないんですよね。学校などの中に彼らのラボやオフィスがある環境をつくれないか試行錯誤しているところです。

小塩:教員を名乗る以上、意識しなきゃいけないと思っていることがあって。医学部時代の上司は「医学部の教授は『犯罪』を犯している」と話していました。「医学部の教授は30代に成功して50代で教授になっているから」だと。「20年前の成功者が20年後の成功者に教育している。だから、そこには40年のタイムギャップがあることを認知しておかなければいけない」という話を聞いたんです。「40年後の未来に生きている人間に対して教育をしている意識を持たないと、教育は成立し得ない」と言われて、本当にその通りだなと思いました。教員も保護者もそういう意識を持たないといけないですよね。

そういう意味で、教育に関わる人は「未来」を考える訓練をした方がいいのではないでしょうか。未来を考える習慣を持つことで、子どもたちへの日々の関わりが変わると思うんですよね。

矢萩:子どもと大人という垣根を越えて、ともに学んでいくことが大切だと思います。そのためには、大人も答えを持っていない問いを子どもと一緒に考えることから始めたら良いのではないでしょうか。

先生から「自由に考えて」と言われても、いつも先生は答えを持っている。子ども時代の僕はそんな先生のことを「答えを知っていてずるい」と思っているタイプでした。僕は「すべての学習に教養と哲学を」をコンセプトにした学習塾「知窓学舎」を運営しているのですが、大人も答えを知らないことを子どもたちに問いかけることを大切にしているんですね。

答えがないことを問うのは、先生という職業を長年やっている人にとっては、どうしていいかわからなくてつらいと思います。でも、先生が答えを持っていると、子どもたちが話してくれたアイデアに対して「そのアイデアは面白いけど、答えはこっち」というふうになってしまって、結局子どもたちが自由に話せなくなるんですよね。「どうせ答えても意味がない」と子どもたちが思ってしまうこともある。

そのような教育では子どもたちの想像力は育っていかないですよね。僕はニュースを題材にした授業をよくするのですが、そこで大切にしているのは「未来」を問うこと。「この後どうなると思う?」「このイベントは成功すると思う?」と未来のことを問うんです。未来については誰も「模範解答」を持っていないんですよね。つまり、子どもたちと先生がフェアになれるんです。今の学校現場でも、未来について考える時間を持つことはできると思います。

未来に向けて、どんなアクションができるか考える時間に

AI時代の教育で大事なことを考えた本イベント。教育実践者の他にも、保護者や学生、異業種の社会人と、多様な立場の参加者が。「これからの教育に必要なことを考えるきっかけになった」、「自分にできることは何か考える機会になった」といった感想が寄せられました。

他にも「子どもではなく大人が変化できるような機会をつくっていきたい」という声や、「学校以外の場で子どもたちが多様な経験ができる機会をつくっていきたい。小さくても日々行動していけたら」という声も。立場の異なる3名のゲストのお話から、それぞれの参加者がAI時代に求められる教育について考えを深める時間になりました。

探究メディアQでは、引き続き、子どもたちの学習を見つめ直すイベントを定期的に企画していきます。

イベント終了後も「視聴したい」という問い合わせが相次いだため、今回のイベントのフルバージョン動画を2023/10/31(火)までの期間限定で販売しています。視聴は、下記よりお申し込みいただけます。


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