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【京丹後の食をつくるひと】vol.3 老舗織物メーカーが始めた新しいものづくり。100%京丹後産のオリーブオイル「KANDAN」を世界に広める挑戦

京丹後といえば織物の名産地。1300年以上前から絹織物の産地として栄え、町を歩けばあちこちの縫製工場から、がっちゃんがっちゃんと機織りの音が聞こえるのが日常でした。そんな絹織物の製造を京丹後で行う老舗メーカー「大善株式会社」が今、新たに挑戦するのがオリーブオイル作り。家族でオリーブ園を営み、100%国産(京丹後産)という国内でも数少ないオリーブオイルを作る、田中栄輝(たなか えいき)さんを訪ねました。

大善株式会社
明治初期に創業した京丹後市の老舗織物会社。京丹後の伝統産業「丹後ちりめん」の製造からはじまり、現在は生地への印刷や、新たな分野の織物製造、オリーブ栽培を手がけている。

祖父が残した、織物業の未来を支える「もうひとつの柱」

訪ねたのは、明治時代に創業した織物会社「大善株式会社」。丹後ちりめんの製造を長年行ってきた老舗で、現在は産業用資材の製造や布製品への印刷事業などを行っています。

その工場のほど近くにあるのが、広大なオリーブ農園。案内していただいた先には、約300本のオリーブの木が並びます。

田中さん:
「15年くらい前、先代の祖父がここにオリーブを植えました。当時の僕は高校生で、夏場にも草刈りによく駆り出されていて。『なんでオリーブなんだろう』ってずっと思いながら渋々手伝っていましたね(笑)」

なぜオリーブだったのか、その理由はお祖父さんの考えにありました。

田中さん:
「織物は、かつては京都の一大産業でしたが、着物を着る人も時代とともに減り、ちりめん製造の需要も少なくなってきています。

織物産業の未来を案じていた祖父は、この地でこれから伸びていくものといえば、豊かな自然と気候を生かした農業だろうと考えていたんです」

織物業は、日本が誇る大切な文化。それを廃れずに残していくため、支えになるものを作っていきたいというのが、お祖父さんの願いだったのかもしれません。

京都の最北端でオリーブを育てる挑戦

祖父の想いを受け継いではじめたオリーブ農園は、5年前、田中さんが家業を継いだタイミングで本格的に「オリーブオイル作りに力を入れることに。織物職人である田中さん一家にとっては、農業という新しい分野での挑戦のはじまりでした。

未経験からの挑戦というだけでも大変ですが、加えてここは京都の最北端。冬は積雪が1mを超えることもあり、夏は盆地ゆえの猛暑に見舞われる、寒暖差の大きな地域として有名です。

一般的に温暖な地で育てるイメージがあるオリーブを、京丹後で育てはじめた当初は、日本最北端での挑戦。安定した収穫に漕ぎ着けるまでに10年近い歳月がかかりました。

田中さん:
「オリーブが育つためには何より土が大事で、水捌けがよくなければいけません。試行錯誤の末、木の根本に土を寄せて水が流れやすいように整える方法に辿りつきました。

それから、やはり雪の対策ですね。雪が積もると枝が折れるので、冬は毎朝一番に畑へきて雪をひとつひとつシャベルでおろしています。地味な作業ですが、それが大事なんです」

今は田中さんが両親とともに3人で、300本近いオリーブを育てています。苦労を経て、寒暖差の激しいこの地でできたからこそ『KANDAN(寒暖)』というブランド名をつけたオリーブオイルは、3年前にようやく製品化へ漕ぎ着けました。

「当日搾り」にこだわり、エキストラバージンの上をいく品質に

寒暖差のある地で育ったことで、引き締まった実で甘みが凝縮されたオリーブ。さらに実のクオリティだけでなく、収穫後の実を「収穫当日に搾り切る」こともKANDANの強いこだわりです。

田中さん:
「以前は、小豆島のオリーブ工場へ搾汁を委託していました。収穫した日に船に積み、翌日に小豆島へ運んで。でも到着してみると、工場では山のように積まれたオリーブが搾汁されるのを待っていて、これだと自分たちのオリーブが絞られるまでにどれだけの時間がかかるかわからないと思ったんです」

収穫した直後から酸化を始めるオリーブを、最もおいしい状態で瓶詰めするため、田中さんは高額を投資して、自社に搾汁機を導入。その甲斐あって、現在は収穫から搾汁までを一晩で終えられるようになりました。織物を極めた職人ならではの「ものづくり」へのこだわり。それはオリーブオイルにも通じています。

一般のエキストラバージンオリーブオイルが酸度0.8%以下なのに対し、KANDANのオリーブオイルは酸度0.15%。エキストラバージンのさらに上をいく数値こそ、紛れもない苦労の証です。

田中さん:
「KANDANのオリーブオイルは、喉を通ったあとにイガイガとした感じがしませんか? この渋みは、ポリフェノールが残っている証拠です」

ひとさじ口に含むだけで、その違いは歴然。香りだけでない、個性の強い味があり、ひとさじでも口全体がオリーブでいっぱいになりました。

そんな手間暇をかけたオリーブオイルは、2022年には日本オリーブオイルコンクールの金賞を受賞。これは京丹後だけでなく、京都にとっても大きな快挙でした。今や府内や全国の料理人に知られるオリーブオイルへと成長しつつあります。

1本の木からとれるオリーブオイルは、わずかひと瓶。

田中さんが作るオリーブオイルは、年に一度、秋の収穫期に200瓶ほどの数量限定で売り出されます。原材料となるオリーブは、すべてこの農園で収穫されたもの。

まさに100%京丹後産のオリーブオイルです。

田中さん:
「オリーブオイルって、この1本にどのくらいのオリーブが使われているか知っていますか? 実は、オリーブの木1本分。木のコンディションによってはオリーブが収穫できないものもあるので、年に200本が限界なんです」

手間暇がかかるからこそ、価格も上がるのは当たり前のこと。それでも毎年しっかり売り切れていることが、何よりのおいしさの証であり、田中さん一家の苦労の賜物です。

京丹後から日本、世界へ。よりよい品質をめざして

今年はオリーブオイルの製造や商品展開により力を入れていきたいと田中さん。冬にはオリーブオイルの本場、イタリアへ、現地の技術を学びにいきました。

田中さん:
「地元では皆おいしいと言ってくれるけど、自分たちが作るオリーブオイルがどの程度のものなのか、正直今まで自信がなかったんです。

でも、この間展示会に出してみて、有名な料理店のシェフたちが口々に『おいしい』『これは違う』と言ってくれたのがとても刺激になって、もっと良いものをつくっていきたいと思いました。

製品になって3年目、まだまだこれからです」

日本や世界レベルで誇れるようなオリーブオイルにしていき、このオリーブオイルも大善株式会社の大きな柱にしていきたいです。そのために、まだまだ勉強が必要です」

職人気質ではないからこそ、できること

田中さん:
「元々、僕は職人気質ではなくて、人と話すことや、今あるものをどうやって売っていくかを考える方が好きなんですね。だからものづくりの仕事は合わないんじゃないかと思っていました。

でも今家業を継いでみて、自分の得意を生かしてできることが色々とあると思っています。特にオリーブオイルは、お客さんの反応がじかにわかるところが、これまでの仕事とは違う部分でやりがいになりますね」

もう一度戻ってきたくなる。離れてみて知った、京丹後の魅力

田中さん:
「京丹後のいいところは、なんといっても食の豊かさ。そもそも水から違っていて、本当に味が良いんです。

僕は京丹後に生まれ育ち、大学で一度都心に出て一人暮らしをしていたんですが、その時に水の味が違うことに驚きました。昔から食べていた京丹後のお米も、そこの水で炊いたら全くおいしく感じられなくて。

京丹後は米が本当においしくて、でもそれは、そもそも米だけじゃなくて水がおいしいからなんだと。当たり前に思っていたことの当たり前じゃなさ、ありがたさに初めて気づきました」

田中さんのように、20〜30代でUターンして家業を継ぐ若い世代が、決して少なくないのも、京丹後ならでは。その理由は、大人になって改めて気づく「豊かな暮らし」の根源が、ここにあるからなのかもしれません。

そして今、田中さんが力を注ぐオリーブオイルも、かけがえのない京丹後の食文化を担う一部になっていくのだろうと感じました。

Writer:瀬谷 薫子
Writer & Editor|doyoubi店主
https://note.com/doyoubi_muffin/

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